44話_模擬決闘
模擬決闘、(ようやく)開始。
今回は、スカーレットが頑張ります。
デルタから模擬決闘の開始を告げられ、最初に動いたのは銃を構えた男だった。
男は、先手必勝とばかりに開始と同時に数回の銃声を響かせた。その動作は、戦闘慣れしてると充分に分かるほどに滑らかだった。
一瞬にして戦力を1人失わせる戦略だったのだろうが、俺の前で、そんな小賢しい戦法は通用しない。
密かに瞬間予知で、彼らがどのような行動を取るかなんて既に把握していた。
俺が結界を張るのが先か、相手の銃弾が身体に撃ち込まれるのが先か……当然、前者だ。
(銃弾如きでは、牽制にすらならない)
結界を張ろうと手を前に出した瞬間、足元にいたはずのスカーレットが目の前に現れた。
既視感を覚える光景に、結界を張る事も忘れ、俺はスカーレットを凝視する。
「スカーレット……?!」
予想外にも、限度がある。
こんな事なら男達だけではなく、スカーレットの行動も瞬間予知で見ておけば良かった。
「お、おい!」
焦燥に駆られたリュウも口を開いたが、スカーレットが戻る様子はない。
前へ飛び出したスカーレットは高く跳び上がると、一気に身体を大きく広げた。
俺達を守るように広げられた身体は、迫ってきた銃弾を優しく受け止めた。
受け止められた銃弾は、スカーレットの身体を貫通することは無かった。
「な……っ?!」
まさか、こんな展開が待っているとは思っていなかった相手も、これでもかと目を見開いて目の前の光景を見つめている。
スカーレットは銃弾を受け止めた瞬間、身体を震わせたかと思うと、力一杯、その銃弾を打ち返した。
「な……」
「「何ぃぃぃぃぃいい!?」」
まさか撃った銃弾が帰ってくるとは、夢にも思うまい。
男達は忙しなく身体を動かしながら、迫り来る銃弾を避けようと身構えたが、人間の目では捉えられないほどの速度で放たれた銃弾は1人の男の足へと命中した。
「が……っ、しまっ……」
被弾した男は、痛みに悶える間も無く倒れた。
(死んで……ないよな?)
そう思ってしまうほどの倒れっぷりに思わず心配してしまったが、空気の出し入れを繰り返す身体を見て、安堵の息を吐いた。
被弾したとは思えないほどに穏やかな表情で呼吸を繰り返す男を見て、眠っているのだと分かった。
(デルタが言っていたのは、この事だったのか……)
あの銃弾が本来はどのような効果を持っているのかは知らないが、少なくとも睡眠作用のある物で無いのは確かだ。
〝この空間では、どんな武器を使用しても命を落とす事は無い〟というデルタの言葉を、ようやく理解した。
「お、おい……どうする?」
「どうするも何も……このまま、やるしかねぇだろ!」
そう言い放った男が杖を構えると、杖の先端が光を放ち出した。
「喰らえ、火球!」
大きな火の球が杖から吐き出されるように現れると、それは意志を持った生き物のように、スカーレットに向かって突進してきた。
「確かにスライムは物理技には強いが、同時に魔法に極端に弱い事を、俺は知っている! 小さい頃から、ずっとスライムを相手に魔法の特訓をしてきたからな!!」
何故か自慢げに、どうでもいい情報を言い放った男を冷めた目で見ていたが、それどころでは無かった。
男の言葉通り、スライムは物理的には強いが、その分、魔法には弱い。
例え、初級魔法であっても魔法耐性の無いスカーレットにとっては、一溜まりもない。 命を落とす事は無くても、怪我は免れないだろう。
(今度こそ、結界を……)
「ライ、ここはオレに任せてくんない?」
意外にも、ここで行動を起こしたのリュウだった。
先ほどまで特に目立った場面が無く、空気のように存在へとなりつつあったが、ここに来てようやく空気という立場から卒業するようだ。
「何か、策があるんだな?」
リュウは即座に頷き、祈るように手を組んだ。
「魔防上昇、攻撃狂上昇」
(なるほど、スカーレットの魔法防御を上昇させて……ん?)
前者は兎も角、後者の詠唱に疑問を抱いていると、スカーレットの身体が光を帯び始めた。
広げていた身体を一気に丸め、いつもの形態に戻ったスカーレットは身体の一部を拳へと変えた。
そこまでの流れは見慣れているが……俺の目に映るスカーレットの姿は、明らかに見慣れないものだった。
「え゛……」
スカーレットが擬態した手を見て、俺は自分でも驚くほどに情けない声を出してしまった。
スカーレットの身体から伸びているのは、所謂、筋肉質の男の手だった。
腕から二の腕にかけての筋肉が見事な山と谷を作り上げ、今にもはち切れそうなほどに所々で血管のようなものが浮き出ている。
目前まで迫っている火の球と向かい合うと、拳を大きく前へと突き出した。
拳と火球がぶつかり合った衝撃で、身体を鞭打つような風圧が押し寄せてきた。
思わず目を瞑ると、風圧と熱風が次第に強くなっていくのを肌で感じると、トドメと言わんばかりに鼓膜を突き破りそうな勢いの衝撃音と尋常ではない地面の揺れが襲ってきた。
(い、一体何が起こってる……?!)
そうは思いながらも、目を開けることは出来なかった。
俺が目を開けられるようになったのは、風圧も熱風も既に感じなくなった頃。
大小様々なの凹凸が連なる地面と、そこから立ち昇る無数の煙が衝撃の凄まじさを物語っていた。
「……流石に、攻撃狂上昇は、やり過ぎだったかな」
隣で頭をかきながら、リュウがボソリと呟いた。
「ぁ……あ……」
腰を抜かしたように座り込んでいる男は、未確認生物と遭遇したかのような表情でスカーレットを見つめている。もう1人の男も、餌を求める魚のようにパクパクと忙しなく口を動かしている。
あの衝撃の中、何があったのか知らないのは俺とリュウだけのようだ。
《2名の戦意喪失を確認しました。よって、今回の模擬決闘の勝者は、ライさん、リュウさん、スカーレットさんのパーティです!》
「え……」
上から降ってきたデルタの声に、俺は思わず声を漏らしてしまった。
霞んでいく景色の中、俺は少し前までの自分を振り返っていた。振り返って、気付いてしまった。
(俺、何もしてなくないか……?)
スカーレットは前線へ出て戦い、リュウはスカーレットのサポートをしたが……俺は? 本当に〝空気〟だったのは、俺の方だったというのか?
視界が霞んでいく中で俺の意識だけは、はっきりと生きていた。
ギルドへと戻ってきた俺は、気まずそうに視線を泳がせた。
実質、スカーレットとリュウの1人と1匹で勝ち取った勝利だ。
実際、俺は何もしていない。結界を張ろうとはしたが、結局、張らなかった。
周囲が盛り上がっているだけに、俺はますます居た堪れない気持ちになった。
「こ、これで、勝ったと思うなよ?!」
「お、おぼえてろっ!」
男達は、足を震わせながら未だに目覚めない男を抱え、お決まりの台詞を吐いて、そそくさと去って行った。
そうなると当然、注目の的となるのは俺達だ。
「お前ら、よくやった!!」
「あぁー、俺の金が……」
「なに勝ってんだよ、バカヤロー!!」
「やったぁー!! 金が倍以上になって帰ってきたぞ!!」
反応は、ご丁寧に全員、違っていた。
「おめでとうございます」
「……ありがとう」
デルタからの祝福に、複雑な表情を浮かべながらも御礼の言葉だけは返した。
「以上で審判としての仕事は終わりましたので、私は戻りますね」
「あぁ」
「ありがとね、デルタちゃん」
リュウが笑顔で御礼を述べ、スカーレットも嬉しそうに彼女の近くで跳びはねた。
そんな彼らを見て、デルタは微笑んだ。
「……貴方方とは、また会えそうな気がします」
彼女は意味深な言葉を残し、関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉の奥へと姿を消した。
正直、腑に落ちない部分もあるが、とりあえず模擬決闘は無事に俺達の勝利で幕を閉じた。
◇
模擬決闘でギルドが賑わう中、マスクで顔の半分を隠した女だけは、足早にギルドを後にした。
模擬決闘など、彼女にとっては、どうでも良かった。
外に出た瞬間、彼女は走った。走って走って、ひたすら走って、呼吸が苦しくなっても走り続けた。
目の前に人や障害物があっても避ける事なくぶつかって、それでも足を止めなかった。今の彼女には、周囲の景色なんて見えていなかった。
ただ、ひたすら前を見て、ほんの少し前にあった出来事を少しでも早く伝えようという意識だけが、彼女を動かしていた。
(早く……早く、2人に伝えなきゃ……っ、早く、早く早く早くはやくはやくはやくハヤクハヤクハヤクッ!!)
狂気的な笑みを浮かべながら、彼女は郊外へと繋がる道を風の如く駆け抜けていった。




