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351話_神を名乗る者

「……………………は、?」


 声を出すのが、やっとだった。

 隠喩として〝神〟という言葉を用いる者なら、これまで何度も見てきた。

 だけど、この男は違う。彼は、あくまで自分の存在そのものを神だと言っている。

 もし今のが正気の上での発言だったとしたら相当狂っている。


「いかにも人間らしい平凡でつまらない尚且つ模範的な反応ね。でも、それで良いの。貴方が私の存在を理解する必要なんて無いんだから」


 俺が瞬き一つした後には景色は変わっていた。その場から一歩も動いていないのに。

 瞬間移動(テレポーテーション)の類いか何かだろう。そう思うことにした。付いて来てと言われたのに質問に時間を食われたから強制手段を取ったのかも知れない。

 俺が生前に暮らしていた学校の寮部屋と変わらない広さの空間。壁一面に多数のモニター画面のようなものが埋め込まれており、全ての画面に何やら様々な場所の風景が映されている。


「……ところで、その格好どうにかなりません?」


 もはや格好と言って良いものか迷うところだが、なんと男は腰布一枚。もはや風呂上がり時の俺と殆ど変わらない。


「そう言われてもねぇ。いつもは私こんな腰布だって巻かないのよ。貴方の前に出るために仕方なく巻いただけ」


 え、それっていつもは全裸ってこと……?

 気にはなったが、あえて尋ねなかった。この世の中、何でも真相を突き止めれば良いというものではない。


「じゃあ、その声は?」


「声? あぁ、これはね、こういう仕様なの。どうしても男の姿の時は女の声に、女の姿の時は男の声になってしまうのよ。私はね、女でも男でもないの。今は、こうして男の姿をしているけど、ほら」


 そう言った瞬間、男が俺の背後に回る。

 何をする気だと口を開く前に背中に妙に柔らかな感触の何かを押し当てられた。


「あはっ、驚いた? さっきも言ったけど僕は男でも女でもない。でも、それって逆を言えば男でもあり女でもあるって事なんだよね」


 背後から聞こえてきたのは男特有の低くて野太い声。

 振り返ってはいないため確認はしていないが、背中越しに伝わる感触で嫌でも分かる。今、後ろにいるのは歴とした〝女〟だ。

 

「それにしても女性の胸を押し当てられて動揺の一つも見せないなんて君もしかして淡白な方? それとも女に興味ないとか?」


「俺が貴方という存在を()()()()()()()意識していない。そして貴方にその気が無いことも分かっている。ただ、それだけのことですよ」


「なるほどね。君を落とすには相当な根気が必要なようだ。君を慕っている人達に心から同情するよ」


 何だ、それは。まさか俺は胸を押し当てられた程度で恋に落ちるような単純な奴だと思われてたのか? だとしたら、心外だ。


「……とりあえず離れてくれませんか。あと、そのままだと話し難いので男の姿に戻るか、せめて布か何かで隠して下さい」


「ははっ! 異性として見てないのに、そこは気になるのか! やっぱり人間は面白いなぁ!」


 こちらが不満を露わにすればするほど女は楽しそうに笑う。くぐもっていて重みのある男の声で。

 人間としての常識が通用しない。これなら、まだ魔物と話している方が楽だ。


「あはは。ごめん、ごめん。ちょっと意地悪が過ぎたね。お詫びに君の疑問に答えてあげるよ。勿論、全てとはいかないけど」


 感情の込もっていない謝罪にも正直腹は立ったが、今ので言質は取れた。

 こうなったら向こうが知っている情報を出来るだけ吐かせてやる。

 「もう振り返っても大丈夫だよ」という言葉を信じて振り返ると最初に会った男の姿に戻っていた。


「さて、ここからは真面目な話をしましょうか。何から訊きたい?」


「神を名乗る貴方が目の前にいるってことは俺は死んだってことですよね」


「いいえ、貴方は死んではいないわ」


「え」


 死んで、ない?

 ……いや、そんなはずは無い。あの時、確かに俺は死んだ。


「間違いないわ。あの領域内じゃ分からなかったけど今なら断言できる。正確には〝まだ死んでない〟だけど。今、貴方は魔剣の効果で強制的に気絶状態にされているのよ。魔剣の効果は貴方も知っているでしょ。即死か気絶の二者択一。で、貴方は運良く後者の方を引き当てたってわけ」


「じゃあ、どうして俺は此処に?」


「それについては私にも分からないわ。だけど、はっきりと分からないってだけで原因に心当たりはある。貴方、魔剣で刺される直前に魔力を取り込んだでしょ? 多分、その魔力が原因だと思うのよね。……貴方、取り込んだ魔力に意識を奪われかけていたでしょ」


 魔力を吸収した後、意識を乗っ取られそうになった感覚はあった。

 その時に何かを思い出せそうな気もしたが、今はもうそれが何だったのかも思い出せない。


「非常に珍しい現象だけど、まぁ簡単に言えば拒絶反応ね」


「拒絶? 元々は自分の魔力なのに、ですか?」


 他人の魔力を吸収して拒絶反応が起こるなら分かる。それは魔力の波長の調整が何らかの原因で上手くいかなかった場合だ。

 だが、俺は自分の魔力を回収したに過ぎない。元は自分のものなのだから波長の調整は不要のはずだが。


「自分の魔力だから、よ。貴方自身の魔力だったからこそ拒絶したの。その理由に心当たりは無い?」


「……ありません」


「まぁ、そうよね。でもね、いかなる現象にも理由はあるの。貴方、まだ全ての記憶を取り戻せてないでしょ。例えば、貴方が魔王になった切っ掛けとか」


 心臓がドクンと大きく波打った。


「た、確かにそうですが、俺の記憶とは何の関係も」


「無いって? 不正解。大アリよ。どうして貴方の魔力が初めから二分割されていたか分かる? 魔力が貴方を拒絶したんじゃない。貴方が魔力を拒絶したの。正確には魔力が持つ〝記憶〟を、ね」


「……どういう意味ですか?」


「かつての貴方は憎しみに支配された魔王だった。でも、この世界に来てから貴方は憎しみに支配されていない」


「そ、それは、この世界では魔王としてではなく人間として生きると決めたからで」


「そう思えたのは何故? 前世の宿敵と再会した貴方には仇を討つという選択肢もあったはず。自分や仲間の仇である勇者を。なのに貴方は宿敵を討つどころか自ら進んで寄り添うことを決めた。前世だから関係ない? そんなはずないわよね。だって、貴方は何度も見てきたはずよ。貴方の仲間が勇者に殺される瞬間を」


「…………」


 確かに、そうだ。

 アランと出会った時、最初は友好的な関係を持とうとは思わなかった。

 彼と出会って、彼を知って、この世界なら仲良くなれるのではないかと。


(……俺、何でアランと()()()()()()と思ったんだ?)


 アランが勇者とは思えないほど弱々しい子どもだったから? 敵ではなく幼馴染だったから?

 間違ってはいないが、どちらも決定的な理由ではない気がする。


「混乱させちゃったわね。でも、安心して。いつか必ず分かる時が来るから」


「……それは、いつですか?」


「貴方が望むなら今すぐにでも。私、これでも神様ですから」


 神に不可能なことなんて無い。そんな言い回しにも聞こえた。


「それで貴方に〝真実〟を見る覚悟はあるのかしら? この世界に転生した貴方は前世の記憶を封印した。だけど、この世界での勇者との再会で封印は解けた……一部を除いて。貴方の中で未だに封印されている、その一部の記憶と向き合わなければ取り込んだ魔力には勝てない。仮に今の状態で目覚めれば貴方は意識を乗っ取られて魔王として返り咲くことになるわ、必ずね。そうならない為にも真実と向き合う必要がある。魔法の解除条件に背いてまで貴方が封印したかった記憶と」


 彼の言う通り、俺の強い意思が魔法に(まさ)ったのだとしたら。


(俺にとっては、それだけ思い出したくない記憶ということか)


 それでも向き合わなければならない。せっかく助かっても魔王として返り咲くなど冗談じゃない。

 記憶のことは今まで何度か触れられてきたが、有耶無耶にしていた。そのツケが今になって回ってきたというわけだ。


「怖い? そりゃ、そうよね。何たって貴方自身が思い出すのを拒んだほどだもの。さっきは、ああ言ったけど結局は貴方の意思次第。ただ拒んで此処に留まったところで貴方に未来は無い。本来、ここは貴方が来ちゃいけない場所なの。この現象が起こった原因が解明されれば貴方は強制的に元の世界に帰されるでしょう。でも、そうなったら貴方は貴方でなくなってしまう」


 俺が俺でなくなる。正直、想像も出来ない。本当に、そんなことが有り得るのかと半信半疑なところもあるが、これだけは分かる。

 あの世界には、やはり魔王など必要ない。あんな誰かが傷付くのが当たり前な世界なんて二度と御免だ。


「選びなさい、ライ・サナタス。封印された記憶を取り戻すか、それともこのまま何もせず時が来るまで留まるか」


「俺は……記憶を取り戻したい。俺にとって不都合な記憶だったとしても全て受け入れた上で、あの世界に帰りたい。魔王としてではなく、ただの人間として」


 男は今まで見たことないほどに穏やかな顔で微笑んだ。

 

「貴方の覚悟、確かに受け取ったわ。それじゃあ私は神として貴方の願いを叶えましょう」


 「楽にして」と言われて大きく深呼吸。男の指先が俺の額に触れる。


「目を閉じて記憶を呼び起こすことだけに集中するの。そうすれば記憶の中に入り込むことが出来るわ。でも、入り込めるのは意識だけだから干渉は出来ない」


 俺が見るのは過去の記憶。もう既に起こったことを今更変えようなんて愚かなことはしない。


「それじゃ行ってらっしゃい」


 その言葉を最後に俺は意識を手放した。

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