323話_返り咲いた不滅の花
こうして俺達はリュウを救出するために動き始めた。
グレイが最初に出した指示は核の破壊。正確には、核の一部の破壊だ。
魔力の波長が違う部分のみを破壊し、残りの正常な部分は結界等で保護。
欠損した箇所の修復に関しては外部から魔力を流せば核が自動的に魔力情報を書き換え、修復のためのエネルギー源に変換させるため問題ないと言う。
(いいですか、ライさん。破壊するのは波長が違う魔力を纏った部分だけですからね。間違っても核そのものを破壊しないで下さいよ)
「分かってる」
過剰に念を押されて不満顔を晒したが、単に俺を信用できないから念を押しているわけでないことは一応理解している。
今回の作戦の序盤にして最大の難関。決して失敗は許されない。
俺は先ほど出現させた魔槍を小指ほどの大きさまで縮小させると魔力感知を宿した瞳で狙いを定める。
標準を固定し、親指と人差し指に挟んだ魔槍を投げ放つ。魔槍の穂先は難なく核を捉えた。
「魔力解放」
直後に魔槍は砕け、魔力を放出。霧状となった魔力は砕かれた箇所から核の内側に入り込み、精霊ならざる者に侵食された範囲を取り囲む。
「枯渇」
この世界で使う機会は無いだろうと思っていた枯渇を発動させる。
精霊ならざる者によって汚染された魔力を完全に消滅させるには、この魔法しかないと思ったのだ。
予め発動範囲を固定させていたため保護すべき本体には何の影響も無い。
魔力感知で核に存在していた二つの魔力の波長が一つになっていることを確認し、保護した核を転移魔法で本体から取り除いた。今、核は俺の手中にある。
奪い取ったのではなく、あくまでも結界で保護された状態での転移であるため肉体から核を失ってもリュウが消滅することは無い。
「これで良いか?」
グレイに回収した核を見せると「流石ですね」と素直な称賛が返ってきた。
(これで一先ず堕人化の進行は防げました。核に魔力を流し込めば欠けた部分は自動的に修復されるはずです。なので後は俺が、)
「いや、俺の魔力を分け与える。リュウの命が懸かっているんだ。魔力の消費がどうとか言うのは無しだぞ」
(……では、俺の魔力も使って下さい)
「それくらい譲歩してもらえますよね」とあからさまに取り繕った笑みを向けられ、不承不承ながらも条件を受け入れるしかなかった。
グレイから受け取った魔力と自分の魔力を混ぜ合わせて核に流し込む。
一気に全ての魔力を流してしまうと魔力情報の書き換えが間に合わずに逆流してしまう恐れがあると事前にグレイから説明を受けていた。故に、少しずつ魔力を注いで様子を見る。
「異常は?」
(今のところ、ありません。貴方が流した魔力の情報も上手く書き換えられているようです)
「その調子で続けて下さい」と言われ、魔力の注入を再開する。
魔力の供給にあたって俺達は役割を分担することにした。
俺が核に魔力を与え、グレイが魔力感知で異常が無いかを常に確認。ギルとレイメイは俺達が作業に専念するための護衛役だ。
魔力を与え続けること数分。核に変化が起こる。俺が魔槍で破壊した部分の修復が始まったのだ。
半端に壊されたせいで歪な形をしていた核が徐々にではあるが、本来の姿を取り戻そうとしている。
首だけグレイの方へと振り返れば、こちらを安心させるような微笑みで頷いた。どうやら峠は越えたらしい。
(もう核は大丈夫です。リュウさんに返してあげて下さい)
「え、これで終わりか?」
(はい。正常な状態となった核が肉体に戻れば浄化されて本来の姿に戻るはずです)
俺は半信半疑になりながらもグレイの言う通り転移魔法で核をリュウの身体の中に戻した。その瞬間、本体がビクリと震えたかと思うと強風に煽られた花の如く散り始めた。
崩れていく精霊ならざる者の肉体。最後に残ったのは羽の生えた小型の人間。初めて見た姿だったが、リュウだとすぐに分かった。
瞬間移動で移動し、リュウが地面に落下する前に受け止める。
少しでも力を入れれば折れてしまいそうなほどに薄く、透明な羽。手の中に収まってしまう小さな身体。それらの特徴を除けば以前の彼の容姿と殆ど変わらない。
「…………リュウ」
声をかけるが、目を覚ます様子は無い。それどころか、まるで死んでいるかのようにピクリとも動かない。
(これで、もう大丈夫。ライさんの手際の良い処置のお蔭で一命を取り留めました)
「お疲れ様でした」と労いの言葉を受けて、俺は漸く肩の力を抜くことが出来た。
リュウは生きている。グレイの言葉が、前と変わらないリュウの魔力が、そのことを証明してくれている。
(暫くは眠ったままでしょうが、体力が回復すれば自然と目覚めると思います。問題は、目覚めるまでの間リュウさんを何処に匿うかですが)
「医療部隊に預けるのは?」
(いつもの人間の姿なら兎も角、今はピクシーの姿。人目を避けるに越したことは無いと思いますが)
「……それも、そうだな」
警戒しているのはモンスターや魔物であって精霊や妖精まで敵視する者はいないとは思うが……何が争いの火種となるか分からない以上、人目の多い場所に連れて行くのは確かに得策ではない。
「ではライ殿、王都はどうだ?」
予想もしていなかった提案に俺達は同時にレイメイを見る。
確かに王都ならカグヤの結界もあるし、リュウの正体を知る存在もいる。
ただ意外だったのは、匿う場所として真っ先に王都を提案したのがレイメイだったことだ。
「リュウ殿は王都で暮らしているんだろう? ならば彼を知る者も少なくないのでは」
(確かに知り合いはいるでしょうが、リュウさんが妖精族であることを知っている方となれば限られてくるかと。例えば、アルステッド理事長とか)
「アルステッド理事長か……」
今までのこともあって彼に借りを作るようなことは出来ればしたくなかったが、この際、背に腹は代えられないか。
「弱肉強食の森に行けば、まだビィザァーナ先生達がいるはずだ。彼女達から理事長に連絡を取ってもらって王都の医療機関にリュウを預けてもらえないか頼んでみる」
王都の医療機関ならば派遣された医療部隊より治療体制が万全であるため治療面でも安心して任せられる。
(では、早くビィザァーナ先生達と合流しましょう)
「あぁ、そうだな。それに彼処にはメリッサもいる。先生や王子達がいるから大丈夫だとは思うが、まだ仲間として受け入れられてはいないからな」
操られていたとはいえ彼女がやった事を考えれば致し方ないのだろうが。
……っと、戻る前にギルに礼を言っておかなければ。彼が核の異変に気付いてくれたからこそリュウを助けることが出来たのだから。
俺は、ギルがいる方へと振り返る。
「ギル、お前のお蔭でリュウを失わずに済んだ。ありがとう」
「別に礼を言われることなんてしてねぇよ。核のことに気付いたのだって偶々だ」
「例え偶然でもリュウを救う切っ掛けになったことに変わりはない」
「切っ掛けはそうでも最終的に救ったのはアンタとグレイだ。……俺はグレイと違って頭良くねぇし、魔法も詳しくねぇからよ」
脈略もなく自分とグレイを比較するギルに首を傾げたが、グレイには彼が言わんとすることが分かったのか呆れ半分同情半分といった顔で俺達の遣り取りを見ていた。
……よく分からないが、俺はギルに心から感謝している。勿論、グレイにも。
分かってほしい。自覚してほしい。お前達は今も昔も俺にとって心強い大事な存在であることを。
「賢くなくても魔法に詳しくなくても、お前は大事な仲間だ。ギル、お前がいてくれて本当に良かった」
この世界で再会できて良かった。また仲間として一緒にいられて良かった。
レイメイがいるため口には出さなかったが、そんな想いで俺はギルに改めて感謝の言葉を告げる。
今度は何の言葉も返ってこなかった上に、呆れられてしまったのか目も合わせてくれなくなった。
少し寂しいが、これで良い。この想いに偽りなど無いのだから。
言いたいことは言った。もう、この場に留まる必要は無い。
(良かったですね、ギル)
「……うるせぇよ」
瞬間移動を発動させる直前、後方でギルとグレイの会話が聞こえたが、何となく会話に加わるのは無粋な気がして聞こえぬ振りをした。




