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363話_ギィルとギル

 ギィルの体調が完全に回復するまでの間、俺はギルに現状を話すことにした。

 ギルは暫く俄には信じがたいと言いたげな表情をして聞いていたが、話が終盤に差しかかった頃になって漸く状況を理解できたようだった。


「あー、つまりアンタは魔剣の効果で気絶させられただけで死んだわけじゃなかった、と。で、最近目覚めて今は領主になる為に森の調査をしているわけか」


 要約された内容を肯定するように頷くと、ギルは安堵と疲労が混ざったような溜め息を吐いた。


「……アンタを信用してないわけじゃねぇけど、本当に生きてんだな?」


「あぁ、何なら確かめてみるか?」


 ほら、と軽く両腕を広げる。心臓の音でも聞かせてやれば嫌でも信じるしかないだろう。

 しかし、何故かギルは放心したように固まったまま動かない。


「どうした?」


「魔王様、どうかその辺で。それはギルには少々、刺激が強すぎます」


 ……刺激? 悪魔に人間の心音を聞かせるのが禁忌事項だという話は聞いたことが無いが。


「ばっ! 変なこと言うな、ギィル! 俺は別に動揺なんかしてねぇ!」


「誰も貴方が()()()()()なんて言ってないでしょ。自分で墓穴を掘って、どうするんですか」


「う、うるせぇ!」


 何だかよく分からないが……まぁ、彼らから険悪な雰囲気は感じないし、これなら仲裁に入らなくても大丈夫だろう。

 それよりも俺はギルに謝らなければならない。反対されていた魂の分離(セパ・アニマ)を実行してしまった事を。


「その……悪かったな、ギル」


「な、何でアンタが謝んだよ」


「お前は最後まで反対してたのに、こんな無理矢理な形でお前達の魂を分離させてしまったから」


「あぁ、その事か。別に、もうどうでも良い。それに元はと言えば最初に言い出したのはギィルなんだろ。アンタが謝ることじゃねぇよ」


 確かに、もう全て終わったことだ。謝ったところで無かったことになるわけじゃない。

 それでもギルに罪悪感を抱くのは彼が望んでいなかったことを知っていたから。


 ──……ギルは怖かったんです。貴方に捨てられるのが。


 ギルを捨てるなんて、そんなこと有り得ない。考えたことも無い。

 でも、それは俺が思っていること。ギルには伝わっていない。

 他人の想いなど魔法でも使わなければ分からない。言葉にしなければ相手には伝わらない。


「ギル」


「……今度は何だ」


「俺は、お前もギィルも手放すつもりは無いからな」


 お前達が、それを望んでくれる限り。


「は、はぁ?! 何だよ、そ……」


「じゃ、そろそろ戻るぞ。グレイ達が心配する」


「っ、は?! ちょ、待てって! おい!」


 言いたいことを言えて満足した俺は晴れやかな気持ちで歩き始めた。


「な、何だったんだ、今の」


「……さぁ? 僕にはギルの顔が真っ赤だってことくらいしか分かりませんね」


「はぁ?! う、嘘つくんじゃねぇ! 赤くねぇよ!」


「不意打ちで困惑しつつも嬉しかったんですねぇ、分かりますよ。僕も今のは、こうグッとくるものがありましたから」


「一緒にすんな! お前、もう引っ込んでろ!」


「残念でした。僕達は、もう一心同体ではありませんから引っ込ませることは愚か、入れ替わることも出来ませんよ」


 何やら後ろが騒々しいが、何だかんだ仲が良さそうで安心している。

 それにしても今までが今までだっただけに何だか彼らの秘密の会話に聞き耳を立ててしまっているかのような申し訳なさを少し感じてしまう。


「前々から言おうと思ってたが、テメェ、その喋り方やめろ。何となくグレイを思い出してムカつくんだよ」


「ギルの方こそ、その乱暴な言葉遣いをどうにかして下さい。それか、せめて魔王様には敬語を使うべきなのでは?」


「けっ、そういう言い回しもグレイにそっくりだな」


 兄弟喧嘩ならぬ双子喧嘩という奴か? 彼らにとって、このような遣り取りは日常茶飯事なのだろうか?

 こうして二人が向かい合って話す姿を見るのは初めてだから止めに入って良いものか判断に迷う。


「そう言う割にはグレイのことを信頼していますよね。何たって僕のことを託したくらいですし」


「ち、違っ、そんなんじゃねぇよ! あの時はアイツくらいしかいなかったから……そう、消去法だよ、消去法!」


「メラニー達もいたのにですか? へぇ、ギルの中でグレイは彼女達よりも信頼の置ける存在なのですね」


「こ、の……っ!」


 あ、ヤバい。ギルが今にも爆破魔法(エクスプロジオン)を発動しそうな勢いで怒ってる。

 本能が告げている。早く二人を止めろ、と。


「いい加減にしろ。俺は喧嘩をさせる為に、お前達の魂を分離したんじゃない」


 態と、いつもより声を低くして注意すれば二人は同時に顔を青褪めさせながら口を閉ざした。


「す、すみません、魔王様」


「…………悪い」


 反省していることは分かったから、それ以上の追求はせず、再び城を目指して歩きだした。

 本気の喧嘩でないことは分かっている。それでも誰かが止めなければ、彼らの不毛な言い争いは城に着くまで続いていただろう。


 ギィル曰く、ギルはグレイに自分を託した直後に眠りについたと言う。

 しかも消滅することを予期して最後の最後で彼を言葉で現世に縛り付けた。

 ギルを足止めする役目を担ったのがグレイ、そして俺は彼を連れ戻す役割を知らず知らずのうちに背負わされていた。

 つまりは、この状況に至るまで俺達はグレイの書いた台本(シナリオ)の演者だったというわけだ。


(グレイの奴め、こうなると分かって態とギィルを同行させたな)


 果たして、あの男にはどこまで先が見えているのか。

 訊いてみたいようなそうでないような複雑な心境を抱きながら木々の隙間から見える城を見上げた。

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