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343話_添え木

 宣言通り、あれからリュウは毎日マリアの病室に通った。

 マリアと話す時間は楽しい。何の娯楽も無い病棟にいるから余計に。

 それはマリアにとっても同じことで彼女にとってリュウと話す時間は数少ない心の拠り所となっていた。

 話題は主にライに関することだ。リュウが学校でのライのことを話すとマリアは顔を綻ばせて頷きながら話に耳を傾ける。

 あまりにも嬉しそうに話を聞いてくれるものだからリュウも調子に乗って延々と話を続ける。

 マナとマヤ、時々ミカデスも仕事の合間に顔を出してはリュウが語るライの物語を一心に聞き入っている。

 リュウが口を止めるのは聖女(アムネ)がマリアの検診のために入室する時か昼時を知らせる鐘が鳴る時だ。

 今回は後者でお昼を知らせる鐘が鳴ると遅れてリュウの腹の虫も控えめに空腹を主張する。


「あら、もうこんな時間なのね。リュウ君とのお話は楽しいから毎回あっという間に時間が経っちゃうわ」


 こんなにも誰か一緒にいて楽しいと思えるのはリュウも久し振りで「オレもマリアさんと話すのは楽しいです」と同意しながら照れくさそうに笑った。


「リュウ、もっとライの話聞かせて」


「聞かせて」


「無理を言っては駄目よ、二人とも」


 まだまだ聞き足りない双子が不満そうにリュウの入院着を引っ張る。

 リュウも話をしたいのは山々だったが、朝からずっと喋り続けていたのでそろそろ喉を休ませたいと思っていたところでもあった。


「ミカデス、オレの午後の予定は?」


「えーっと、昼食後に診察がありますね」


「じゃあ、診察の後は?」


「診察の結果にもよりますが、恐らくは何も無いかと。マリアさんの方も……特に予定は入っていないみたいですね」


 診察さえ終わればお互い暇になると分かると、リュウとマリアは目を合わせて笑い合う。


「診察が終わったら、また来ても良いですか?」


「えぇ、勿論よ。待ってるわ」


 わざわざ口にするまでもない事であったが、一種の礼儀としてリュウはマリアと口約束を交わした。


 ミカデスと共に病室に戻り、昼食を取ったリュウは医師からの診察を受けていた。

 カルテに目を通しながら医師はリュウに体調は問題ないか等の質問をする。

 素直に答えるリュウに医師は相槌を打ちながらカルテに何かを書き込んでいく。

 最後の質問が終わると医師は暫しカルテを見つめた後、満足したように頷いた。


「うん。体調も安定しているし、食事もしっかり取れているみたいだね。これなら、もう大丈夫。退院するにあたって手続きをしてもらわないといけないけど、そう込み入った物じゃないから明後日には退院できるよ」


 退院できる程に回復できたことにリュウは喜びと同時に寂しさも感じていた。

 退院して以前の生活に戻るとなればマリアに会いに行くことが容易ではなくなってしまう。

 折角、仲良くなれたのにこんな形でお別れしなければならないのは悲しい。


「あ、そういえばリュウ君、ミカデスから君とマリアさんは仲が良いって開いたんだけど本当かな?」


「あ、はい。仲は良い、と思います」


 何となく断言するのは躊躇われた。リュウは仲が良いと思っていてもマリアもそう思ってくれているかは分からないからだ。


「こんな事を君にお願いするのは医者としてどうかと思うんだけど……これからも時々で良いからマリアさんに会いに来てくれないかな」


「え?」


「彼女の事情は君も知っているんだろう? 僕にもね、息子と娘がいるから分かるんだ。彼女の気持ちが。でも、結局は気持ちが分かるってだけで同じ立場にはなれないから本当の意味で彼女の心に寄り添ってあげる事は出来ない。……だけどリュウ君、君は違う。君は、亡くなったマリアさんの子どもと友達だったらしいね。そんな君だからこそマリアさんは心を開いてくれたと思うんだ」


 真剣な眼差しにリュウは声すら発することが出来ない。

 リュウの強張った表情を見た医師は申し訳なさそうに眉を下げて笑みを浮かべながら膝の上で無意識に作った彼の握り拳に手を添えた。


「これは僕の勝手なお願いだ。君だって友達を失ったことで心に傷を負っている。だから無理にとは言わない。……でも、もし君が少しでも前向きに考えてくれるのなら、どうか彼女の心の支えになってあげて欲しい。今の彼女には君のような存在が必要だと僕は思うから」


 頼まれるまでもなく退院後もマリアの所には通うつもりだった。毎日は無理でも、出来るだけ時間を作って会いに行こうと思っていた。

 しかし、こうして改めて頼まれると荷が重く感じてしまうのは事実で。単に自分が会いたいから会いに行くのとは違う。彼女の心の支えにならなければならない。

 そんな使命感を抱えながら今後は彼女に会いに行かなければならないのか。

 そう思うと、途端に息苦しくなった。ライを救えなかった自分がマリアの心の支えになれるとは、とても思えない。

 彼女は強い。寧ろ、心の支えにしていたのは自分の方だ。

 今日まで多くの存在に支えられて生きてきた自分が誰かを支える事など出来るのだろうか?


「……オレに出来るでしょうか? オレ、馬鹿だし昔から色んな奴に迷惑かけてばかりで、それに今回だって」


「それでも今日まで君が生きてこられたのは沢山の人が支えてくれたからだろう? 人間ってのは意外と単純でね、相手に情があればあるほど力になりたい、支えてやりたいと思うものなんだよ。逆に情のない、極端に言えば興味のない他人や嫌いな相手には中々そうは思えない。余程のお人好しでもない限りはね」


「お人好し……」


 この時、リュウは会って間もない自分に躊躇なく手を貸してくれたライのことを思い出した。


「混乱させてしまったけど、一番大事なのはリュウ君の気持ちだよ。君が少しでもマリアさんの力になりたいと思ってくれているなら今まで通りに接してあげて欲しい。それだけで良いんだ」


 難しく考える必要はない。自分が彼女にしてあげたい事をすれば良い。

 彼女は自分の話が聞きたいと言った。ならば、自分は彼女が満足するまで何度も話すだけだ。ライが紡いできた物語を。


 診察が終わったリュウは早速、マリアに明後日には退院することを伝えた。


「まぁ、本当? まだ早いけど退院おめでとう、リュウ君!」


「ありがとうございます」


 マリアはリュウの退院を喜んだ。それでも彼女の表情には憂いの影が差している。


「……でも、これから寂しくなっちゃうわね。私、リュウ君とお話できる時間が本当に楽しみだったから」


「…………」


 顔を俯かせて返答しなくなったリュウを見て、気分を害してしまったと勘違いしたマリアは「なんてね。冗談よ、冗談」と慌てて言葉を付け足した。


「あの……オレ、また此処に来ても良いですか?」


「え?」


「あ、言っときますけど、これは気を遣ってるとかそんなんじゃないんで。ただオレが来たいって言うか、まだまだ話し足りないと言うか、兎に角、退院しても今までと同じようにマリアさんと話したいです。その、マリアさんさえ良ければですけ……ど?!」


 リュウの上擦った声が室内に響く。

 リュウが恐る恐るマリアの顔を見ると彼女は泣いていたのだ。


「あ、あ、あの、やっぱ迷惑ですよね?! すみません、オレ……」


「ち、違うの! ごめんなさい。ただ、びっくりしちゃって。まさか退院した後も会ってくれるとは思わなかったから」


「へ?」


 リュウの中には初めから会いに行かないという選択肢など無かった。それ故にマリアの言っている意味が分からない。


「だって毎日病室に来てくれていたのは私に気を遣ってくれていたからでしょう?」


「それもありますけど、オレがマリアさんと話したかったからって方が理由としては大きいです。お蔭でライの小さい頃の話とか聞けましたし」


「そ、そうなの?」


(……寧ろ、オレの方が気を遣われてた気がする)


 一人になりたい時だって、あったはずだ。それなのに彼女は一度だって嫌な顔せず迎え入れてくれた。

 ライの優しいの根源はマリアにあるのだと分かった時、彼女のことが彼と同じくらいの愛しく思えた。

 もっと彼女と話がしたい。そして仲良くなりたい。

 この短期間で、そう思うようになってしまった。


「オレ、マリアさんがしてくれるライの話が好きです。アイツが本当に大事にされてたんだって、すごく伝わってくるから。だから、これからもまたマリアさんの話、聞きに来ても良いですか?」


 マリアは頷いた。ポロポロと涙を零しながら。

 リュウが安堵したように胸を撫で下ろしたのも束の間、病室の扉が開いた。

 開いた扉の先にいたのは花瓶の水換えに行っていたマナとマヤ。

 泣いているマリア。近くに居るのはリュウだけ。

 嫌な予感が過ぎり口を開こうとしたが、もう遅かった。


「リュウ、泣かした」


「ち、違う」


「マナとマヤのお母さん、泣かした」


「だから、違うって! こ、これはオレが泣かした訳じゃ……いや、結果的には、そうなのかも知れないけど、とりあえず二人とも落ち着いてオレの話を」


「「問答無用」」


 育ち盛りの双子による容赦ない圧し掛かり攻撃を一身に受けてしまったリュウ。

 その衝撃音と彼の叫び声が響き渡ったことで、いつもは静かな病棟内が一時騒然となったのは言うまでもない。

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