346話_見つけた、亡霊の足跡
あれから王都の城下町を経由し、リュウ達は魔法学校に帰って来た。
日数で換算すれば大したことはないはずなのに学校を目の前にした時、リュウは懐かしさを覚えた。
今回の魔王討伐にリュウも携わっていたことは学校中に知れ渡っていたようで歩く度に生徒や教師に声を掛けられては称賛を受ける。
悪い気はしなくとも実際に魔王を倒したのはライであり、何より途中で戦線を離脱したリュウにとっては嬉々として受け取れるものではない。
ぎこちないながらも感謝の言葉を返すのが精一杯。
それからも誰かと会う度に何度も声を掛けられるものだから部屋に辿り着いた頃にはリュウの表情筋は軽い痙攣を起こしていた。
「っ、はぁー! 疲れたぁ。頬っぺた痛ぇ……」
部屋に入るなりベッドに横になったリュウは両頬を軽く揉みながら不平を零した。
(有名人は大変ですね)
「なに他人事みたいに言ってんだよ。てか、何でオレにばっかり来るんだよ。グレイはオレ以上に活躍してたのに」
(俺は認識阻害結界を張っていましたから)
「は?! いつの間に、そんな……って、そうじゃん! 結界で何とか出来たじゃん! つか、そもそも歩いて帰らなくても部屋まで瞬間移動すれば良かったんじゃね?!」
(おや、もしかして今気付いたんですか? てっきり歩きたい気分だったのかと)
「んな訳あるかっ! ……お前だけでも先に帰れば良かったのに」
(貴方を一人にしたくなかったので)
「……そうかよ」
自分に気を遣ってくれたのだと自覚すると何だか照れくさくなってリュウは視線を不自然に壁の方へ向ける。
(それに歩いたことで少しは気分転換になったのでは?)
図星だった。けれども、それを素直に認めるのは癪だと感じたリュウは黙秘権を行使した。
リュウの心情を察したグレイは苦笑するとライが使っていたベッドや机を見る。
それなりに整えられてはいるが、新品には出せない使用感が間違いなく彼が此処で生活をしていたことを教えてくれている。
特に机に置かれた教科書や参考書は随分と草臥れており、貼られた付箋やメモ用紙の端がはみ出ている。
グレイは徐に机に歩み寄り、一冊の教科書を手に取った。
一頁ずつ丁寧に捲りながらライが手書きしたであろうメモに目を通す。
教科書には載っていない情報、知識がぎっしりと詰め込まれている。
どれだけライが真面目に授業に取り組んでいたか、この教科書を見れば一目瞭然だった。
「そういやアランが言ってたの、あれってどういう意味だと思う?」
ふと思い出したようにリュウがグレイに問いかける。
何のことだか分からずグレイは振り返って首を傾げたが、リュウから「足を治したらライを探しに行くってアランが言ってたろ」と言われたことで腑に落ちた顔をした。
(恐らくですが、あれはライさんの死体を回収するという意味で言ったのでははないでしょうか)
グレイの言葉に納得すると同時にリュウは自分がライの死を間接的に知ったことを思い出す。
未だに信じられないという気持ちが大きいのはライの死体と対面していないことも要因だろうとリュウは考えたのだ。
(……もしかしてアランも信じてるのかな。ライが実は生きてるかも知れないって)
不意に、そんなことを思ったが、すぐに否定するように首を振る。
アルステッドから最初にライが死んだと言ったのはアランだと聞いていた。そんな彼が今更、自分の発言を打ち消すようなことを言うとは思えない。
(彼なりの償いなのかも知れませんね)
「償い?」
(アランさんは魔王に捕えられていましたが、結果的にはライさんによって救い出されました。その恩人を失ったのは自分のせいだと思い込んでいるんです。罪悪感と言うべきでしょうか。……まぁ、あくまで憶測ですが)
表向きの事実を述べながらグレイの顔に影が差す。
かつて目の前で魔王を失ったグレイには今のアランの気持ちが痛いほど理解できるから。
自分だけが助かり、大事な人を失った。代償としては、あまりにも大きい。況してや子どもが易々と受け入れられるものではない。
「……でも、オレは今のままの方が良い気もするけどな。あ、いや、変な意味じゃなくて! 何か、その……もし死体が出たら本当に認めないといけなくなるから。ライは死んだんだって」
グレイは否定することも肯定することも出来なかった。
例え、無いに等しい希望であったとしても縋りたいと思っているのはリュウに限った話ではない。
だが、グレイがアランの記憶を覗いた時、確かに剣はライの胸を貫いていた。
深手を負った身体で、更に毒の霧の毒に侵されてしまえば生きていると考える方が不自然だ。
(それでも生きている可能性を思い描いてしまうのは、そうであって欲しいと願っているからなのでしょうね)
個人の想いが事実に勝ることは無い。個人の想いが、願望が、事実を捻じ曲げることなど無いのだから。
「ぶべっ?!」
グレイが一人物思いに耽っているとリュウの素っ頓狂な声が響いて思わず顔を上げた。
リュウの方を見ると、ベッドに横になっている彼の顔にスカーレットが覆い被さっている。
ここ数日間、姿を見ないとは思っていたが、まさか自力で部屋に戻っていたとは。
(ス、スカーレットさん、一体いつから此処に……)
「んぐぐぅ〜!!」
くぐもった声を耳にして悠長に話をしている場合ではないとグレイは慌ててスカーレットを引っ剥がす。
「っ、はぁ……! 助かった……」
「このまま窒息するかと思った」と縁起でもないことを言いながらリュウは呼吸を整え、ある程度落ち着くとスカーレットを睨み付けた。
「くぉら、スカーレット! テメッ、いきなり何す……」
(ライ、ドコ?)
純真無垢で且つ残酷な問いかけにリュウは先の言葉を呑み込んだ。
(ライ、イナイ。ドコニモ、イナイ。リュ、シッテル?)
リュウの視線が動揺の波に揺れる。
何と答えるべきか迷っているのだとグレイは察した。
(ライ、ノ、マリョク、カンジル。デモ、イナイ。ナンデ?)
「な、何でって、それは……」
(ちょっと待って下さい、リュウさん)
スカーレットの言葉に違和感を覚えたグレイがリュウの言葉を遮る。
グレイがそれ以上リュウに何かを言うことはなく、スカーレットに何かを期待するような視線を向けている。
(スカーレットさん、ライさんの魔力を感じたのはいつの事ですか?)
(カンジ、タ? イマモ、カンジル、ヨ。ライ、ノ、マリョク)
(っ、何処から?!)
(コレ!)
詰め寄るグレイにスカーレットが差し出したのはライがミサキから貰い、枯れないようにと時間固定魔法を施した花冠だった。
魔法の効果は切れていないため花は今でも生き生きと咲き誇っている。
「ど、どうしたんだよ、グレイ? その花冠に何かあんのか?」
受け取った花冠を凝視するグレイにリュウが不安そうに尋ねるが、返答は無い。
何かに集中している様子にも見えたリュウは口を閉じて様子を見守ることにした。
見守ること数分。
花冠から視線を逸らしたグレイは肺の中の空気を出し尽くさんばかりの深い深い息を吐いた。
(……リュウさん。希望を捨てるのは、まだ早いかも知れません)
「は? え? どういうこと?」
脈略のない言葉にリュウの脳内で、ふつふつと疑問の泡が湧く。
しかしグレイの顔を改めて見た直後、疑問の泡はパチンと弾け飛んだ。
グレイは泣いていた。それに笑ってもいた。
気でも狂ったのかとリュウは思ったが大事そうに抱えられた花冠を見て、これは嬉し泣きなのだと気付く。
そして次の瞬間、グレイはリュウに驚愕の一言を告げた。
(あの人は……っ、ライさんは生きています!)




