41話_記憶に居座り続ける変人(と書いて、王子と読む)
執筆している途中で、なんか違う、納得いかないと、これまで書いた文章を消してしまう事……ありませんでしたか?
自分の中では理想的なシチュエーションが思い描けても、それが文章に出来ないもどかしさ……そんな悪戦苦闘に強いられながら執筆しました。(今回のみに限らず、毎度の事であるのは内緒)
このもどかしさを一度でも感じた同志様は、どれだけいらっしゃるのでしょうか……?
今回は、いつもより長いです。
アランに殺されるまで数多の者達から命を狙われ、戦闘を余儀なくされた俺だが、その数多の者達の中でも未だに忘れたくても忘れられない男がいる。
「頼もぉぉぉぉぉお!!!!」
暑苦しい雄叫びと共に、開かれた大きな扉から彼は現れた。誰も従えず、たった1人で。しかも、身体には傷一つ見られなかった。
城の入り口から、この魔王の間まで来るには数々の罠を潜り抜け、配置された部下達を倒さなければならない。
つまり俺の目の前に立っている、この男は罠を掻い潜り、部下達を倒して、ここまで来たのだ。しかも、傷一つ負わずに。
(あぁ……そういえば今日は、主戦力の奴らは城にいなかったな)
よりにもよって、警備が手薄の時に、厄介な奴を迎え入れることになるとは。
今まで、ここまで来た者は何人かいたが、その時は既に彼らはボロボロで、俺が本気を出さなくとも簡単に倒れてくれた。
部下に連絡する余裕すら与えないどころか、我が身に戦いの痕跡すら残さず、ここまで体力を温存した状態で、ここにやって来たのは彼が初めてだった。
前代未聞な事ばかりで、俺は今までに感じた事の無い危機感を抱いていた。
(どうして、彼がここに……)
実は先ほどからずっと横にいたグレイの戸惑う声が脳内に響いた。
横目で彼を見ると、信じられないものを見ているかのように目を見開き、男を凝視していた。
(……知り合いか?)
(知り合いも何も……俺達以上に名高い方ですよ、彼)
グレイの言葉に首を傾げていると、男はマントを翻し、剣を天に掲げるように高く突き上げながら言い放った。
「我、天命を受けて、この地に参上したっ!!」
「……は?」
突然、何を言い出したのかとグレイと互いに顔を見合わせていたが、男の一人芝居は終わらない。
「我は、フリードマン王家三世国王の第一子である!! 巨悪の根源を成敗しに参った!!」
(フリードマン? 王家? 国王? 第一子?)
短文にツラツラと並べられた聞き慣れない単語を、無駄に繰り返す。
表では澄ました顔を保ちながらも内なる俺は目を回していた。
そんな俺の名を呼んだグレイが、回り道し過ぎて辿り着けなかった一つの答えへと導いてくれた。
(落ち着いて下さい、魔王様。そう言う俺も、未だに信じられませんが……彼、正真正銘の王子ですよ)
お……
(王子だと?! 嘘をつくなら、もっとマシな嘘をつけ! 王子が、魔王城にいるわけ無いだろ!)
(お気持ちは分かりますが、事実ですよ。俺だって、まさか本物の王子が来るなんて思いもしなかったんですから。部下からは何の連絡もありませんでしたし……)
そんなやり取りを交わしていると、訝しげな表情で俺達を見つめている男の存在に気付き、コホンと如何にもわざとらしい咳払いをした。
「王族の者よ、何故ここまで来た? 貴様が足を運ばずとも、今日まで数多の勇者達が俺を倒しに来た。貴様ら王族は、勇者が俺を倒すまで王座に座って待っているのが道理というものではないのか?」
この世界の王族共は、勇者に使命を背負わせるだけ背負わせて、失敗すれば〝おお、勇者ともあろう者が情けない〟などと勇者を宣い、都合がいい時だけ賞賛の言葉と僅かの褒美を与え、結局は自分の手柄にしてしまう卑しい奴らだと聞いていた。
だからこそ、王子である彼が、ここにいる理由が分からない。
俺の問いにキョトンと目を丸くすると、男は高く突き上げた剣を下ろし、窓から見える雲一つない青空のような瞳を向けて口を開いた。
「愚問だな。勇者に全てを押し付けて、全てが終わった後には〝よくやった〟の一言と有限の報酬で済ますような薄情な事、出来るわけが無かろう。世界の平和を脅かさすような脅威を前に、勇者も王族も関係ない。今こそ、全ての者が力を合わせて立ち上がるべきなのだ!!」
男が放った言葉は、その場しのぎのものとは思えなかった。
しかし、素直に言葉を受け入れられないのは、俺の知っている王族とはあまりにもかけ離れた言動を見せるからだ。
魔王城に来ただけでも異常だと言うのに、王子自らが魔王を殺しに来た?
王族自体、変わった奴が多いが、この男は尚更だ。
(だが、そこらの連中よりは、多少は好感が持てるな)
(好感度が上がっているところ申し訳ありませんが、彼は貴方を殺す気満々のようですよ)
胸の内から広がっていく心地良く、穏やかな波紋に思わず目を閉じていると、そんな幻想をぶち壊す程の破壊力がある冷淡な声が俺の脳内に響いた。
目を開けた先には、魂を吸い込むかの如き研ぎ澄まされた剣頭と、今にも獲物を狩らんとする獰猛な獣のような鋭い眼光を向けた王子がいた。
いや、その姿は王子ではなく、狩人そのものだ。
どうやら彼は、温い王室で菓子のように甘い教育を施された肥えた豚のような王族とは違うらしい。
彼がここに来たのは、偶然ではなく必然。
そう思わざるを得ない程に、俺は目の前の男を敵として認識していた。
「グレイ、下がっていろ」
椅子から立ち上がると、持っていた杖を高く投げ上げた。
クルクルと回転しながら杖は次第に形を変え、俺の手に戻ってきた時には一種の芸術品のような輝きと繊細さを放ちながらも、目の前の敵の血や肉を欲する肉食獣の牙のように鋭利な刃を持った剣へと姿を変えていた。
互いに身構えた瞬間、それが始まりの合図かのように瞬時に互いの敵へと距離を詰めた。
剣が強く噛み合い、一瞬だけ均衡を保つと、とっさに足を引いた。
(コイツ……細い身体をしている割には、一撃一撃が重い……っ!)
受け方を少しでも誤れば、剣を叩き落とされてしまう。
一瞬の隙すら見せられない程に、彼の剣技は洗練されていて、そこからは美しさすら感じられた。
「魔王は魔法に長けた者だと聞いていたが、まさか剣技も極めていたとは! これはこれは敵ながら天晴れ! 其方が王族の者であったならば、我らは、よりよい関係を築けていた事だろう!」
「仮に王族だったとしても、お前みたいな暑苦しい奴と仲良くするのは御免だ!」
保たれていた均衡を力ずくで崩し、剣を大きく振り払うと後退した王子が、感嘆の声を上げた。
剣を交えて、嫌でも分かる。
これは王族として最低限の礼儀としての腕でも、況してや趣味程度のものでも無い。
重い金属音がぶつかり合っては離れ、ぶつかり合っては離れを繰り返し、無駄に体力と時間が消耗されていく中、俺は、ある違和感に覚えた。
息が乱れ、呼吸が浅くなっている自分に対し、目の前の彼は呼吸の乱れすら感じない。
対峙している、この瞬間でも彼は、会って間もない時に感じた暑苦しさに衰えは無い。
(長期戦型の体力バカと言ったところか……)
額に浮かぶ汗を拭い、剣を構えた。
相手も剣を構え、こちらの出方を伺っている。
相手が来ないのならと、俺は我先に駆け出して高く飛び上がり、剣を大きく振り上げた。
誰がどう見ても、このまま剣を振り下ろす構図にしか見えない。
相手も、衝撃に備えるように剣を縦に構え、防御する姿勢を取った。
あまりにも自分の理想通り過ぎる展開に、思わず口角が上がる。
意識を剣に集中させ、気が高まった、その瞬間。
「火之蛇!!」
炎を纏った剣を大きく振り下ろした。
炎は剣から離れて蛇へと姿が変わり、鋭い牙をちらつかせながら大きな口を開けて、男へと襲いかかる。
当然、剣の防御だけで防げるわけも無く、男は蛇に飲み込まれた後、炎に包まれた。
卑怯なのは重々承知。これが王族同士の決闘であれば、俺も最後まで剣のみで挑んだだろう。
だが、これはそんな生易しいもんじゃない。
命のやり取りだ。生きるか死ぬかを決める戦いに卑怯もクソもあるか。
王族としては少しばかり好感を持てる奴だったが、俺に挑んだばかりに将来有望な、その若い命を散らせてしまった。
心ばかりではあるが、この魔王に立ち向かった勇気に賞賛の言葉を送ってやろう。
「くっ……う……?」
未だに燃え盛る炎の中で悶え苦しんでいた男が突然、不思議そうに首を傾げだした。
その仕草はまるで、炎の熱ささえ感じていないかのようだった。
「む? 熱くない……?」
ようだった……どころか、本当に熱さを感じていないらしい。
(まさか炎耐性を持っているのか?!)
予想外な事態に面食らっていると全方向から強大な魔力を感じ取った。
膨大な魔力の波動が肌にピリピリと刺激として伝わってくる。
魔力の出所を追うように辺りを見渡した瞬間、俺は自分でも聞いた事がない声を上げてしまった。
自分の背丈の何十倍も大きな窓ガラスに張り付くように、それらは俺達の戦いを見守っていた。小さいものが数多く集まり、蠢く姿を見るほど気味の悪いものは無い。
(この男と剣を交える事に意識を集中させていたとはいえ……こんな異様な光景に何故、俺も城にいる奴らも、今まで気付かなかったんだ?!)
異常な光景に、俺は思わず魔法を解除した。
男が不審げに俺を見つめたが、すぐに窓の外にいる数多の存在に気付いた男は嬉々とした表情で窓へと駆け寄った。
「おぉ、君達は先ほどのピクシー達ではないか! 我を応援しに来てくれたのか?!」
何が起こっているのか分からなくなった俺は、思わずグレイを見た。
グレイも何が何やらといった状態で首を横に振っている。
「君達がいれば百人力だ! 君達の加護を受けた我に不可能の一文字は無い!!」
「どういう計算をしたら、そうなる?!」
男の言葉に思わず突っ込んでいると、男の身体に無数の光が集まってきた。
その光は、窓に張り付く小さな妖精達から放たれており、一つ一つは微小ながらも男を取り囲む光は城内を照らす灯りよりも眩しい。
これは非常にマズいと、身体が危険信号を発している。
俺は瞬時にグレイを抱え、上にある窓から城外へと飛び出した。
「喰らえ!! これが我とピクシー達の渾身の一撃だぁあ!!!」
光を纏った男が剣を振りかざすと、光は段々と膨れ上がり……
────ドォォォオン!!!!
上空を飛んでいる自分達にも、その衝撃が肌身で感じられる程の威力の爆発が起こった。
その破壊力は、跡形も無く消え去った元魔王の間が示してくれた。
大惨事を目の前に、自分の判断は間違っていなかったと再認識した。
あれは適当な防御魔法で防げる程度のものでは無い。下手をすると、あの光に飲み込まれ、爆発に巻き込まれていたかも知れない。
頬を引きつらせながら、俺はグレイに尋ねた。
「……ピクシー如きの補助魔法で、あんなにも変わるものなのか?」
(今回はピクシーの数が異常なので正直、何とも……ただ彼の桁違いな体力や炎耐性は間違いなくピクシー達の魔法によるものです。彼自身から魔力は一切感じられなかったので……)
グレイの言葉に、更に顔を歪めた。
「ならば今の一撃は、あの男ではなくピクシー達が引き起こしたものという事か?」
(恐らく、そうでしょう。あれは魔力の無い彼には出来ない芸当ですから)
それにしても、中から見た景色も異様だったが、上空から見ると尚更だ。
跡形も無くなった部屋を取り囲むように飛んでいるピクシーの群れが大きな怪物のように見える。
あれだけのピクシーが、窓に張り付いていたのかと思うと、ある意味、恐怖すら覚える。
(1、2、3……10、20、30……100、200、300……1000……っだぁ!! もう数えるのも面倒だ!)
軽く息を吐くと空いている方の手を前へ出し、ピクトルの形を作った。
その瞬間、周囲の風を取り込み竜巻のように渦巻く小さなの球が、横一直線に並びながら俺の前に現れた。
(よろしいのですか? 下手をすると、城を吹き飛ばしかねませんよ)
「そんなヘマはしない」
数個の内の一つを銃口となる人差し指で触れ、狙いを定めた。
「敵対象を諸共、噴き飛ばせ。風銃弾!」
腕を横にスライドさせながら連なった銃弾を連続で撃つと、一直線で狙った方向へと向かい、やがて大きな竜巻となってピクシー達を飲み込んでいく。
そのまま竜巻は意志を持ったかのように高速で移動し、とうとう見えなくなった。
(お見事です)
グレイの称賛の言葉には返さず、無残な姿となった魔王の間を見つめた。
あれだけいた大量のピクシーは1匹も見当たらない。それに、あの男の姿も。
恐らく竜巻に巻き込まれて、何処かへ飛ばされたのだろう。
一気に静かになった場所を後にし、真下にある庭へと足をつけた。
「魔王様、大変ですっ!!」
庭に着くや否や、雑草を踏み荒らしながら1人の部下が駆け寄って来た。
「上空から突然降って来た侵入者です! 既に数名が応戦していますが、全く歯が立ちません! どうか、魔王様の力を、お貸しくださいませ!!」
部下の言葉にまさかとグレイと互いに顔を見合わせると、返事を出す間もなく同時に駆け出した。
「っしゃ、おるぅぁぁぁぁあ゛!!!」
勇ましい叫び声と共に大きく振りかざされた拳。
調査から帰ってきた幹部の1人、ロゼッタが応戦していた。
彼女の拳を受け取める男の周囲の大地は、衝撃に耐えられず抉れていた。
「おぉ! 女子とは思えぬ怪力だな! 昔、どこかの軍隊に所属していたか?」
「うるっさいわね! 私の拳を受け止めるだけでなく質問してくるとか、アンタ、何様なわけ?!」
魔王軍の中でも随一の怪力である彼女の一撃を、男は素手で受け止め、それだけに飽き足らず、彼女の力に対する感想や質問を投げかけていた。
てっきり竜巻で吹き飛ばされたかと思えば、こんな所に……いや、それよりもだ。
ピクシー達の援助魔法を受けていないはずの彼が、何故?
(いえ、魔王様。まだ彼にはピクシーの補助魔法がかかっています)
グレイが指さす方を見ると確かに……よく目を凝らすと男の肩には小さなピクシーが乗っている。
しかし見えるのは、その一体だけで、それ以外にピクシーらしき存在は確認できなかった。
(ピクシー1匹で、これだけの強化……展開魔法との相性が良いのか、それともピクシー自体が優秀なのか。実に興味深いですね)
グレイの他人事のような発言を聞き流し、俺は男へと拳を振り下ろし続ける部下に声をかけた。
「ロゼッタ! そのまま、ソイツの動きを抑えていろ!!」
「ま、魔王様! ……っ、はい!!」
俺を見て何故か嬉々とした表情を浮かべた彼女は、我が身にかかる全ての重力を男に捧げんとばかりに更に拳へと力を加えた。
「ぐ、ぐぉぉお?! こ、このままでは……!」
さすがに耐えきれないのか、男の足が地面に埋もれだした時。
俺はすぐさま男の横へと立ち、軽く肩に触れた。
「強制送還」
その一言を放った瞬間、男とピクシーは姿を消した。
勿論、保たれていた均衡が失われるわけで、振り下ろされていた拳は容赦なく地面を叩きつけた。
拳の真下にいた俺は当然巻き込まれ、臓器諸共潰され……るわけが無い。
そんなグロい映像を提供するわけにはいかない。
男の隣に一瞬で駆け寄ったのは俺ではなく、俺の分身だ。
拳の衝撃を受けた分身は、初めから居なかったかのように既に消え去っていた。
横から、グレイの視線を感じる。逃すような真似をしてよかったのかと、視線が俺に尋ねている。
「……下手な長期戦になるよりはマシだろ」
既に疲れきっていた俺が疲労を隠さずにそう告げると、グレイは言葉もなく、俺の肩に手を置いた。
(出来れば……もう二度と会いませんように)
ひとまず騒動が終わって数分後、願いにも近いボヤきを零しながら俺は破壊された部屋の修復をするのだった。
◇
以来、王族(特に、王子)やピクシーに関わるとロクな事が無いと覚えてしまった俺の身体は、それらに異常なまでに反応するようになってしまった。
完全にリュウを置いてきぼりにして頭を抱える俺を見兼ねたグレイがボードに何かを書き込んで、彼に見せた。
『すみませんね。あれでも色々と背負いこんでいるものがありまして……』
「はぁ……」
分かるような分からないような文字の羅列に、リュウの頭上からハテナが消えない。
こんな説明で理解出来る方がおかしいので当然と言えば当然なのだが、こちらとしても詳しく説明するつもりは無い。
兎に角、この話は、これで終いだ。
ここまで散々引っ張ってきたが、俺は今回、リュウがピクシーである事が分かって動揺すると同時に密かに喜んでいた。
過去のいざこざは、あくまで彼らが敵だった時の話だ。
味方である今は、これ以上に強力な助っ人はいない。
壁にもたれていた身体をピシッと正し、リュウへと歩み寄り、拳を軽く突き出した。
「明日の模擬決闘、勝つぞ」
〝ピクシー〟という一言で、先ほどまで、あれだけ動揺していたとは思えないほどに、我ながら凛々しい表情だった。
普通なら、戸惑いの表情を見せるかグレイのように冷めたような視線を向けるかだと思うが、この男は違った。
キョトンとした表情で突き出された拳を見つめ、意図が伝わると表情を明るくさせて俺の拳にコツンと自分の拳をぶつけた。
「おう!」
彼が、単純な人間……いや、ピクシーで良かったと改めて思った。




