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329話_阻む結界

 瞬間移動(テレポーテーション)は確かに使えた。お蔭で、あっという間に魔王城に辿り着くことが出来たのだから。

 ただ想定外だったのは、その座標に若干の()()があったこと。城の中に移動するつもりだったのに何故か俺達は城の外にいる。


(この程度の不測の事態(アクシデント)、大した問題じゃありませんよ。……しかし、これはまた興味深いですね。多少の差異はあれど記憶だけでここまで座標を捕捉できるとは)


「けっ、こんな時まで研究者気取りかよ」


 真面目に返すとグレイは研究者じゃなくて医者なんだけどな。

 心の中で呟きながら魔力感知で周囲を探る。念のための安全確認だ。

 目の前には城。魔物や敵の気配は無し。魔王の気配は相変わらず城の中か。


「これ、普通に入っちゃって良いのかしらぁ?」


「とりあえずは問題なさそうだ。今のところ罠や敵の気配もない、が……油断するな。俺が先導する。付いて来い」


 石造りの階段を上り、木製の大きな扉の前に立つ。

 昔、飽きるほど何度も見た扉。だけど、今となっては懐かしい。

 扉には空に向かって咆哮している見たこともない生物の鉄の彫刻が施されている。

 実在する生物なのか。それとも、この城の元の持ち主の芸術性によって生み出された空想上の生物(もの)なのか。真相は未だ闇の中だ。

 リング状の取っ手を掴んだ時、後ろから全く足音が聞こえないことに気付いた。階段を上る時も自分の靴音しか聞こえなかった気がする。

 振り返ると全員が階段の手前で立ち止まっていて先に進む様子がない。


「お前達、確かに油断するなとは言ったが階段くらい上って来たらどうだ」


 用心深いのは良いことだが、限度ってものがあるぞ。


(そうしたいのは山々なんですが……行けません)


「は?」


(だから、階段の所まで行けないんですよ。前進している感覚はあるのに階段まで辿り着けないんです。恐らく、この辺りの空間が歪んでいる影響でしょうね)


「俺も同じだ。言われた通り、アンタに付いて行こうとしたけど階段に足が届かねぇ」


 どうにも妙な話だが、その摩訶不思議な現象を体験したのはグレイとギルだけではないらしい。今、門の前にいるのは俺だけ。肩に乗っていたスカーレットも、いつの間にか階段の手前に移動している。

 空間に歪みを生み出す魔法が使われているなら、さっき魔力感知した時に分かっていたはずだ。魔力感知の影響を受けず、対象を絞って発動させられる魔法と聞いて連想するのは……


「……制限発動魔法(リミテッド・マジック)か」


 予め術者が設定した条件が満たされた時に初めて効果が現れる魔法、制限発動魔法(リミテッド・マジック)

 ギル達から聞いた話では確か目覚めたばかりの魔王は力を蓄えるため一時的に寝に就いたとの事だった。

 無防備状態となる自分を守るための侵入者対策として事前に仕掛けておいたのだろう。我が分身ながら何とも用意周到なことで。


「でも私達、少し前に城から出て来たばかりなんだけど」


「初めて此処に来たグレイとかは兎も角、ワタシ達も進めないって変じゃない?」


「あの時も城には普通に入れたしな」


 城に入ったことのある三人が腑に落ちないとばかりに疑問を零す。

 目覚めさせてくれた恩人とも言える彼らを制限発動魔法(リミテッド・マジック)の効果が及ぶ対象に含んでいるのは確かに解せない。

 更に理解できないのは歓迎されているとも受け取れるほどに俺を難なく迎え入れようとしている点だ。もしや警戒する対象ですら無いと侮られているのだろうか。


(…………)


 グレイが何か言いたげな顔で俺を見ているが、いくら待っても念話(テレパシー)が聞こえてくることは無かった。それでも、どこか気不味そうな表情で今考えていることを口にするのを躊躇っていることだけは察した。


「グレイ、何か気付いた事があるなら正直に話しておいた方が良い。こんな状況だ。隠したところで得も無い」


(気付いたというより、何の根拠もない憶測に過ぎないんですが)


「それでも良い。話してくれ」


 俺の言葉と彼らから向けられた視線で漸く話す気になったようだ。

 覚悟を決めたようにグレイは深く息を吐いた。


(……その、もしかしたら魔王様は最初からギル達を〝捨て駒〟するつもりだったんじゃないかと)


「あぁ゛?! テメェ、それ、どういう事だよ?!」


「ギル」


 「話を遮るな」という意を込めて名前を呼ぶとギルは渋々ながらも押し黙った。

 グレイに「話を続けろ」と目線で訴えると躊躇いがちに頷いた。


(今のは、あくまで一つの可能性。そして先ほども言ったように単なる憶測に過ぎません)


「〝一つの〟ってことは、まだ他にもあるのかしらぁ?」


(はい。俺が考えている可能性は二つ。一つは、四天王を捨て駒にした可能性。もう一つは……魔王様の片割れである貴方だけを誘い込もうとしている可能性)


 ロゼッタの意思を乗っ取り、キャンディの魔法の使用権限を奪うような奴だ。ギル達には酷な話だが、そう考えると前者の可能性も充分に有り得る。

 しかし、俺としては後者の可能性の方が高いように思えた。

 何故なら彼もまた俺と同じように本来の力を取り戻せていない状態だからだ。

 急遽とはいえ俺が彼の魔力を吸収することを目的としているように、彼もまた俺の中にある魔力を狙っている筈だ。

 グレイの話が終わったのを機に俺の考えも話すと次第にギル達の顔に蒼味が差していく。

 無理もない。これが事実ならば彼らは端から見捨てられていたことになるのだから。


「ギル、キャンディ、ロゼッタ。もう一人の俺が、お前達をどう思っていたかは知らないし興味もない。でも、これだけは言っておく。俺には、お前達が必要だ」


 俯き気味だった三人の顔が同時に上がる。彼らの瞳は絶望の中に僅かな希望を見出したような輝きを放っていた。


「お前達だけじゃない。グレイもメラニーもロットも、それから此処にはいないリュウやレイメイも俺にとっては誰一人欠けてはならない大事な仲間だ。俺の仲間を軽んじるような奴は誰であっても許さない。それが例え俺自身であったとしても」


 アンドレアスと同様、レイメイにも何も告げていない。幸い、ビィザァーナ達と一緒にいるから彼女達に頼んで俺達のことを悟られないよう足止めしてもらっている。

 彼は、前世の俺達とは無縁の存在。この戦いに関わらせるわけにはいかないと判断したのだ。

 もしグレイが言っていた通り、俺の魔力を狙った上で俺を引き込もうというのなら、それはそれで上等。俺に代わって魔王を名乗り、今日まで好き勝手したことを心から後悔させてやる。


「グレイ、ここからはお前が指揮を取れ」


(は、? それはどういう……っ、まさか一人で行くつもりですか?!)


 相変わらず察しの良い奴だ。お蔭で話が早く進んで助かる。


「行くつもりも何も、そうするしか無いだろ」


(待って下さい! あまりに危険過ぎます!)


「そ、そうですよ! 貴方の力で魔法を解除することは出来ないんですか?!」


「それが出来れば、とっくにやっている。制限発動魔法(リミテッド・マジック)は発動と同様、解除方法にも条件がある。しかも、その条件は術者にしか分からない」


 グレイは今まで忘れていたとばかりに目を見開いた。

 珍しく、かなり焦っているな。いつものグレイなら、こんなこと俺が言う前に気付けている筈なのに。


(っ、では少しだけ時間を下さい! 必ず条件を見つけ出して解除を)


「少しって具体的にどのくらいだ? らしくもないことを言うなよ、グレイ。お前が術者なら、どのような解除条件を設ける?」


(そ、それは例えば偶然でも解かせないように〝術者を倒す〟とか……っ、?!)


 彼は自ら気付いてしまった。様々な検証したところで無意味である条件が存在することを。

 無論、本当にこの魔法の解除条件が術者を倒すことかどうかも分からないわけだが、探すより本人に訊いた方が手っ取り早い。


「お前達は周辺を探れ。もしかしたら魔法の効果が及んでいない抜け道か何かあるかも知れない」


「な、無かったら?」


「…………」


 何と返せば良いか思い付かず、無言の時間を作ってしまった。それが余計に彼らの不安を煽ると分かっていたのに。


「もう貴方達、少しは落ち着きなさい。ここで立ち往生したって何にもならないでしょ? ほらグレイ、貴方は魔王様から直々に指揮官に選ばれたんだから、しゃんとしなさい!」


 メラニーが思い切りグレイの背中を叩く。

 衝撃で呻き声を上げたグレイは恨めしそうに彼女を見ながら背中を(さす)っている。


「魔王様を一人で行かせるのが心配なら、早くお城に入る方法を考えなくちゃ。そうでしょ?」


 この場合、彼女の正論に誰も口を出すことが出来ないというより呆気に取られているという表現が正しいかも知れない。


「そういうことだから魔王様、すぐ追いつくから気にせず行ってらっしゃい」


「あ、あぁ」


 何というかメラニーがやけに頼もしく見える。容姿を含め、この中で誰よりも大人びているらからだろうか?

 何はともあれ、グレイ達の表情が良い意味で変わり始めたのは彼女のお蔭だ。後は、このままグレイが落ち着きを取り戻してくれれば何も問題ない。


「グレイ、そっちは頼んだぞ」


(……分かりました)


 まだ不満そうではあるが、さっきよりは良い顔をしている。吹っ切れたとまでは言わなくとも、この状況と俺の意思を汲み取れるだけの冷静さは取り戻せたようだ。

 メラニーには感謝しないとな。普段は変な言動が多い彼女だが、こうして頼りになる時も……


「それにしても今の遣り取り、何だか新婚さんみたい♡ ねぇ、ライ様もそう思──」


 彼女の言葉を最後まで聞くことなく扉を開けた俺はグレイ達との別れもほどほどに、そそくさと城の中へ入って行ったのだった。

 扉越しに聞こえた「あぁん、いけずぅ♡」という声は、きっとこの辺りに生息する珍しい生物の(いなな)きだろう。そうに決まっている。

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