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327話_四天王、集結

 キャンディからの抱擁を受け入れること数分。何故かロゼッタとメラニーも加わっていた。

 ちなみにメラニーは今、ロットから回収した服を身に纏って人の姿に戻っている。


「……ちょっと何でアンタまで参加してんのよ」


「あら、別に良いじゃない。ワタシだって魔王軍の一員だったのよぉ?」


「いや、どっちも邪魔なんだけど。今はワタシと魔王様の時間だから。空気読めよ、マジで」


 そして何故か、どことなく剣呑な雰囲気になっていた。

 頼むから俺を囲んだ状態で言い争うのは止めてくれ。いつか俺にまで飛び火するんじゃないかと考えただけで心臓に悪い。


「くそっ、すぐ狙える距離に獲物がいるのにライさんが近くにいたら撃てないじゃないか!」


(ロット、当たり前のように彼女達に銃を向けないで下さい。一応、仲間ですよ)


「成る程な。テメェ、無限なる銃弾(ミリアード・バレット)のロットだったのか。通りで、なんか見覚えあると思った」


 悲しいことに俺を助けようとしてくれているのはロットだけだった。ただ、その手段には些か問題がある気もするが。


(貴方が本気で嫌がっているようなら引き剥がそうとも考えましたが、そうでも無さそうだったので。それに彼女達の気遣いを無下にしてしまうのも野暮かと思いまして)


 気遣い……? 俺を取り囲んで言い争っているだけにしか見えないが。


(とはいえ、状況が状況ですからね。感動の再会に浸りたいのは分かりますが、そろそろ魔王様を放してもらえませんか)


 キャンディ、メラニー、ロゼッタが一斉にグレイを見る。表情からして皆、明らかに不満そうだ。


「はぁ? 何、偉そうに命令してんの、グレイ。つか、昔から思ってたんだけどアンタ自分が魔王様の一番だとか勘違いしてんじゃない? 妙に二人で一緒にいる時間も多かったし」


(それは立場上、他の方より報告する事が多かったからってだけですよ)


「えぇ? 本当に、それだけかしらぁ?」


(無駄に意味深な言い回しは止めて下さい。ギルは兎も角、俺には後ろめたいことなんて一つもありませんよ)


「おい、俺は兎も角って何だ?! 俺だって()ぇよ、そんなもん!」


「魔王様、こいつら全員ぶっ放して良いですか?」


 良いわけないだろ。あと頼むから純真無垢な子どもの姿で物騒な台詞を吐かないでくれ。脳内の情報処理機能が誤作動しそうだ。

 それでも今の彼らの遣り取りや雰囲気を心地良く思えるのは図らずも目の前の光景を昔の情景と重ねて見てしまっているからなのだろう。

 グレイのお蔭でキャンディ達からは解放されたのは良かったが、その代償として仲間の仲裁役を担わなければならなくなろうとは誰が予想できただろうか。


「お前達、いい加減にしろ。お互い積もる話はあるだろうが、今は敵を倒すのが最優先だ。過去の思い出も確執も今は置いておけ。俺と共に来ることを選んだ以上、お前達がするべき事は一つだ。俺の役に立て」


 言葉の代わりに返ってきたのは沈黙。表情を見るに呆れられているわけではなさそうだ。

 ……しかしながら今のは仲裁と言えるのだろうか? 

 いや、言えるわけがない。今のは仲裁ではなく、ただ傲慢に振る舞っただけだ。

 言い終わった後で自問自答したところで公言した事実は変わらないのは周知の事実だが、それでも言わせて欲しい。今すぐ時間を巻き戻したい。


「……はぁ」


 誰かの溜め息が聞こえて身体が強張る。

 やっぱり呆れられた。久し振りに皆と再会して、また一つになれると思っていたのに。

 俺は、()()自分で壊すのか。


(……また? 〝また〟って何だ?)


 今の言い方じゃ、まるで過去にも似たようなことがあったみたいじゃないか。


「ぐ、ぅ?!」


 突然起こった頭痛で思考を遮られる。

 立っているのも億劫なほどの倦怠感で地面に座り込みそうになったところを誰かが支えてくれた。


「おい、大丈夫か?!」


「ど、どうしたんですか?!」


 俺を支えてくれたのがギルだというのは分かったが、今の俺には礼を言う余裕も無い。

 少しでも脳が刺激を感じただけで痛みが駆け巡ってくる。


「おい、グレイ! 早く何とかしろ! お前なら治せんだろ!」


(……っ、無理です。俺の治癒魔法(ヒール)が全く効いていないところを見ると魔力の過剰消耗による一時的なものとは違うようです。頭痛を引き起こしてる原因が分からない以上、治療のしようがありません)


「あぁ?! だったら、その原因とやらをさっさと探しやがれ!」


(言われなくても、やってます! ギルの分際で俺に命令しないで下さい。不愉快です)


「テメッ……!」


「アンタ達、止めなさい! こんな時まで喧嘩して……魔王様が、どうなっても良いの?!」


 グレイ達が何やら騒いでいる間に少し痛みが引いたか。


(原因は結局分からず終いだが、一時的なものだったのは不幸中の幸いだったな)


 しかし、こうも騒がれては治るものも治らない。


「……お前達、もう少し声量を抑えてくれ。頭に響く」


「っ、魔王様!」


 いや、だから声を……って言っても今は無理か。


「だ、大丈夫ですか?」


「まぁ、何とかな。支えてくれて助かった。ありがとう、ギル」


「あ、あぁ。それより本当に大丈夫かよ?」


「大丈夫だ」


 ギルはまだ納得していない顔をしていたが、俺の「大丈夫」という言葉を信じてくれたようで支えていた手を離してくれた。


(ですが、まだ顔色が優れないようです。気休めかも知れませんが、ここは俺の治癒魔法(ヒール)で)


「必要ない。というか、きっと意味が無い」


(意味が無い? 先ほどの症状の原因に何か心当たりでも?)


「心当たりって言えるほどのものじゃないが、キャンディの中にあった魔力を吸収してから少し身体に違和感があるんだ」


「それじゃあ、さっきのは……ワタシのせい?」


「い、いや、違う。キャンディのせいじゃない」


 自分に非があるのではと自己嫌悪に陥るキャンディに俺は慌てて否定の言葉をかける。


「違和感と言っても大したものじゃないんだ。それに、それが原因とも限らないしな」


 これ以上の議論は無意味だと俺が話題を変えようとする前に何か考え込むように黙っていたグレイが「待って下さい」と念話(テレパシー)で割り込んできた。


(先ほどの頭痛は、もう一人の魔王様もとい分身体の魔力が本来あるべき貴方の身体に戻った反動ではないでしょうか?)


「どういう意味だ?」


(今、貴方の魔力は二分割されている。つまり同一の魔力がそれぞれ別々の容器に分けて入れられている状態ということです。そして貴方は先ほどキャンディの中にある分身体の魔力の一部を吸収した)


「それで何で体調が悪くなんだよ? 元が同じ魔力なら吸収したって何の問題も無いだろ。そもそも魔力吸収(テイクオーバー)で他の奴の魔力を吸収した時だって何も起こらねぇんだからよ」


 ギルの言う通り、魔力吸収(テイクオーバー)は対象者から魔力を奪う魔法。

 今までだって一度も頭痛などの症状は起こったことが無い。今回が初めてだった。


「それは波長の違う魔力を取り込むと同時に波長の調整が行われるからでしょ? 自分の魔力と同じ波長に調整されるから体内に違う波長の魔力が入っても何の反動も起こらない。そうよね、グレイ?」


(はい。ただ今回は元々同じ波長なだけに波長の調整は行われていない。ですが、皆さん不思議だとは思いませんか? 本来一つの身体に収まっているべき同じ波長の魔力が宿主の意思とは関係なく二分割されているわけですから)


「えーっと、つまり、どゆこと?? なんか意味分かんなくなってきたんだけど」


(つまり俺が言いたいのは、二人の魔王様は本来なら別個体としてではなく一個体として共に有るべき存在だという事です。これまで俺は魔王様が二人存在していると考えていましたが、それは間違いだったんです。ギル達が目覚めさせた魔王様と今一緒にいる魔王様は〝二人で一人〟なんです)


 グレイの推測はあまりに非現実的で、それでいて納得できてしまう要素も多過ぎて。

 何より、城から感じた魔力の波長が自分と同一であったのは他でもない俺が証明している。


「そ、それが本当だとして何でそんなことになってるの?! 私は皆みたいに魔力が無いから詳しいことは分からないけど有り得ないことが起こってるんだって事は今の話で分かったわ」


(何故このような現象が起こっているのか、それは分かりません。ですが魔王様、原因は分からなくても貴方には思い当たる節があるはずです。例えば記憶とか)


「記憶……」


 その言葉で、ある過去の記憶を思い出す。あれはギルに「俺は魔王には向いていない」と言われた時のことだ。

 その時にグレイは言った。「俺が魔王になったのは〝彼女〟の存在があったからだろう」と。

 それに俺は、こう答えた。「〝彼女〟とは誰のことだ」と。


(あの時から疑問だったんです。何故、俺が憶えていることを貴方は憶えていなかったのか。しかし、この推測が事実であれば貴方の記憶が曖昧なのも納得できます。貴方がライ・サナタスという個人として()()()な存在という事ですからね)


 未完成……そう言えば王都の城でグリシャにも似たようなことを言われたな。

 時間を止め、満足に身動きできなかった俺に彼が言い残した言葉。


 ──()()()()()()()()()貴方様お会い出来る日を心待ちにしている者もいるということもお忘れなく。


 あの時の彼も、まるで俺がまだ全ての力を取り戻していないかのような口振りだった。

 彼も俺が完全でないことを見抜いていたのだろうか? グレイ達のように魔王軍でもなかった彼が、どうやって?

 ……いや、魔王軍だった可能性が無いとは限らないか。何故なら彼は俺のことを〝我が愛しの魔王陛下〟と呼んでいた。敵が味方かは兎も角、俺が魔王であったことを知っていたのは確実だ。しかし、あれだけ存在感のある奴が魔王軍いれば憶えていそうなものだが……

 それにしても今までのは俺の記憶が抜けているという過去の情報をも利用した上での推測だったのか。この短時間で、ここまで複雑な推測を立てるとは。

 

「待てよ! じゃあ俺達が目覚めさせたのも結局は本物だったって事か?!」


(理論的には、そうなりますね。ただ正確には魔王様の〝一部〟ですが)


「そ、それじゃあ僕達が今から倒さなきゃいけないのは……」


 ロットの言葉にキャンディ、ギル、ロゼッタが思い詰めたような顔をして俺を見る。

 無理もないだろう。今から討とうとしている敵が俺そのものだと分かってしまったのだから。


「なんて顔してるのよ、貴方達。むしろ喜ばしい事じゃない」


「は、はぁ?! メラニー、アンタ何言って……」


「だって相手は魔王様が本来持っているべき残りの魔力を持った謂わば半身なんでしょ? だったら態々倒さなくても魔力さえ()()してしまえば一件落着って事じゃない」


「か、回収?」


 メラニーの話が理解できなかったのかキャンディ達は困惑した様子で互いの反応を確認し合うように顔を見合わせている。


「あら、今のはそういう話じゃなかったのかしらぁ?」


(はい、その認識で問題ありません。どうやら今の話を正確に理解して頂けたのは貴女だけのようですね。……まさか貴方も理解できなかったなんてことは言いませんよね、魔王様)


 失礼な奴だな。誰でもない自分のことだ。今ので理解できないほど鈍くはない。

 そう言うと「そのようで安心しました」と何処か上から目線な物言いで返された。

 要するには俺達の今後の目的が〝魔王の討伐〟から〝魔力の回収〟に変わるわけだ。

 戦闘になるかどうかは相手の出方次第だが……まぁ、これまでの事を考えれば快く魔力を渡してくれるような性格ではなさそうだし、まず戦闘は高確率で免れないだろうな。


「これまでの事を踏まえて話を戻すと、さっき魔王様が倒れかけるくらい具合が悪くなったのは……」


(自身の魔力を回収したことで今まで抜けていた情報が追加された事による反動でしょうね。さっきので記憶か、或いはそれ以外の何かを取り戻したのかも知れません)


 もう一人の俺から全ての魔力を吸収したら、俺は全てを思い出せるのだろうか?

 魔王になった時のことも。切っ掛けも。何もかも。


「何かって、何よ?」


(それは本人にしか分かりませんよ。どうですか、魔王様? 何かを思い出した感覚はありますか?)


「……いや、今のところは特に何も」


(では先ほど取り戻したのは単純に魔力か、或いは能力の一部といった可視化できないものだったのかも知れませんね)


 自分のことながら気が遠くなるような話だ。考えることが苦手なロゼッタとキャンディなんか話に付いていけなくて目を回しかけている。


(何にせよ、俺達は貴方に付いて行くだけです。それに……こんなことを言ったら不謹慎だと思われるでしょうが、俺はもう一人の魔王様にもほんの少しだけ感謝しているんです。今回のことが無ければ、こうして俺達が集まることはなかったでしょうから)


 グレイ、ギル、ロゼッタ、キャンディ。確かに今ここには、かつての四天王が揃っている。それに彼らに加えてメラニーとロットまで。

 前世の記憶を持って生まれ、記憶を持った者達が同じ場所に集っている今の状況は、もはや奇跡と言って良いだろう。


(あぁ、そういえば俺達はまだ貴方に返事をしていませんでしたね)


 ふと思い出したように言うグレイに俺は「何のことだ?」と首を傾げる。

 グレイは俺の質問には答えず、ただ微笑むだけ。

 そうして周囲にいる奴等の表情を確認するように見渡したかと思うと何かを促すように頷いて、その場に跪いた。しかもキャンディ、ギル、ロゼッタの三人も同時にだ。


「四天王が一人、剛で制する者(ブロブディンナグ)のロゼッタ」


「同じく、心を惑わす者(ミランダジェーン)のキャンディ」


破壊する者(アルスボマー)のギル」


死に抗う者(デストレートル)のグレイ。我ら四天王、再び魔王様の元へ参上仕りました)


 かつて彼らが四天王であった時の異名を名乗ったということは当時と変わらぬ忠誠を示すということ。今のは〝俺の役に立て〟という俺の言葉に対する彼らなりの返事。

 先ほど聞こえたのは失望の溜め息ではなく呆れの溜め息だったのだ。そんなこと言われなくても自分達は既に俺に全身全霊の忠誠を捧げるつもりだと。当時と変わらぬ忠誠のまま貴方の役に立ってみせる。

 先ほどの名乗りには、そういう意図が込められていたというわけだ。


「四天王だけじゃなくてワタシのことも可愛がってくれなきゃ嫌よ、魔王様♡」


 腕組みをしてグレイ達の様子を見守っていたメラニーが自分がいることも忘れるなと見事なウインクを添えて主張してきた。

 勿論、お前のことも忘れてないぞ、メラニー。というか、忘れたくても忘れられない。


「僕も最後まで御供します! 〝無限なる銃弾(ミリアード・バレット)〟の名と共に」


 ロットもまた狙撃銃(ライフル)を両手で持ち上げ、銃の次に与えた異名も掲げ、改めて忠誠を示してくれている。

 長い年月を経て、魔王軍は()()()()として生まれ変わりつつある。そう思わずにはいられなかった。

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