43話_代理の審判者
戦闘シーンは、次回に持ち越しとなりました……
自分の悪い癖の一つですが、展開の進み具合が亀並みに遅いのが、原因です。
もう少し軽快に展開を運べるようにしたい……
「早速、始めましょうか──模擬決闘を」
その一言で、シンと静まり返っていたギルドが一気に活気立った。
ヒューヒューと耳障りな口笛と加減を知らない幼子のように机を叩き鳴らす、最早、騒音としか思えない音。
思わず耳を塞ぐと、不意に制服の後ろ見頃を掴まれ、クイッと軽く引っ張られた。
後ろを振り返ったが、誰もいない。
「下です、下」
少女と大人の境い目を彷徨っているような声が主張する通りに下を見る。
すると、どこの美術館の絵画から出てきたのかと尋ねたくなるほどの愛くるしさと美しさを兼ね備えた金髪碧眼の少女が、俺を見上げていた。
(……子ども? もしかして、迷子か?)
少女の視線の高さに合わせるように片膝立ちになると、出来るだけ優しい声色で彼女に話しかけた。
「君、1人か? もし、迷子なら……」
「初めまして。私は、異世界転生課のデルタと申します」
「……え?」
容姿と話し言葉のギャップを処理しきれなかった俺の脳は混乱した。
敬語で話すのは兎も角、彼女ほどの齢(恐らく、マナやマヤと同い年だと思う)にしては小難しい単語を流暢に連ね、またそれが何故かしっくりきている。
戸惑いの表情を隠せないまま彼女を見つめていると、そんな俺が彼女にどう映ったのか、再び口を開いた。
「あ、異世界転生というのは……簡単に言いますと、ある世界で死んだ方を別の世界に転生させて新しい人生を歩ませるシステムの事です。ギルドに存在する数ある課の中でも最近出来たばかりの新参者で、主に私は亡くなったばかりの方がスムーズに異世界転生出来るよう、申請をアシストする役割を担っています」
どうやら、俺が〝異世界転生〟というものに疑問を抱いて戸惑っていたのだと勘違いしたようだ。
実際は、それ以前のところで戸惑っていたのだが、折角の説明を無駄にするのもどうかと思い、相槌を打ちながら彼女の話に耳を傾けた。
彼女の言っていた話は素直に興味深かったし、何より他人事のようには聞けなかった。
(それにしても、彼女のような子どももギルドで働いているのか……大丈夫なのだろうか、色んな意味で)
俺が心配する域ではないのだろうが思わず、心配してしまった。
「それで、異世界転生課に所属しているデルタ……さん、が、何の用、ですか?」
初対面の少女を呼び捨てにするのは気が引けたが、だからといってデルタちゃんと呼ぶのは、色々と俺が耐えられない。
そんな理由で、無難な線として、デルタ〝さん〟と呼ぶ事にした。
しかも、見た目は子どもで、このギルドで働いている職員ときた。
違和感が仕事をしているが、敬語を使わずにはいられなかった。呼ばれた本人は、大きな目を更に大きく開いて不思議そうに俺を見ている。
これまで、穢れの無い世界しか映してこなかったかのような澄んだ瞳を向けられ、思わず視線を彼女から逸らした。
少しの沈黙の後、デルタの方からクスッと笑うような声が聞こえ、彼女の方を見た。
「私のことは、デルタで構いません。敬語も結構ですよ。お気遣い、感謝します」
もし、俺が悪魔だったら間違いなく浄化されていただろう。
そう思わせてしまうほどの魅力が、彼女の笑みにはあった。
「それから先ほどの質問に対する回答ですが、本日の模擬決闘の審判を担当する者が風邪で不在のため、代理として私がこちらに参上することになりましたので、その御連絡と……模擬決闘の開始時刻が近づいて参りました事を御報告するため、貴方に声をかけました」
彼女の声は、俺だけでなく周囲にいた者達の耳にも届いたようで周囲の視線が、一気に彼女に集中した。
「模擬決闘を行うのは、貴方方で間違いありませんね?」
俺とリュウ、そして男達一人一人の顔を確認するように見渡しながら、彼女は問いかけた。
あまりにも可愛らしい審判の姿に皆、戸惑いの表情を浮かべながらも頷いた。
全員が頷いたのを確認すると、デルタは腕時計を見ながら凛とした声を響かせた。
「現在の時刻、13時。これより模擬決闘を開始します。参加する方以外は、私から離れて下さい」
音声案内でも聞いているかのような単調な声でデルタが言うと、彼女の腕時計から強い光が放たれた。
周囲の人集りが一斉に散り、デルタの前には俺とリュウとスカーレット、そして3人の男達だけとなった。
「使用武器、使用魔法に関する規定は特別ありません。現実では、どんなに物騒な武器や魔法であろうと、あそこでは、ほんの子ども騙しにしかなりませんから。多少の怪我は大目に見ますが、命に関わる危険性の発覚、または、どちらかが完全に戦意を喪失した場合、例外なく強制終了とさせて頂きますので、ご了承下さい」
デルタが言葉を紡げば紡ぐほど、眩しさが増していき、とうとう目を開ける事を出来なくなった。
◇
生き生きとした草や花が地面を覆い、空では雲が泳いでいる。
長閑な時間が似合う、この空間が模擬決闘を行う場所らしい。
てっきり、ギルド内のどこかで行うものだと思っていたから、戦いの場には似合わない風景を目の前に少しだけ拍子抜けした。
(なるほど……空間魔法か)
空気のように周囲に漂う魔力から、目の前に広がる光景が紛い物であると気付いた。
《あー、あー。私の声が聞こえますか?》
上から聞こえた声に、思わず空を見上げたが、空は雲があてもなく流れるだけで声の主は見当たらない。
《あ、上を見ても私はいませんよ。皆さんは今、特殊な空間にいます。私から皆さんの姿を見る事は出来ますが、皆さんからは私の姿は見えません。……皆さんには、この場所で模擬決闘を行なってもらいます。本当は、もう少し決闘に向いた場所にしたかったのですが、勝手が分からないので今回のところは我慢して下さい》
彼女の言葉を聞きながら、俺は先ほどの彼女の言葉を思い出していた。
(確か、本来の担当者の代わりで来たと言っていたな……)
それならば仕方ないと、デルタの言葉に頷く。
リュウも男達も、異論は無いようで各々のタイミングで頷いている。
《御理解、感謝します。先ほどもお伝えしましたが、武器の使用に関する特別な規定はありません。この空間内では、大砲だろうが爆弾だろうが、どのような武器を使用しても命を落とすような事はありませんので、安心して互いに全力を尽くして戦って下さい》
なにやら、所々に不穏な単語が聞こえた気がする。
《僭越ながら、私の合図と共に模擬決闘を開始させて頂きます。あ、すみません。その前に、最後に一言だけ……》
突然、雰囲気が変わったデルタの声色に、思わず空を見上げた。
《皆様の健闘を、お祈りしています》
先ほどまで音声案内のように機械的に聞こえていた彼女の声が、この世の全てを優しく包み込む慈愛に満ちた聖女のような柔らかな声色に感じられた。
《それでは……始めっ!!》
聖女から審判者へと戻ったデルタの鋭い声が、戦いの始まりを告げた。
[新たな登場人物]
◎デルタ
・愛らしさと美しさが上手く同居している金髪碧眼の少女。
・ギルド内にある、〝異世界転生課〟で働いている。
・今回は、ライ達の模擬決闘の審判として登場。
・後々、登場する事があるかも……?




