42話_いざ、模擬決闘へ赴かん
作戦会議とは名ばかりで、実際は堅苦しい雰囲気が一切感じられない、ほのぼのとした親交会のようなものが繰り広げられていた。
勿論、初めは名前の通り真面目に作戦を考えていたのだが、早い段階で飽きたリュウがスカーレットにちょっかいを出した事によって自然と今の形に落ち着いてしまった。
すっかり打ち解けてしまった1人と1匹は、今では腕相撲で盛り上がっている。
俺とグレイは、そんな彼らを呆れたように見つめていた。そんな表情を浮かべながらも、心の内では温かいものが広がっている事は、彼らには内緒だ。
(……この短時間で、随分と仲良くなりましたね)
グレイの言葉に、俺は言葉無く頷いた。
(それにしても、あのスライム、あんなにも忠実に人間の身体に擬態出来るんですね。身体と言っても手のみですが……今まで何度もスライムを見てきましたが、あんなにもリアルな擬態は……)
(グレイ)
やたらと饒舌なグレイを黙らせると、リュウ達へと向けていた視線をグレイに向けた。
(言いたい事があるなら、はっきりと言え。俺相手に、遠回しな誘導は必要ない)
言い放った言葉にグレイは目を丸くした後、何か思い詰めたものを吐き出すように息を吐いた。
(それなら、お言葉な甘えて単刀直入に言います。あのスライム……普通のスライムでは、ないですよね)
ドクリと、心臓が嫌に高鳴った。
語尾に疑問符すら付けずに言い放ったグレイは真実しか求めない探偵のように、真っ直ぐ俺を見据えていた。
(……何が言いたい?)
俺が問うと、グレイは顔を俯かせた。
サラリと前髪が揺れ、滅多に拝めない彼の瞳が前髪の間から少しだけ見えた。
(ミーナが亡くなった日。俺とアランさんが駆けつけた時には、倒れたミーナ、片腕の無い村長、そして……あのスライムがいました)
グレイの言葉に俺の脳裏に浮かんだのは、あの時の光景と言っても、あの時の俺はガウスへと怒りに支配されていた事もあり、細かな記憶は既に朧げになってしまっているが……
(俺達が駆けつけるまで、2人の人間と1匹のスライムしかいませんでした。勿論、駆けつける道中で他の人間どころか森の動物モンスターにさえ会っていません)
グレイの話が進む度に、ドクンドクンと心臓が高鳴る音が脳内に響き渡る。
神経が敏感になり過ぎているのか、手にある無数の血管で血が勢いよく流れていくのが伝わるような変な感覚に襲われる。
(初めて、あの光景を目にした時から気になっていたんです。村長の腕を切り落としたのは、誰なのか。ミーナに出来る筈はありませんし、先ほども言った通り、あの場には俺達以外の人間やモンスターはいません。そうなってくると後、疑うべきは……)
それ以上の言葉を、グレイは言わなかった。
そう、あえて言わなかった。
付き合いが長いのも考えものだ。
相手の考えている事がなんとなくでも分かってしまう。
グレイは、その先の言葉を俺に託したのだ。
今朝から、その違和感に気付きながらも夢にして何も触れなかった俺に。
疑問を抱きながらも、その核心には触れようとしなかった俺に。
スカーレットの事は、俺が1番知っている。知っているからこそ、心の奥で生まれた疑惑の存在に知らないフリをしていたが、それも限界のようだ。
スカーレットと出会ったばかりの頃、アイツが擬態出来る範囲がどこまでなのかを偶然知った。
アイツが擬態出来るのは、捕食したものだけ。
今まで、その片鱗を示す事が無かったため忘れていたが、元々アイツは人喰いスライムの一部だ。
村長の腕を切り落とし、切り落とした腕を捕食した事で、あの擬態を可能にしたというのなら……
俺は前髪をかきあげながら、深く息を吐いた。
(グレイ……その先の言葉は、もう少し待ってもらえないか? 俺も確信の一歩手前までは来ているが、まだ本人……いや、本スライムから直接、話を聞いていない。ちゃんとした答えを得るまでは、俺は何も言わない)
(……スライムに、尋問でもするつもりですか?)
呆れたような笑い声を漏らしたグレイだったが、その通りだと俺が頷くと、ガシガシと頭を掻いた。
(……魔王様がそう言うなら、待ちますよ)
(物分かりが良くて、助かる)
淡々と言い切った俺をグレイは睨みつけたが、それはほんの数秒の出来事で、すぐに穏やかな笑みへと変わった。
本当、前世の俺は良い部下に恵まれていたのだと、改めて思った。
『明日、俺は応援に行けませんが……頑張って下さい』
その言葉を最後に、グレイは部屋を後にした。
◇
翌日、時刻は12時50分。
いつも賑わっているギルドまでの道が、いつも以上に賑わっているように思えた。
飛び交う声もそうだが、何より自分達に向けられる視線が鬱陶しい。
どうやら俺は、模擬決闘というものの存在を甘く見過ぎていたらしい。
グレイから軽く話を聞いていたとは言え、あくまで〝模擬〟だ。
そこまで大袈裟なものでは無いだろうと踏んでいたのだが、これだけ分かり易く数多の視線を受けてしまえば、模擬決闘が及ぼす影響力を嫌でも理解してしまう。
リュウも俺と似たような心情なのか、居心地悪そうに肩幅を狭めていた。
スカーレットに関しては、いつも通りだ。俺の足元で音を立てながら跳ねている。
ギルドの建物が目の前に見えてきた瞬間、ほんの少しだけ、いつもより背筋を伸ばした。
この場に来て、ようやく模擬決闘だけに、ちゃんと意識を向けられた気がする。
入り口で同時に立ち止まったリュウと顔を見合わせた。言葉は無くても、この時だけは互いが伝えたい事が分かったような気がした。
そんな謎の以心伝心で繋がった俺達は同時に頷き、ギルドの中へと入る一歩すら同じタイミングだった。
中へ入った瞬間、俺は思いきり顔をしかめ、隣にいたリュウも不快そうに目を細めた。
「おぉー、ちゃんと来たな。妖精ちゃん達」
生理的に受け付けられない笑みで、わざわざご丁寧に迎えてくれたのは模擬決闘を申し込んだ男達だった。
(それにしても何故、彼らは俺が妖精族だと思っているんだ? そんなこと、一言も言ってないのに)
唐突に生まれた疑問に首を傾げていると、1人の男が興奮したように隣の男の肩を叩いた。
「お、おいおい、見ろよ……、ぶふっ! アイツら、スライムなんて連れてるぞ!!」
肩を震わせた後、とうとう我慢出来なくなった男は大袈裟に笑い出した。
「ぶぁーっはっはっはっ!!! こいつぁ、傑作だ! 妖精に飽き足らずスライムって……っ、こんな最弱チーム相手なんて負ける気が……」
それ以上、男の言葉が続く事は無かった。
周囲の男達も野次馬も、現実離れした何かを見たかのような表情で男を見ていた。
リュウも驚いたように目を見開く中、俺だけは口角を上げていた。
大笑いしていた男の目の前飛び出したのは、スカーレット。
身体の一部を拳に変えて、男の顔面へ容赦のない一撃を喰らわせたのだ。
スカーレットが擬態した拳を顔面で受け止めた男は柔らかな身体とは裏腹に、その凄まじい威力に耐えられず吹っ飛ばされ、一直線上にあったテーブルに衝突した。
(後でアイツにはサラから聞いた、市場で美味いと評判のトマトを、ご馳走してやるか)
そんな事を思いながらスカーレットから男達へ視線を移すと、座らされた人形のように倒れたテーブルに力なくもたれかかる男を声もなく見つめていた。
彼らの身体からは、今日は特別に暑いというわけでもないのに、汗が流れ落ちている。
「さて……」
俺が声を発すると、揃って肩をビクリと上下させた男達に思わずクスリと笑みが零れてしまった。
その笑みにさえ恐怖が芽生えるのか、男達の口からは小さいながらも情けない声が聞こえた。
ニコリと、あくまで愛想の良い笑顔で、男達と向き合う。
恐らく、今の俺は、これまでの中で最も素晴らしい笑顔を浮かべている事だろう。
「早速、始めましょうか──模擬決闘を」
静かに言い放った俺の足元で、スカーレットが男達を威嚇するかのようにシュッシュッと空気を切る音を立てて拳を何度も繰り出していた。
引っ張るだけ引っ張って、ようやく次回から模擬決闘へ本格的に入ります。
戦闘シーン必須となりそうですが……書けるかな?←




