355.5話_閑話:魔法に願いを
卒業式を終えた翌日、リュウも他の卒業生達と同様に自由研究に打ち込んでいた。
研究の題目は決まっていた。それはライを復活させる魔法を生み出すことである。
「なぁ、グレイ。これって蘇生魔法を軸に考えた方が良いのかな?」
(正確には亡くなっているわけではありませんから蘇生とは少し違う気がします。そうですね……蘇生魔法ではなく召喚魔法を軸に考えてみては?)
「なるほど、召喚魔法か! 早速、参考にさせてもらうわ。ありがとな!」
新しい魔法を生み出す。それが、どれほど難しいことか。
研究を重ねる中でリュウは何度も痛感した。
理論上では成立する事象でも実践上では成立しないことなど当たり前。
一歩前進したと思ったら、また次の問題に悩まされてるのも当たり前。
前代未聞なことをしようとしているのだから一般的な知識ばかり書かれている参考書など何の役にもならない。
最終目的は新魔法の生成だが、その過程においても細々とした課題が山積みで何から手を付ければ良いのかも分からない。
それでもリュウが弱音を吐いたことは一度もなかった。
(リュウ、少し休憩しませんか?)
公平性を図るため直接的な支援は出来ないグレイだが、せめてもと時々はリュウの部屋に飲み物や食事を運んで来る。
「お、サンキュー。けど、もうちょいだけするわ」
(今度は何で躓いているんです?)
持ってきた食事をテーブルに置くとグレイは作成途中の論文を覗き込む。
「んー、お前の助言を受けてから召喚魔法を主軸に考えてんだけどさ。召喚用の魔法陣は、どうすりゃ良いのかなと思って。毒の霧が晴れない以上、直接城に行って書くわけにもいかないだろ」
(それなら別の場所で魔法陣を書いた後に城まで転送すれば良いのでは?)
「それも考えたんだけどライが城の中の何処にいるのか分からないからなぁ。適当な場所に転送して変なの召喚しちゃったら困るし」
(……でしたら、魔法陣なしでの召喚を行うしかありませんね)
「はぁ?!」
召喚魔法は原則、魔法陣を用いて行う。
召喚魔法に使う魔法陣は本来、召喚する相手と干渉する為のもの。召喚対象を上手く絞り込めず、召喚される側との干渉も困難であるという理由で魔法陣無しの召喚魔法の発動は不可能だと言われている。
「で、でも、前にお前が授業で言ってたじゃんか。魔法陣なしでの召喚魔法は出来ないって」
(リュウ、召喚魔法の原理は?)
「え、っと……魔法陣を異世界に干渉するための穴とすることで契約した相手や精霊、悪魔を喚び出す。但し、喚び出す対象によっては依代や供物も必要!」
(はい、よく出来ました)
「よっしゃ! ……じゃなくて、何、今の質問?」
一時期はリュウもグレイが担当している授業を受けていたこともあり質問に反射的に答えてしまったわけだが、その意図までは察することが出来なかった。
(現し世に住む俺達が本来であれば関わることの出来ない存在を召喚するための魔法が召喚魔法。ですが、俺達が喚び出すのは……いえ、喚び戻すと言った方が的確でしょうか。喚び戻したいのは俺達と同じ現世にいたライさんです)
召喚魔法において〝喚び出す〟という言葉は使うが〝喚び戻す〟という言葉は使わない。故に、リュウにとっては聞き慣れない言葉だった。
(リュウ、確かに俺は召喚魔法を軸にして考えるように言いましたが、召喚魔法を使えとは言ってません。召喚魔法は、あくまでも参考。その魔法の原理を応用し、新たな魔法を開発するのが貴方の役目です)
死んではいないのだから蘇生魔法は使えない。元々、精霊や悪魔ではないから召喚魔法も対象外。
今、この世に存在する魔法ではライを救えない。だからこそ彼を救い出せる魔法を新たに生み出さなければならない。
今、手元にあるのはライの生存を証明してくれた花冠だけ。これを上手く利用すれば、或いは……
「なぁ、グレイ。ライは今、状態異常つまり気絶してるんだったよな?」
(はい、魔剣の効果は確認済みなので間違いありません)
「気絶状態から復活させる方法はあるけど、どの方法も患者に直接薬を与えたり魔法を施したりするものだから無理だけど……魔力を通じてなら、どうだ?」
(魔力を通じて、ですか?)
どういう意味だとグレイが首を傾げる。
「この花冠には今もライの魔力が流れてるだろ? だったらライが持っている魔力を花冠へ送るための道みたいなのがあるはずだ。それを逆に辿っていけば最終的にライまで辿り着けるんじゃない?」
(なるほど、魔力の逆探知ですか。可能と言えば可能でしょうが、一つ問題が。魔力供給のためライさんと花冠の間に結ばれる魔力の回路が開いている時間は恐らく、そう長くはありません)
「え、そうなの?」
(物体への魔力供給は常に行われているわけではありません。必要な時に一定の魔力が供給されます。その供給時間やタイミングは物体の大きさや物体との距離によっても異なりますから一概には言えませんし、調べようものなら常に魔力感知で物体を観察しなければなりません)
「それじゃあ無理ってこと?」
(不可能とまでは言いませんが、実現させるには相当な根気と時間が必要ですよ)
「そっか……あー、良い方法だと思ったんだけどなぁ」
(リュ、グレ、イッショ? グレ、メズラシ)
突如として響いたスカーレットの念話にリュウとグレイは顔を見合わせる。
スライムは常に魔力感知で相手や物の正体を探る。ならば、スカーレットには花冠が魔力を供給されている時間やタイミングを無意識に把握しているのではと考えたのだ。
(リュウ、これは、ひよっとしたら……)
「……イケるんじゃね?」
グレイの魔法でリュウは一時的にスカーレットの感覚と記憶を共有。
感覚的なものだったとはいえ彼らの憶測は良い方向へと転び、花冠に魔力が供給される時間とタイミングを明確に割り出すことが出来た。
「…………七年後か」
次に魔力の供給が行われるのは七年後。
ライを救うまで何十年、何百年と見積もっていたリュウ達にとっては些細な時間だ。
(思っていたよりは早くて助かりましたが、自由研究の提出期限には間に合いませんね)
「そこは、ほら、グレイ先生の腕の見せ所っしょ」
(理事長に提出期限の延長を申し出ろと? これまた随分と無茶を言いますね)
「またまたぁ! 自由研究の題目をこれにしようって最初に言い出したのグレイだったじゃん。もう既に何らかの手は打ってあるんだろ? つか、ビィザァーヌ先生から連絡きてたぞ。主席卒業の功績を考慮して特例で提出期限を延長してもらうよう申請したから納得いくまで頑張りなさいって」
(おや、そうなんですか? 残念、久々に貴方の慌てる顔が見られると思ったのに)
「チッチッチッ。甘いな、グレイ。オレだって、それなりにお前のこと分かってるつもりなんだぜ?」
フフンと得意げに笑うリュウにグレイは我が子を見守る親のような気持ちになった。
リュウがここまで登り詰めたのは本人が努力した結果でもあるにはあるのだが、大半はグレイの指導の賜物であると言っても過言ではない。
(……話を戻しますが、これで全ての問題が片付いたわけではありませんよ)
「分かってる。後は魔法を発動させる場所や必要な魔力量の確保は、まぁ、参考にできそうな資料を揃えたから良いとして……魔法の発動者と物体間の魔力供給の距離とタイミングの関係性についての調査だけど、本当に任せて良いの?」
(えぇ、個人的にも気になりますから。それに貴方には魔法の開発に専念して頂きたいので)
「うへぇ、また暫くは部屋に引き篭もって資料と睨めっこの日々かぁ。ライの奴め、目覚めたら一言文句言ってやる」
(一言だけで良いんですか?)
「……いいや、良くない」
不満顔でグレイを見つめていたリュウは唐突に吹き出してケラケラと笑い始めた。その目が涙で潤んでいることに気付かぬ振りをして、釣られるようにグレイも肩を震わせながら笑った。
笑い疲れて力尽きたようにベッドに倒れ込んだリュウは徐に上体を起こすとラックに置かれた写真立てに手を伸ばす。
昨日、アルステッドから貰った写真。今となっては懐かしい過去の自分がライと肩を組んで笑い合っている。
こんな日常が、五年前は当たり前だった日常が、もうすぐ帰ってくる。
(必ず成功させるから、もう少しだけ待っててくれよ……ライ)
◇
あれから時は過ぎ、七年後。彼らは運命の時を迎える。
全ての準備を終えた彼らは今、弱肉強食の森の中ある高台にいた。
(……いよいよですね)
「あぁ」
リュウは研究に研究を重ね、とうとう新しい魔法の開発に成功した。
……いや、正確には、まだ成功とは言えない。何故なら、この魔法を発動させるのは今日が初めてだからだ。
魔法の名は、〝復活の女神が鳴らす鐘〟。余談だが、意外にもリュウが命名した。
高台にはグレイとリュウの他にもライの復活を強く望む者達が一堂に会しており、かつてライと共に戦ったレイメイ達は勿論のこと彼の母親であるマリア、騎士団長のレオンに妻のサラ、そして二人の子息であるアランに彼の友人のヒューマ姿も、そこにはあった。
皆、リュウ達からライの生存の真実を聞き、駆けつけたのだ。
「遅れてすまない、リュウ殿、グレイ殿! 支度に少々手間取ってしまった」
「アンドレアス王子!」
彼らより少し遅れて現着したのはアンドレアスとアレクシス、それからローウェンとグリシャだ。
(王子、こんな場所まで御足労いただき心から感謝致します)
「そう畏まるな、グレイ殿。我等の恩人が生きていると聞いて来ないわけが無いだろう」
「兄さんの言う通りだよ、グレイさん。ライさんは僕達にとっても大切な人なんだ。寧ろ、この場に呼んでくれたことに僕達が感謝したいくらいだよ」
ライを慕い、尚且つリュウ達を信頼しているからこその言葉。
この場にいる全員が同じ想いなのだと自覚したリュウは自然と涙ぐんでいた。
(まだ泣くのは早いですよ、リュウ)
「わ、分かってる」
袖で目元を拭うと全員を見渡して一呼吸。
リュウが何かを話し始めるのだと分かり、周囲は次第に静まる。
数多の視線を受けてリュウは迫り来る緊張に喉を鳴らしたが、やがて意を決した顔で口を開いた。
「今日は集まってくださり、ありがとうございます。ライのこと正直まだ半信半疑な人もいるかと思いますが、彼は確かに生きています」
グレイが、スカーレットが、それを証明してくれた。
「だけど、今も眠ったままで自力で起きられるような状態ではありません。だからオレ、新しい魔法を考えました。眠り続けている彼奴を目覚めさせる魔法を」
復活の女神が鳴らす鐘。
対象者と対象者が何らかの魔法を施した物体に存在する魔力間で発生する回路に発動者の魔力を送り込むことで状態異常を治癒する魔法である。
「この魔法は繊細なコントロールと膨大な魔力が必要です。魔法を使える方はグレイが合図をするまでオレに魔力を送り続けて下さい」
「え、じゃあ魔法が使えない人は?」
「祈って下さい。信じて下さい。この魔法が成功することを」
あまりにも穏やかで、それでいて凛とした表情で言うものだから「それだけで良いのか?」と疑問を持ちつつも皆、頷くしかなかった。
発動できる機会は、たったの一度きり。失敗は許されない。
リュウとグレイが互いに頷くと、リュウは花冠が置かれた台座に近付き、目を閉じて詠唱を始めた。
魔法が使える者は指示通り、リュウに魔力を送る。
魔法を使えない者は手を組んで祈る姿勢を見せた。ただ一人……アランを除いて。
そのことに唯一気付いたアルステッドが車椅子に座るアランの目線に合わせるように跪いた。
「浮かない顔をしているね。何か不安かな?」
「いえ、そういう訳では……ただ結局、僕は祈ることしか出来ないんだなって」
もし自分が魔法が使えたら。もう何度、同じことを思ったか分からない。
アルステッドは、ふむと顎に手を添える。
「アラン君、実は魔法というのは人々の願いによって生まれたという話は聞いたことがあるかな」
「……願い、ですか?」
言葉を反芻するアランにアルステッドは肯定するように頷く。
「誰もが持っている単純な願いさ。君も一度は似たようなことを願ったことがあるんじゃないかな。例えば、鳥のように空を飛びたい。魚のように水の中を自由に泳ぎ回りたい。風を操ってみたい、とかね。魔法は、そんな人々の願いが何らかの要因で具現化した力だと言われている。諸説あるがね。実際のところは分からないし、蓋を開けたらは全く違う真実が出てくるかも知れない。しかしね、本当に願いが魔法の根源だとしたら実に素晴らしいと思わないかい? 助けたい、守りたいという想いさえあれば大切な人の幸せを支えられるのだからね」
「…………」
魔力もなければ、力もない。この身体になってから杖や誰かの支えなしで満足に立つことさえ出来ない。
けれども、今度こそライを助けたいという気持ちはある。一度は失ったかと思い、諦めた希望。
可能性すら手放そうとした自分に祈る権利などあるのだろうか?
(……ううん、違う)
権利なんか、どうだって良い。
ライに帰って来て欲しい。元気な姿を見せて欲しい。
僕の大好きな幼馴染。優しくて賢い彼は昔から僕の自慢だった。
祈るんだ、今こそ。信じるんだ、彼を、彼らを。
目を閉じて祈り始めたアランを見てアルステッドは微笑みながら自身もまた目を閉じた。
魔力を一つに、願いを一つに。そして遂に、その瞬間は訪れる。
「復活の女神が鳴らす鐘……!」
タイミングは完璧。魔力操作にも問題は無い。
(っ、頼む! 成功してくれ!)
祈るようにリュウが強く目を閉じた直後、魔法発動の成功を示す鐘の音が森一帯に響き渡った。




