328話_いざ、魔王城へ
再会の余韻に浸る間もなく、俺達は魔王との直接対決に向けて動き始めていた。
手始めにキャンディの思考操作魔法で魔物やモンスター達を各々の帰るべき場所まで誘導。これで魔物やモンスターの活動も時期に収まり、脅威も去るだろう。
「これでもう大丈夫だよ、魔王様。ちゃんと皆には大人しく住処に帰るように指示しといたからさっ! それからそれから辿り着けば自動的に魔法が解除されるようにもしといたよ」
「よくやった。偉いぞ、キャンディ」
頭を撫でてやれば彼女は嬉しそうに頬を緩ませて笑う。
メラニーとロゼッタからの何やら意味ありげな視線が少し気にはなったが、触れると面倒な事になりそうなので気付いていない振りをした。
うん、スカーレット。お前も今までずっと空気を読んで大人しくしてくれてたもんな。撫でてやるから俺の腹を触手で突いて催促するのは止めような。
ビィザァーナから「あれだけ凶暴だった魔物達が急に大人しくなったかと思ったら引き返しだした」と念話による連絡があったのは、それから間もなくの事だった。
「一体、何をしたの?!」と何度も問い質されたが、俺は「何もしてません」と言う他なかった。
何かをしたのはキャンディであって俺じゃない。だから嘘は言っていない、嘘は。
程なくして今度はビィザァーヌからの連絡。
内容は各地で発生していた魔物達の活発化が収まったというものであったが、そこでも「一体、何をしたの?!」と問い質される羽目になった。さすがは双子と言うべきか。
(感心してる場合じゃないですよ。彼女達の中で〝貴方が何かをした〟ことが確定した事実のような扱いをされている件に関して何か思うことは無いんですか?)
どうせ彼女達が真実を知ることは無い。だったら好きなように思わせておけば良い。
ビィザァーナ達への対応もそこそこに、俺達は城へと向かっていた。かつて魔王だった俺が暮らしていた城に。
(アンドレアス王子と連絡を取らなくて良いのですか? ロゼッタの一件で協力して頂きましたし、こちらの事情を伝えておいた方がよろしいのでは?)
「あの王子のことだ。話せば自分も行くと言い出しかねない」
(あぁ……)
グレイが腑に落ちたように声を漏らす。
アンドレアスが行くと言い出せば、必然的に彼を止めるのはローウェン。その際の彼の苦労を想像しただけで、このまま黙って行くのが得策だと思ったのだ。
「とりあえず、これで危機的状況は脱した筈だ。残るは……」
魔王城がある方角を見つめる。
結局アンドレアスとローウェンには黙っておくことにしたが、ビィザァーナ達には報告した。今から魔王城に乗り込むことを。
「待ってるから必ず帰って来るのよ」と信じて送り出してくれた二人のためにも必ずやり遂げなければ。
……それにしても自分が所有していた城が、まさか決戦の舞台になろうとは。
(もはや悪夢でしかないな)
まだ悪夢の方が良かったかも知れない。同じ苦しみでも夢ならばいつかは覚めるのだから。
(いよいよですね)
「あぁ、不安か?」
(……まぁ、そうですね)
揶揄うつもりの言葉が思ったよりも重く受け止められてしまった。
(不安が全く無いと言うわけではありませんが、それでも負ける気はしません)
「あ? んだよ、それ。矛盾してんじゃねぇか」
俺とグレイの話を聞いていたらしいギルがすかさず突っ込む。俺も密かにギルと似たようなことを思ったのは内緒にしておこう。
(じゃあ言い直します。不安はありますが、それ以上に負ける気がしない。だって昔の仲間や魔王様が付いてるんですから。これ以上に頼りになる味方はいないでしょう?)
ギルと顔を見合わせる。
自分が今どんな顔をしているか分からないが、きっと今の彼と同じ顔をしているであろうことは何となく想像できた。
(……何です? その未確認生物か何かと遭遇してしまったような顔は。俺、何か変なこと言いました?)
「い、いや、変じゃないが意外というか予想外というか……」
「よくそんな小っ恥ずかしいこと言えるな」
良くも悪くも飾り気のないギルの一言でグレイが目を細める。
〝氷のような視線〟という表現があるが、こういう目付きのことを言うのだろうと我ながら的外れな感想を抱いている間に二人は睨み合うように見合っていた。
(聞き捨てなりませんね。今の発言の何処か小っ恥ずかしいんですか? それを言うなら貴方が昔被ってたセンスの欠片も無いお面の方がよっぽど小っ恥ずかしいですよ。あんな趣味の悪いお面を被った見るからに変人の風貌をした貴方と一緒に行動しなければならなかった俺の気持ちを考えたことは……って、そういえば、お面はどうしたんです?)
よく今の流れで訊けたな。
それに今更な質問な気がしないでもないが、ギルが面を着けていたのは自分の部下や魔王軍以外の奴と接触する時だけで俺や他の四天王の前では外していたからな。俺達にとっては今の姿が見慣れているから気付くのに時間がかかったのだろう。
それにしても何故グレイはギルを揶揄するような言動を取りたがる? 昔は、どちらかというと避けてばかりで碌に会話すらしようとしなかったのに。……いや、もしかしたら俺が見逃していただけで本当はそれなりの交流があったのかも知れない。
当人同士の問題だからと彼らの関係性について気にはしながらも追究はしなかった。誰にだって触れられたくないことの一つや二つはある。
故に、俺は彼らの間に何らかの確執があることに気付いていながら何もしなかった。
…………今なら少しは分かるだろうか? あの時は分かろうともしなかった彼らの想いを、関係を。
ギルを盗み見ると、噴火寸前の山の如く気が立っていた。これはいつ爆破魔法を仕掛けてきても可笑しくない。
妥当な反応だと思う。あれだけ煽られれば誰だってあんな顔になる。
「おい、何なら先にテメェから片付けてやっても良いんだぜ?」
(やれるものなら、どうぞ。返り討ちにしてやりますよ)
とうとう物騒な会話まで聞こえ始めた。大事な戦いを前に同士討ちとか本当に勘弁して欲しい。
さすがに止めねばと踏み出しかけた時、ロゼッタが俺の肩に手を置いた。
「大丈夫よ、魔王様。アイツらは、あれが通常運転だから」
「……通常運転?」
ロゼッタの言葉を繰り返しながら問いかけるとキャンディが同意するように頷く。
「そーそー。まぁ、あれでも昔に比べたら控えめだけどね。酷い時はグロいことになっちゃってたし。主にグレイが」
「だが、昔はあそこまで表立って言い争うことは無かったと思うが」
「それは、やっぱり彼が変わったからじゃないかしらぁ」
「彼?」
「グレイのことだと思います」
メラニーとロットまで会話に加わってきた。すぐに話題に乗っかってきたところを見ると結構前から俺達の話を聞いていたのだろう。
「何ていうか積極的になったわよねぇ、彼。昔は、あんなに陰気臭かったのに」
「使える魔法が増えてたってギルが言っていたし、この世界で少しは自信がついたんじゃない? ほら、昔のグレイって治癒魔法しか使えなかったでしょ。だから四天王の中で自分だけ戦闘向きじゃないことに負い目を感じてたみたい。それに……魔王様と最後までいたのもグレイだったから彼なりに色々と思うところがあったんだと思う」
「…………」
魔王だった自分の最期は今でも鮮明に憶えている。
俺はアランと対峙し、敗北した。グレイの目の前で。
彼は、あの時からずっと後悔していたのかも知れない。だから多くの魔法を、知識を会得した。実際、この世界に来てから彼の魔法や知恵には何度も救われた。
「衝突することは多いけどギルもグレイも根本は同じ。誰よりも魔王様の力になりたいだけなの」
「まぁ、それはワタシ達もだけどね〜。ただ、あの二人が無駄に啀み合って張り合ってるだけみたいな?」
「魔王様の一番になりたいって気持ちには共感できるけどぉ……正妻になるのは、このワタシよ♡」
そんな称号を狙ってるのはメラニーくらいだと思う。というか俺もグレイもギルも全員、男なのだが。
「愛に性別なんて関係ないわぁ。少しでも好意や下心があれば例外なくワタシの恋敵よ。勿論、貴方達もね」
メラニーの視線がキャンディ達を捉える。その方向にはロットもいるわけだが……まさか彼まで恋敵候補に追加したりしてないだろうな。
知りたいような知りたくないような情報に疼く好奇心を抑え、場の空気を切り替えるために一度咳払いをするとギル達の言い争いも瞬時に止み、俺を見る。
「これより魔王城へ向かう。覚悟は良いか?」
全員が頷いたのを確認し、俺は瞬間移動を発動させる。
移動先は魔王城。かつての俺の城。
この身になってから足を踏み入れたことは無いが、前世の記憶を頼りにすれば発動には問題なさそうだ。
瞬間移動発動により発生した魔力の粒子が周囲の空間ごと俺達を包む。
これが最後の戦いだ。この戦いが終わればマリア達も助けられる。
……負けられない、絶対に。
(必ず助ける。だから、あともう少しだけ待っていてくれ────アラン)




