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359話_思いがけない転機

※今話は『123話_熱血王子は、早くも行動に移す』と繋がる内容が含まれています。

 目の前に理事長室が見え、小さく息を吐く。

 此処に辿り着くまでグレイとは一言も言葉を交わさなかった。こんなに気不味い空気になるなら一人で来た方が良かったかも知れない。

 扉を叩く前にグレイを見る。故意か偶然か視線が合わない。

 それを腹立たしいとは思わない。寧ろ、安心した。

 扉をノックすると「入り給え」と声が聞こえる。十二年前と変わらない落ち着きのある凛とした声だ。


「失礼します」


 入室するとアルステッドが迎え入れてくれた。彼の傍にはビィザァーナとビィザァーヌもいる。


「やぁ、ライ君。退院したばかりだというのに御足労かけて申し訳なかったね」


「いえ、入院と言っても身体に異常が無いかを調査するためのものでしたから」


 そう言うとアルステッドは安心したように微笑んだ。


「では早速、本題から入らせてもらおう。粗方予想していたとは思うが、君の今後についてだ。君は卒業に必要な単位も卒業前に取得し、更には今回の魔王討伐にも大きく貢献した。これらの事を考慮し、君には卒業証書を授与しようと思う。自由研究(リベルタエクス)は……本来であれば課すべきなのだが、少し事情が変わってね。特例で免除することにしたんだ。但し、条件はあるがね」


「条件?」


 自由研究(リベルタエクス)といえば卒業生に必ず課せられる謂わば、最終課題だ。

 それが免除されるほどの事情とは、一体?


「ライ君、領主になってみる気はないかね?」


「……は?」


 念の為にグレイを見たが、これまた酷く驚いた顔をしている。どうやら聞き間違いでは無さそうだ。


「あの、領主って平民でもなれるものなんですか?」


 他にも色々と尋ねたいことや指摘したいことが山ほどあったのに咄嗟に出たのが、この質問だった。


「なれるとも。実例は少ないが、元は平民の出でありながら貴族にまで昇り詰めた者は確かに存在している」


 あぁ、そういえば大して気にしていなかったが、昔似たような話を聞いたことがあったような無かったような。


「一度、毒の霧(ポイズン・ミスト)が晴れた際に現れた城を憶えているだろう。君が眠り、目覚めた場所だからね。あそこら一帯は人類未踏の地。調査をすれば興味深いものが、わんさか出てくるだろう。しかし、今後また霧が発生しないという保証は無い。毒の霧(ポイズン・ミスト)は君が目覚めると同時に消滅した。君が魔法で霧を晴らしたんだろう?」


 ここで嘘を吐いたところで得は無い。俺は素直に頷いた。


「これまで何人もの魔術師や研究者達が毒の霧(ポイズン・ミスト)の消滅に尽力してきたが、それを実現できた者はいなかった。多くの先人達が人生を賭けても成し遂げられなかったことを君は容易く成し遂げたんだ」


 何だか大層な話になってきたな。俺は、ただ邪魔な霧を晴らしただけなんだが。


「君が、あの一帯を管理してくれるなら、これ以上に頼もしいことは無い。君は毒の霧(ポイズン・ミスト)に対抗できる唯一の人間だからね」


(……なるほどね)


 領主という単語が真っ先に出てきたものだから何事かと思ったが、結局は都合の良い駒というわけだ。

 城に俺という駒を配置すれば、その周辺の調査が可能となる。更には俺が領主として治めていれば入手した資源等を独占できる。

 先ほどから必要以上に俺を持ち上げようとするのは、そういうことだ。


(領主、か)


 領主という地位にも、その地位によって得られる権力にも興味は無い。

 ただ、エドとウルと約束した。必ず戻って来ると。

 断ったところで俺が赴くことに変わりはないだろうが、領主は変わるだろう。

 かつては俺が治めていた地であり、城だ。それを邪心塗れの奴に譲ってやるのは率直に言って非常に面白くない。


(……魔王様)


 グレイの念話(テレパシー)が聞こえ、視線を送る。

 不安と期待が混ざったような表情。彼もまたアルステッドの思惑に気付いてはいるようだ。

 けれども、それ以上に期待してしまっている。もう一度、あの城で過ごせることを。良くも悪くも俺達の思い出が染み付いた、あの城で。


「どうかね、君にとっても悪い話ではないと思うが」


「…………俺は、」


「先程から黙って聞いていれば……話が違うではないか、アルステッド殿!」


 返事をする前に、この場にいないはずの〝彼〟の声に遮られた。

 乱暴に開かれた扉から現れたのはアンドレアスとローウェンだった。


「……王子、本日来訪されるという話は伺っておりませんが」


「ライ殿が退院すると聞いたのでな。祝いを持って行ったのだが、既に病棟を出た後だった。しかも、そのまま魔法学校に立ち寄ったと言うではないか」


「だから追いかけて来た、と?」


「うむ! 早くライ殿に会いたかったのでな!」


 アンドレアスのせいで王子という立場の概念が崩されていく。

 ローウェンがいるとはいえ、こうも気軽に出歩ける立場ではない筈だが。


「お言葉ですが王子、現在、貴方は王位継承の儀の準備で多忙のはずでは?」


「まぁ、そうだが、我には優秀な弟がいるのでな。問題ない」


「……弟君(おとうとぎみ)も大変ですね」


 アルステッドは同情の眼差しをローウェンへと向けている。心なしかローウェンの瞳が輝いて見えるが、気のせいということにしておこう。

 それにしても王位継承の儀って何だ? それに、さっきの発言も気になる。


「それで王子、話が違うとは、どういう意味ですかな?」


「どうもこうも無い! 昔、貴殿は約束してくれたではないか。我がライ殿を聖騎士(パラディン)に推薦する際は貴殿も賛同してくれると! ライ殿が領主になってしまっては推薦すら出来なくなるではないか!」


 ……何か、今とんでもない事を耳にしてしまった気がする。

 グレイを見る。……そうか、今度も聞き間違いではなかったか。


「はぁ?! ちょっと、先生! 私達、そんな話聞いてないんだけど?!」


「理事長ったら、いつの間にそんな約束を……」


 これまで一言も発さなかったビィザァーナ達でさえ口を開く始末だ。


「勿論、王子との約束は忘れておりませんよ」


「では、何故……」


「王子、これまで前例が無かったというだけで領主が聖騎士(パラディン)になれないという規定はありません。まぁ、実際に両立するとなれば、その者は相当の辛労を背負うことになるでしょうが」


「そ、そうなのか、ローウェン?」


「はい。アルステッド様の仰る通り、領主と聖騎士(パラディン)の兼任は可能です」


 何かを考え込むようにアンドレアスが静かになった。

 ……何だろう。とてつもなく嫌な予感がする。


「…………そうか! では、問題ないな」


「理解して頂けたようで何よりです」


 俺は未だに何一つ理解できてないけどな。

 

「一先ずは落ち着きましょう、王子。私達で盛り上がっても意味がありません。結局は彼の意思次第なのですから。そうだろう、ライ君」


 ここで俺に振るのか。相変わらず良い性格してる。


「改めて、どうだろう? 君の考えを聞かせて欲しいな」


 領主になれば将来も安泰だろうが、今までと同じような生活は出来ないし、自由も無い。

 理不尽な扱いを受けることもあるだろう。平民出身で領主など格好の的だ。それに歳も若い。面倒な事になるのは目に見えている。

 けど、それでも俺しかいないと思った。今度は魔王としてではなく領主として導いていく存在ならなければ、と。使命感と言っても良い。

 俺が、この世界で初めて掲げた夢。それは〝皆が平和で幸せに暮らせる世界を作る〟こと。


「……領主になるには俺は先ず何をすれば良いですか?」


 第一歩としては寧ろ上々。

 少しでも理想に近付けるなら領主にでも聖騎士(パラディン)にでもなってやる。

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