336話_貴方のいない〝未来〟へ進むために
「あら、酷い。揶揄ったつもりなんて、これっぽっちも無いのに」
慎ましい鈴の音のような声で笑うメラニーにギルは眉根を寄せる。
「匿わせてもらってる事には感謝してる。けど、それとこれとは話が別だ。それ以上、いい加減なことを言うようなら二度と喋れない身体にしてやる」
「まぁ、怖い」
返しとは裏腹に、どこか楽しそうに頬を緩ませるメラニー。
脅しが効く相手でないことはギルも承知の上。気にする素振りも見せずにメラニーから視線を外し、渋い顔のままグレイを見る。
「で、テメェもテメェで何なんだ。偉そうに俺達の心配なんかしやがって」
「止めなさい、ギル。私達が村に居座れているのはグレイのお蔭でもあるんだから」
ギルとロゼッタの遣り取りで先程までのメラニーとの会話は概ね聞かれていたのだと理解したグレイは早速、本題へと入った。
(独り善がりであることは自覚しています。それでも貴方達は俺にとって大切な仲間で、家族のような存在なんです。だから教えて欲しい。貴方達が今後の事を、どう考えているのか。もし、まだ特に考えてないと言うのなら……)
「ふざけるな!!」
グレイの言葉を遮り、拒絶の声を上げたのはギルだった。
キャンディとロゼッタは驚きで目を見開き、メラニーは聞き分けのない子どもを見るような呆れた目をしている。
「俺達が大切な仲間で、家族だと?! 嘘つくんじゃねぇ! テメェ、俺にされたこと忘れたわけじゃねぇんだろ」
(えぇ、ちゃんと憶えてますよ。そもそも俺は〝貴方が嫌い〟だとは言いましたが〝仲間として認めてない〟とは言ってませんから)
「はぁ?! そんな屁理屈、通用するか!」
(それに貴方も少なからず俺を仲間だと思ってくれていたようですし)
「あぁ゛?! 俺が、いつそんなこと言った?!」
(あれは確か……貴方が俺に爆裂鸞翔を発動させる直前のことですよ)
そんなこと有り得る筈がないと思いつつもギルは記憶を呼び起こす。
それは、この世界でグレイと再会して間もない頃の記憶。
──つーかよ、さっきから偽物偽物って言うが、本当はテメェんとこの方が偽物なんじゃねぇか? 雑魚が崇拝するもんなんざ、高が知れてる。まぁ、それ以前にテメェの言う魔王が本当にいるかも怪しいもんだがな。
──未来の貴方の為に忠告しておきます。それ以上は口を慎んだ方がよろしいかと。でなければ貴方、一生後悔することになりますよ。
──後悔? そんなもん、とっくの昔からしてんだよ。一瞬でもテメェを魔王軍の仲間だと認めちまった時から。そして……首だけになったあの人と対面した時からなぁ!!
記憶上のギルは確かに明言していた。グレイを仲間として認めていたことを。
完全に無意識だった。だからこそ余計に恥ずかしい。
「い、言ってねぇ」
(ですが、その表情と反応は明らかに……)
「っ、うるせぇ! 言ってねぇっつってんだろうが!」
あくまで否定を続けるギルであったが、その努力も虚しく、この場にいる全員がグレイの話が事実であった事と同時にギルの複雑な心境を察してしまったのである。
話が本筋から逸れ始めたことに気付くとグレイは仕切り直すように咳払いをした。
(兎に角、俺は貴方達の考えを知っておきたいんです)
「知って、どうすんだよ。……あの人は死んだ。もう俺達が連む理由は無ぇはずだ」
(どうもしません。ただ俺は魔王様がくれた繋がりを思い出にしたくないだけです)
グレイは過去の記憶に繋がるものを断ち切りたくなかった。
魔王亡き今、ライ・サナタスという魔王が存在したことを知るのは自分達だけ。
辛い思い出も過去も全てを背負った上でグレイは前へと進もうとしているのだ。
「……ふざけんな。何が、繋がりだ。その繋がりとやらは結局、あの人がいたから成り立ってたんだろうが。あの人がいなくなった今、俺達の繋がりなんてあってもないようなもんなんだよ! なぁ、そうだろ?!」
ギルが同意を求めるように振り返った先にいたのはキャンディとロゼッタ。しかし、二人は頷かない。
彼女達も気付いていたのだ。確かに切っ掛けは魔王だったが、もうそれだけでは説明が付かないほどに自分達の繋がりが強固なものになっていた事を。
それでもグレイの言い分に同意できないのは二人は彼とは違う考えだからだ。
キャンディもロゼッタも今はまだライの死を受け止められないでいる。心の何処かで〝彼は生きている〟と信じている。
きっと魔王は生きている。そう思わなければ自分が自分でなくなってしまうような気がして怖い。
特に、前世で魔王の生首を直視してしまったロゼッタにとって過去は思い出すことすら悍ましい。出来ることなら過去に関係するものと関わりを持ちたくない。まさにグレイとは正反対な考えであった。
況してや、今回の事の発端も彼女がアランと出会ったからだ。
あの時、彼と出会わなければ魔王を失うことは無かったのではと彼女は一人、悔いていた。
「ごめんなさい、みんな。私、は……」
(ロゼッタ、今回のことで貴女が負い目を感じる必要はありません。俺もアランさんを初めて見た時は驚きました。きっと魔王様と出会う前に会っていたら俺も貴女と同じように彼が魔王様だと勘違いしていた)
固く閉ざされた口唇の代わりに彼女の目が「気休めは止めろ」と言っている。
グレイにとっては気休めでも何でも無い。本心からの言葉だった。
「確かに見た目だけは昔の魔王様にそっくりだったわねぇ、あの坊や。それじゃあ一番悪いのはライ様とそっくりな人間を作った神様ね」
「か、神様?」
「だって、そうじゃない。神様が、こんなややこしい事さえしなければ貴女だって間違えることは無かったんだから。貴方もそう思うでしょ、グレイ」
メラニーが自分に加勢してくれているのだと分かり、グレイは即座に同意の頷きを見せる。
それからも彼女は言葉巧みにロゼッタの自責の念を削り取っていく。彫刻の作品を手掛けるように慎重に、丁寧に。
少しずつ元気を取り戻していくロゼッタを見て、グレイは安堵の息を漏らした。
「でも、このまま村にいるわけにもいかないし。グレイの言う通り、ちゃんと考えた方が良いかもね。これからの事」
自分の髪を指に絡めるように弄りながらキャンディが独り言のように呟くと、風向きが変わったように沈黙が流れてきた。
「珍しいわね。アンタが、そういうこと言うなんて。もしかして、もう何か考えてるの?」
「まさか。今まで魔王様の指示で動いてばかりだったから、そういうの考えた事ないし。それに……まさか会ったばかりで、すぐ会えなくなるとは思わなかったし」
四天王という枠の中では最初にライと再会したのはグレイ、それからギル、ロゼッタ、そして最後がキャンディだ。
しかもキャンディに至っては再会してから数時間も経っていない。
先程の穏やかな海のような沈黙とは打って変わり、今度は冷めた石壁のような沈黙が彼らを覆った。
「…………魔王様のバカ」
分厚い沈黙を破ったのは魔王への罵倒。
声の主はキャンディ。不敬だと彼女を諭す者はいない。
理由は、彼女の目から流れ落ちるものにあった。
震えた声で罵倒を吐き捨てる彼女の瞳は池に映る月のように不規則に揺らめいている。
「何で、またワタシ達を置いて一人だけ遠くに行っちゃうの……っ!」
今度こそ、最後まで一緒に。そう願った世界で彼らは再び失った。
膝から崩れ落ち、声を上げて泣き出したキャンディの肩にロゼッタが手を掛ける。
彼女の目も潤んでいたことをグレイは見逃さなかった。
ギルはキャンディ達に背を向けて軽く舌打ちしながら空を見上げている。
下を向いたら涙が零れてしまうから顔を上げることで涙が零れ落ちないようにしているのだ。あれもまた人前で涙を流さなくないという彼なりの意地なのだろうとグレイは行為の真意を悟った。
メラニーの言う通り、全ては神様によって仕組まれた運命だったのかも知れない。
しかし、グレイは思う。本来、ロゼッタの役割を担うべきだったのは自分だったのでないか。魔王様を救えなかった自分への当て付け、或いは天罰だったのではないか。
そして、その天罰の矛先が偶然にもロゼッタに変わってしまっただけだったのではないか、と。
涙を流していないのはグレイとメラニーだけだった。
二人の涙は、とうに枯れていた。前世で魔王を失った時から。
「皆が貴方のように冷静に将来を見据えられるわけじゃない。彼らには時間が必要なのよ。現実と向き合うための時間がね。それは何日、何週間、何ヶ月、もしかしたら何十年とかかるかも知れないけれど。こればかりは個人差があるから時間が解決してくれるのを待つしかないわ」
(……そうですね。しかし、意外でした。どちらかと言えば貴女は自分の感情を優先させる方だと思っていましたが)
「その認識で間違ってないわよ。本当は今すぐにでもライ様の後に付いて行きたい。昔なら、きっと迷わずそうしてた。でもね、ここにはライ様が大事にしていたものが残ってる。だから守ろうと思ったの。あの人が生きてきた証でもあるから」
彼女の言う〝ライが大事にしていたもの〟や〝生きてきた証〟というのはソウリュウ族の鬼人のことなのだろうとグレイは推測した。
彼女もまた事実と向き合いながら前進しようとしていたことを知ってグレイは胸を撫で下ろす。
日頃の振る舞いも含めて彼への想いが人一倍強かった分、ライを失ったことへの絶望に彼女が耐えられるか不安だったのだ。
(それを聞いて安心しました)
「安心?」
怪訝な顔をするメラニーにグレイが素直に杞憂を告げると彼女は肯定も否定もせずにどこか哀愁漂う笑みを見せた後、未だ泣き崩れているキャンディ達の方を見た。
「ワタシのことを心配してくれるのは有り難いけど、まだ安心するのは早いんじゃないかしらぁ」
(どういう意味ですか?)
「あら、分からない? ワタシよりも心配しなきゃいけない子がいるじゃない」
(キャンディの事ですか?)
「案外鈍いのねぇ、お医者さんなのに。それとも態とかしら?」
医者であったことは今は関係ないのではとグレイは脳内で突っ込みを入れながら心当たりを探るが、やはり思い当たる人物はいない。
「貴方にとっては殺したいほど憎い相手かも知れないけれど、彼って意外と繊細なのよ。ただ魔王様が絡むと暴走しちゃうだけ」
ここで漸くグレイのメラニーの言わんとすることが分かった。
あの時に彼女が見ていたのはキャンディではなくギルだったのだ。
(……暴走なんて生易しい表現は止めて下さい。相手が俺じゃなかったら確実に死んでましたよ)
「えぇ、そうね。貴方だったから耐えられたのよね」
相手がグレイであったから常人相手なら即死も免れない過激な仕打ちをしたのだとメラニーは言った。
体質上、死なないと分かっていながら何故? 仕打ちを受けたグレイにも分からない。
ギルはグレイが正式に魔王軍に入る前からいた。
今と変わらず常に不機嫌そうな顔ばかりしていたが、魔王の前では違った。
親しい者だけに見せるような、心を開いた者だけに見せるような。瞬間的ではあるが、ほんの少しだけ優しい顔を見せる時があった。穏やかな顔とも言えるかも知れない。
魔王軍に入って間もないグレイにもギルが魔王を特別視していることは、すぐに分かった。
だが、ギルが何故そこまで魔王に心を寄せているのか。その理由をグレイは結局、本人から聞き出すことは出来なかった。
(メラニーは、その……知ってるんですか? ギルが魔王様を慕っている理由)
「いいえ、知らないわぁ。ほら、彼って自分のことをあまり話したがらなかったじゃない。それに気になる人の前では緊張しちゃうのか余計に無口になっちゃうし」
魔王に忠誠を捧げる身でありながら、最近まで魔王には嫌われていると思われていたほどに不器用な性格であることはグレイも身を以て理解していた。
「あぁ、でも、いつだったかしら。一度だけ話してくれた事があったわ。全てではなかったけれど。〝誰にも見向きもされず、捨てられそうになっていた欠陥品を、あの人だけは拾ってくれた〟って」
(欠陥品……)
どういう意図で使われた言葉なのか又聞きしたグレイに分かるはずもない。
「詳しいことはワタシにも分からないわぁ。どうしても気になるなら本人に直接、訊いてみなさい。……貴方達にも色々と事情はあるのだろうけれど今一度改めて話をするべきだとワタシは思うわ。今なら昔は見えていなかったものが見えてくるかも知れないわよ」
(そう、ですね)
前向きな返答とは裏腹に心の中では否定している自分がいる。
どうにも卑屈になってしまうのは相手がギルだからか、それとも未だ完全には拭えない彼への恐怖のせいか。
それでも知りたいと思った。知るべきだと思った。
理不尽な仕打ちの裏に隠された心理を。ずっと見て見ぬ振りをしてきたギルの胸臆を。
「ま、何にせよ、ワタシには関係ないわ。今後、貴方達の関係に変化があろうと無かろうとワタシの恋敵であることに変わりはないもの」
(だから俺は……いえ、もう恋敵でも何でも良いです。想いの種類が違うだけで俺も貴女も魔王様を想っているという点においては違いなんてありませんから)
毎回訂正するのが面倒になったグレイは、とうとう開き直った。
メラニーが「まぁ!」と目を輝かせているが、もう彼の知ったことではない。
今後のことについて話に来ただけだったのに何故こんな事になったのかとはとグレイは原因を探ろうとしたが、原因と思われる要素が多過ぎたため分からず終いだった。
「それじゃあ、ワタシのお蔭でちょっとだけ素直になれたグレイ。もう、このままギルとも話を付けてきちゃいなさい!」
予告なしにメラニーに背中を押されたグレイは体制を崩してよろめいたが何とか持ち堪え、転倒は免れた。
(い、いきなり何するんですか。いや、それより今のは冗談ですよね)
「あら。ワタシ、冗談は言うのも言われるのも嫌いなの。……ちょっと、ギル! 感情に浸ってるとこ悪いけど、グレイが話があるみたいなの。聞いてあげて頂戴」
(は?! ちょ……っ!)
グレイにメラニー止める術もなく、完全に彼女の思惑通りに事が進む。
呼ばれたギルは忌々しげに歪んだ顔でグレイを睨み付けている。
「キャンディとロゼッタは今はとても話せるような状態じゃないでしょ。だから、とりあえず貴方達だけで先に話しておきなさいよ。ここで話しにくいって言うなら場所を移してもらっても構わないから」
(あの、俺はまだ話をするなんて一言も……)
「行ってらっしゃい♡」
満面の笑みを浮かべながらメラニーは優雅に手を振る。早く、この場から去れと言わんばかりに。
グレイが立ち尽くしていると後方で草を踏む音が聞こえて振り返ればギルが森の奥へ進もうとしているのが見えた。
ギルも何かしら抗議してくると思っていただけにグレイは呆気にとられる。
こうして逃げ場を失ったグレイは最後の悪足掻きとして恨めしそうにメラニーを見た。
(……どういうつもりですか? 俺達が互いを忌み嫌っているのは貴女もご存知のはず)
「だけど、ギルは応じたじゃない。つまりは、そういうことでしょ」
どういう意味だとグレイが首を傾げるとメラニーは腕を組んで「もう本当に鈍いんだから」と苦笑した。
「彼も貴方と同じように話したいことや聞きたいことがあるって事よ」
(……、分かりました。とりあえずは話をしてみます。場所も場所ですし大丈夫だとは思いますが、万が一の時はお願いします)
「ライ様なら兎も角、ワタシに貴方達の仲裁役が務まると思う? 喧嘩の始末くらい自分達で付けなさい」
(……それもそうですね)
漸く決意が固まったグレイを見送ったメラニーはキャンディでもロゼッタでもなく、誰もいないはずの茂みを見つめていた。
(さて、向こうは向こうで何とかしてもらうとして……こっちは、どうしようかしら?)
実は彼女が見つめる茂みの奥には一人の鬼人が潜んでいた。
「………………ライ殿が、魔王?」
グレイが村に来ていることを知り、探している内に図らずも彼らが話をしている現場に居合わせてしまったレイメイである。




