357話_世界に祝福の鐘が鳴る
目の前で涙と鼻水を流す友を笑うべきか、それとも俺も一緒に泣くべきか。
思い倦ねる時間も充分に与えられないまま俺はリュウを抱き締め返していた。
「……馬鹿野郎。勝手に一人で遠くに行こうとしやがって」
咄嗟に謝ろうと口を開いたが、直前でそれは違うなと踏み止まる。リュウが求めているのが謝罪でないことは明白だったから。
「目が覚めて、お前が死んだって聞かされた時のオレの気持ちが分かるか? 魔王を倒した英雄を褒めることも、助けてくれた友達に礼を言うことも出来なかったオレの気持ちが」
「…………」
「でも、それから直ぐにお前が本当は生きてるって分かって。だけど、あの時のオレには何も出来なかったから、だから今度はオレがお前を助けるんだって今日まで頑張って、頑張って、魔法学校も主席で卒業して……やっと、ここまで来れたんだ」
「……あぁ」
「お前がいなくなってから色々大変だったんだからな」
「あぁ」
「本当に分かってんのかよ」
「分かってる。分かってるよ、全部」
向こうの世界で意識を手放す直前、あの男の計らいなのかどうかは分からないが、この十二年の間にリュウ達がやってきたことを情景として見せられた。
だから、知っている。彼が今日まで俺のために尽くしてくれていた事を。
「もっと早く助けるつもりだった」
「充分だ」
「けど、お前はずっと独りだったんだろ?」
正確には一人ではなかったのだが、孤独を感じていたという点では強ち間違いでもない。
無言を肯定と受け取ったのか、背中に回されたリュウの腕に力が入る。
「……ごめんな。オレ、頭悪いからさ。それに中々、魔法も習得できなくて。お前を助け出すのに十二年もかかっちまった」
本来なら、もっと……いや、場合によっては二度と目覚めない可能性だってあった。そう考えれば、たった十二年で成し遂げたのは偉業と言わざるを得ない。
「リュウ、ありがとう。お前のお陰で、この世界に戻って来れた」
「馬鹿、元はと言えば礼を言わなきゃいけないのはオレの方なんだよ。それにオレ一人じゃ、やり遂げられなかった。グレイや皆も協力してくれたから。……ありがとな、ライ。戻って来てくれて本当に良かった」
耳元でリュウの嗚咽が聞こえ始めたが、それでも離れようとしないリュウの背中を俺は何度も優しく叩いた。
これは夢ではないのだ、と。本当に現実に起こっていることなのだと伝えるように。
「ライ!」
幼い頃から何度も聞いた声。それなのに心臓がドキリと跳ねた。
顔を上げると、マリアがこちらに向かって駆け寄って来るのが見えた。
清らかな心を表したかのような涙を輝かせながら走る彼女の顔には笑顔の花が咲いている。
リュウが俺から離れて「行って来い」と背中を押す。俺は頷いてマリアの元へと走った。
「っ、ライ! あぁ、本当に貴方なのね!」
彼女を抱き締めて、あまりの細さに驚いた。
最近、ろくに食事を取れていなかったのだろう。その原因の一つに自分も含まれているのだろうと思うと胸が痛む。
「ごめん、母さん……俺、」
「もう良いの。貴方が帰って来てくれたなら、それで」
以前会った時は同じくらいの目線だったのに今は見下ろしている。
あれから十年以上も経っているし、眠っていても肉体は成長を続けていたのだから当たり前なことではあるのだが。
俺の前髪をかき上げる手も、見つめる瞳も全てが優しい。
俺の生還を泣いて喜んでくれている彼女が、細い腕で力強く抱き締めてくれる彼女が愛しくて愛しくて堪らない。
何もかも思い出した今なら分かる。この愛しさは子が母親に抱く感情とは違う。
「お帰りなさい、ライ」
だが、彼女は違う。
今の彼女にとって俺は家族で、子どもで……でも、それでも構わない。
また、こうして彼女に会えた。何度望んでも手に入れられなかった笑顔が今、目の前にあるのだから。
感動的な親子の再会。周囲の目には、そう映っていることだろう。
だけど、俺にとっては…………
「ただいま、マリア」
かつては諦めた、唯一愛した人間との奇跡の再会でもあった。




