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44.5話_閑話:とある少年の苦悩

※アラン視点で、進みます。


今回は、いつもより少し長いです。

 クエストを終えた日から、重しを背負っているかのように身体が重い。

 陸の上にいるはずなのに、水中を漂っているかのように息苦しい。

 何度も脳内で再生されるのは、ツードラゴ村で出会った村人の言葉。

 大抵のことは時間が過ぎれば風化して忘れていくと昔、誰かに聞いた事があったが、そんなの嘘だ。

 時間が経てば経つほど、自分を責め立てるように彼の声が鮮明に聞こえてくる。

 ミーナちゃんを必ず守ると言っておきながら、結局、守れなかった。

 終いには、助けを求めた張本人に自分達に助けを求めたこと自体が間違いだったと思わせてしまった。

 全ては、彼の言葉に安易に返事をしてしまった僕の責任だ。

 事態の重さを把握しようともせず吐き出してしまった言葉が、今回の惨劇を引き起こしてしまった。

 グレイさんがいなかったら、僕は目の前の現実と向き合うことが出来なかっただろう。

 ライがいなかったら、(ドラゴン)も村も、今頃、取り返しがつかない事になっていただろう。

 あの絵本のような勇者になりたいという一心で、この学校に入ったが、僕は本当に、このまま自分の目標に向かって突っ走っていて良いのだろうか?

 グレイさんのように博識ではないし、ライのように魔法が使えるわけでもない。

 勇者の端くれとして剣を携えてはいるが、それも今回は御飾りに終わった。

 こんな僕に、勇者を目指す資格なんて、あるのだろうか……?


「……ぃ……ぉい……ラン…………アラン!!」


「ふょわっ?!」


 フヨフヨと自分の世界を彷徨っていた僕の意識は、友人の声によって現実へと引き戻された。

 意識が身体へと戻った時、何故か見えたのは手を伸ばしても届きそうにない高い高い天井だった。


「え……?」


 ほんの少しの間だけ宇宙飛行士のように完全に浮いた身体は、そのまま重力に従って落ちていき、頭と背中に電撃のような鋭い痛みを走らせた。


「い゛っ?!」


 脳に直接ダメージを与えられたような言葉にならない衝撃に、今まで出したことの無い声が出た。


「わ、悪いっ! 大丈夫か?!」


 痛みに悶えていると、声色から心配していると分かる友人の声は聞こえたが、今の僕は返事をすることも出来なかった。

 薄く開いた目には既に涙が溜まっていて、閉じると溢れて頬を伝った。


「本当、悪い。まさか、あそこまで驚くとは思ってなかったから……立てるか?」


「う、うん……」


 頬を伝う涙を拭い、手を差し伸べている友人の手を取った。


「それで……何を、そんなに考え込んでたんだ?」


「……な、何のこと……痛っ!」


 彼を見ようと顔を上げた瞬間、額に軽くも鋭い痛みが走った。

 先ほどぶつけた頭と背中に比べたら、大した事はないが、それでも突然の衝撃に、思わず目を瞑った。

 額に手を当てながら今度こそ彼の顔を見ると、悪戯が成功した子どものように意地の悪い笑みを浮かべていた。


「いきなり、デコピンするなんて……」


「分かりやすく誤魔化した、お前が悪い」


 額に鋭い痛みを走らせた張本人は悪びれた顔一つせずに、寧ろ、僕を呆れた表情で見つめていた。


「クエスト先で、何かあったのか?」


「別に……何もないよ」


 僕を見つめる彼の瞳が心すら見抜いていそうで、思わず顔を逸らした。


「…………ふーん」


 何かを探るような視線が、身体に突き刺さる。

 居心地が悪くなって少しずつ、ほんの少しずつ後退していくと、諦めたように息を吐かれた。


「ま、お前が話したくないっていうなら無理には聞かないけど……一緒にクエストに行った奴らに何かされたわけじゃないんだな?」


「う、うん! それだけは神様に誓える!」


 選手宣誓のように右手を上にして言い放った僕を見て、息を漏らすように吹き出した。

 僕の周囲を漂う雰囲気が段々と穏やかから遠ざかっていくのを察知したのか、彼は慌てた表情を見せた。


「わ、悪い悪い! まさか、そんな重苦しく返されるとは……っ、ぶふっ!」


 前半までは頑張って耐えていたが、最後の最後で限界だったらしい。

 自分でも感情のコントロールが出来なくなったのか、肩を震わせながら笑いを押し殺していた。


「……コホン!」


 突然、少し離れた場所で咳払いが聞こえ、音のする方へ顔を向けると、数冊の本を抱えた見るからに知的そうな女性が僕達に鋭い視線を向けていた。そこで僕はようやく、ここが図書館であった事を思い出した。


「……とりあえず出るか」


「……そうだね」


 司書の女性に軽く頭を下げて、僕達は足早に外へ出た。外へ出た瞬間、太陽の心地良い温もりが身体を包み込み、一気に肩の力が抜けた。

 朝から図書館に籠っていて、今まで気付かなかったが、今日のような日に日向ぼっこをすれば、どれほど気持ちの良いことだろう。

そう考えただけで、なんだか損をした気分になったが、落ち込む間も無く、隣で空を見上げる友人を見た。


「そういえば……僕に、何か用事があったの?」


 わざわざ図書館に来てまで僕に声をかけたのだ。もし急ぎの用であったならば、彼には申し訳ないことをした。


「ん? あぁ、大した用じゃないんだ。今日、ギルドで模擬決闘(モックデュエル)があるらしくてさ。アランはここに来たばかりだし、今後のためにも一度見せておこうと思って」


「……模擬決闘(モックデュエル)?」


 初めて聞いた言葉に首を傾げると彼は、その反応を待ってましたとばかりに口を開いた。


「ギルドの風物詩みたいなもんだよ。どっちが勝つか賭けるのが毎回、楽しくてさ。ちょー盛り上がるんだよ」


(賭け……? そこは、決闘(デュエル)をしている人達への声援で盛り上がるんじゃないの?)


 言葉に疑問を持ちながらも、楽しそうに話を続ける彼の姿に、その疑問は心の内に留める事にした。


「確か、13時からって言ってたから、もうすぐ始まるはずだ。アランも来いよ」


 腕時計を目をやると、長針は12と1の間、短針はもうすぐで10を指そうとしていた。

 現時刻、12時48分。

 彼の話した通りなら、あと10分程で始まってしまう。

 今から全速力で走ってギリギリ間に合うか……正直、怪しい。

 急かすような言葉は向けられなかったが、迷っている時間が無いのは確かだったので、すぐに頷いた。

 誘いを断るという選択肢も無くは無かったが、わざわざ自分を探してまで誘ってくれた彼への申し訳なさの方が勝った。


(それに、今1人でいたら嫌な事ばっかり考えちゃうし……)


 僕の返事を聞くな否や、彼は僕の手を取って走り出した。

 ギルドの建物を視界に捉えた時には既に、周囲は熱気や歓声で溢れかえっていた。


「やばっ、もう始まってる……!」


 慌てて中へと入った友人に続くと、中央では大きな水晶のような塊が宙に浮いており、その塊には映像が映し出されていた。

 誰一人、映像から視線を逸らすことなく、瞬きするのも忘れて見入っていた。

 一緒に入った彼も、魔法をかけられたかのように映像を食い入るように見つめ、立ち尽くしている。

 辺りを見渡したが、空いている席は無く、床に座り込んでいる者もいる。

 さすがに入り口付近に座り込むのは迷惑行為にあたるため、比較的に人口密度の低い場所を探して、そこにさりげなくお邪魔した。

 友人とは少しばかり距離ができてしまったが、視界には入っているので、問題無いだろう。それどころか、離れる前に一言声をかけても友人軽く返事をしただけで、映像から視線を1ミリも逸らさなかった。

 兎に角、ようやく落ち着ける場所に辿り着いた僕は、みんなと同じように映像へと意識を向けた。

 水晶から最も近い場所にいたのは、人形のような愛らしい容姿の少女だった。

 少女は、水晶に向かって何か言っている。

 映る映像の向こう側では、そんな彼女の言葉に耳を傾けて時折、頷くような仕草を見せている数人の男達。


「え、あそこに映ってるのって……」


 その映し出されている数人の顔を見た瞬間、見慣れた1人の顔とスライムに、思わず言葉を漏らした。

 あのクエスト以来、一度も会わなかった彼らに芽生える少しの懐かしさと注目の的になっている驚きとで、僕は軽く混乱していた。


(何で、ライ達が模擬決闘(モックデュエル)に?! 少し会わなかった間に、何があったの?)


 当然、その問いに答えをくれる者はいるはずもなく、僕は呆然としながら映像を見つめる事しか出来なかった。


 模擬決闘(モックデュエル)は、一瞬にして決着がついてしまった。

 一瞬と言うのは語弊を生じるかも知れないが、少なくとも僕には一瞬に思えた。

 スカーレットが、たった一撃で男達の戦意を奪ってしまったのだから。

 スカーレットに、あんな力があるなんて知らなかった。


スカーレット(スライム)でさえ、あんなに戦えるのに、僕は……)


 スカーレットが異常なだけかも知れない。自分と同じくらいの金髪の少年が何かを詠唱していたから、もしかしたら魔法の影響で、一時的にあんな力を得たのかも知れない。

 それでも、僕の無力さを改めて痛感させるには充分な光景だった。

 周囲は模擬決闘(モックデュエル)を終えたライ達に押し寄せるように集まっていく中、僕だけは、その場から動かなかった。

 称賛の声を浴びている彼らの元に行く事が、なんとなく躊躇われた。

 普段通りに声をかければ良かったものを、今の僕には、それすら出来なかった。

 この場から立ち去りたい衝動に駆られたが、友人を置いて行くわけにもいかず、とりあえず入り口付近で待っていようと足を進めた時、突然飛び出してきた何かが僕めがけて突進してきた。


「ぅわっ?!」


「きゃっ?!」


 横からの衝撃を受け止められず、そのまま一緒に倒れ込んでしまった。

 床に打ち付けた肩が、地味に痛い。

 幸いにも、周囲は目の前のライ達に夢中で、僕達が倒れた事には誰も気付かなかった。


「あたた……」


「……つぅ」


 今日は、厄日だ。

 自分の運の無さを恨みながら顔を上げると、蜂蜜のような色をした瞳が僕を見つめ、手触りの良さそうな桜色の長い髪が頬を(くすぐ)った。

 人を前にしているはずなのに景色を見ているかのような不思議な気持ちに浸っていると、相手はハッと我に返り、慌てて僕の上から退いて手を差し伸べてきた。


「ご、ごめんなさい。急いでたものだから……」


「いえ、僕も、ボーッとしてたので……」


 無意識とはいえ、彼女に見惚れてしまった自分がなんだか恥ずかしくなって、逃げるように彼女から視線を逸らし、差し伸べられた手を取った。

 自分とは違う、細くて柔らかい手に、心臓が一瞬だけ痛くなった。

 僕を立ち上がらせてくれた彼女は、そんな僕の小さな変化を知ってか知らずか、なんだか戸惑ったような表情で僕を見つめていた。


「あ、あの……?」


 視線に耐えられず、ほんの少しの勇気に背中を押してもらい声をかけると彼女は自分を落ち着かせるように息を吐いた。


「見つめちゃって、ごめんなさいね。私が探している人に似ていたものだから、つい……」


「探している人?」


 彼女は頷き、切なそうに目を細めた。


「ずっと、探しているの……でも、見つからない。もしかしたら、あの人は、()()()()には、いないのかも知れないわね」


 彼女の言葉に違和感を感じたが、1番に僕の口から飛び出したのは、その違和感ではなく励ましの言葉だった。


「……いますよ」


 僕の悪い癖だ。

 根拠も無いくせに、彼女が誰を探しているかも知らないくせに、さも全て分かっているかのように形だけの言葉を紡いでいく。


「きっと、いますよ。少なくとも、貴女はそう思ったから今日まで、その人を探していたんでしょう?」


 僕の言葉に、彼女は目を丸くした。

 初対面の男に、何の根拠も無い言葉を向けられれば、そんな表情にもなるだろう。

 だが、次に彼女が浮かべたのは笑顔だった。

 口元に手を添えて、母とは違う上品な雰囲気で、彼女は笑い声をこぼした。


「貴方、優しいのね。そういうところも、あの人と、そっくり……」


 今、彼女は僕と誰かを重ねて見ているのだろう。

 彼女が僕に向けている表情は、到底、初対面の男に向けるような表情では無かった。そんな彼女を見て僕は、彼女の力になりたいと思った。

 戦いが絡む事なら力になれないが、人探しなら僕にも力になれる事があるかも知れない。


「よかったら……その人の名前を教えてもらえませんか?」


「え?」


 彼女の反応に、慌てるように言葉を追加した。


「あ、いや、えと……微力にもならないかも知れませんが、僕も、その人を探すお手伝いをしたいというか……そ、それに、もしかしたら、僕の知っている人かも知れないし!」


 自分でも、何を言っているのか分からなくなってきた。

 誤魔化しにもならない乾いた笑い声を立てていると、彼女は考えるような仕草を見せた後、僕との距離を詰めた。

 息遣いも分かりそうなほどの距離に思わず息を飲むと、彼女は新鮮な果実のように艶のある唇を耳へと近付けた。


 ────ライ・サナタス。


 彼女の口から紡がれた名前に、今度は僕が目を丸くする番だった。

 探し人の名前を呟くと、彼女は僕から離れた。

 つい先ほどまで彼女との距離に心臓を高鳴らせていたが、今は違う。


(どうして彼女が、ライの名前を……?)


 同じ名前の別人かも知れない。

 そうも考えたが、やはり思い浮かぶのは、同じ空間にいる幼馴染。


「……この名前に、聞き覚えあるかしら?」


 期待を込めたように尋ねた彼女に、重大な秘密を打ち明けるかのような緊張感を抱きながら、僕は口を開いた。


「聞き覚えも何も……その名前は、僕の……」


 その先、僕の言葉が続く事は無かった。

 後ろから掴まれた肩に目をやると、存在をすっかり忘れていた友人が不満そうな表情を向けていた。


「お前なぁ、一言もなく姿消すなよ。隣見たら、いつの間にか、いなくなってたから、この人混みに潰されたんじゃないかって焦ったじゃん」


「え、僕、一応、離れる前に声をかけたんだけど……」


 彼は、数回瞬きをした後、首を傾げた。


「……そうだったか?」


「そうだよ」


 未だに納得していない表情で記憶を探る彼に、溜め息を吐いた。

 あまりにも適当な返事だったから、まさかとは思ったが……本当に、あれは形だけの返事だったらしい。


「それより、ギルドの入り口に突っ立って何してたんだよ?」


「あぁ、実は今、この人と話を……」


 そう言って前を見たが、目の前にはギルドの入り口から見える外の景色が広がるだけで、彼女の姿は見当たらなかった。


「あれ……?」


 まさか彼女は、自分の妄想が生んだ幻想だったのだろうか……?

 そんな現実離れした思考が浮かんでしまうほどに、彼女は忽然と姿を消した。

 まさか、先ほどまでのは夢だったのかと焦燥に駆られたが、未だに残っている彼女の手の感触が、あのやり取りは現実だったと教えてくれた。

 僕と彼女の出会いは音も無く、早い終わりを迎えた。


 ◇


 僕は、知らない。

 僕の言葉を中途半端に聞いた彼女が、とんでもない勘違いをしていた事を。


(知ってるも何も、その名前は僕の……〝名前だから〟! そう続けようとしていたのよね?! えぇ、絶対、そうに決まってる!! やっぱり彼は……いいえ、あの()()は……っ!)


 僕は、知らない。

 この出会いと勘違いが後に、とんでもない事態を引き起こす事を。

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