322話_散り落ちる最後の一片、咄嗟に手を伸ばした
深呼吸をするように緩やかに大きく息を吐く。
空気を取り込んだことで落ち着きを取り戻した今ならグレイの言い分にも少しは冷静に向き合える……と思う。
グレイは合理的な奴だが、冷酷ではない。状況を見極め、最善な策や選択を提示してくれる。そんな彼だからこそ魔王軍の交渉役が務まったのだ。
俺達が置かれている状況、そして今後のことを考えればグレイの言うことは理に適っている。
精霊ならざる者となったリュウを連れ回すことも、元に戻す方法が見つかるまで誰にも見つからない場所に匿うことも今は難しい。かと言って、このまま放置すれば新たな被害を生み出しかねない。
今のところ意思疎通が出来る程度の理性は残っているようだが、いつかは誰彼と見境なく襲いかかる化け物になる。
戻す方法どころか進行を遅らせる方法も分からない。そもそも、そのような方法が存在するのかすらも。
グレイの言う通り、有るかも分からない希望に縋って現世に縛り付けるよりも絶望や苦しみから解放させる方がリュウにとっては楽なのかも知れない。
けれど、それは率直に言えばリュウを殺すという事だ。
妖精や精霊の身体には核と呼ばれる器官がある。人の身体で言うところの心臓だ。
核の働きで体内中に魔力を循環させることによって彼らは生命活動を維持している。
実物は何度か目にしたことがある。儚い煌めきを孕んだ美しい宝石のようだった。故に、欲深い収集家や一攫千金を狙う盗賊に狙われることも珍しくない。
核を壊せば即死。出来るだけ苦しませることなく一瞬で楽にさせたいならば、この方法しか無い。
「……やるのか?」
俺が何をしようとしているのか、もうギルには勘付かれてしまったようだ。レイメイと同様、彼も俺とグレイの遣り取りは聞いていなかった筈なのに。
一度だけ頷けば、ギルは何かを悔やむような顔をして再び口を開いた。
「アンタが、やるのか?」
「あぁ」
もう一度頷けば、ギルの視線が僅かに上を向いた。何かを考える時に見られる彼の癖だ。
「俺は、そのリュウって奴と面識が無い。だから俺が、」
それ以上は言うなと手で制した。
彼は、自分が代わりにリュウに止めを刺すと提案するつもりだったらしい。
勿論、その提案を受け入れるつもりは無い。彼に仲間殺しの罪を背負わせたくなかった。
「ライ殿、リュウ殿は……」
「…………」
何も言わない俺にレイメイは「そうか」とだけ返す。
声は酷く淡々としていたが、強く握り締められた拳は震えていた。
「グレイ、ギル、レイメイさん。少しの間で良い、一人にしてくれ」
彼らには見せたくなかった。俺がリュウを殺す瞬間を。リュウが死ぬ瞬間を。
(嫌です)
「嫌だ」
「拙者も、その命令ばかりは聞き入れられないな」
強い意志を持った拒絶。何となく予想はしていたから驚きは無い。
(貴方の考えている事なんて御見通しなんですよ。何年、一緒にいると思ってるんですか)
そうだな、グレイ。前世の分も含めれば俺達は気も遠くなる程の時間を共有しているんだよな。
「さっきも言っただろ。アンタの傍にいるって」
グレイ曰く、俺は他人の感情に鈍いらしい。だから、この世界でお前と再会して、やっと分かった。
ギル、お前を俺を嫌っていたわけでは無かったんだな。
「たとえ行先が修羅であろうと地獄であろうと拙者は最後までライ殿と共にある。……無論、共に戦った盟友の最期の時も」
一寸の揺るぎもない忠誠心。ならば俺も、その忠誠に応えよう。
彼らには、この場に留まってもらう事にした。だが、あくまで手を下すのは俺だ。この役目だけは誰にも譲らない。
当初の予定通り、核を破壊する事にした。しかし、その為には核の場所を正確に把握する必要がある。
魔力を循環するための器官だから魔力感知さえ使えれば探すのに手間は掛からない。
魔力感知を発動させ、核を探す。あらかた予想はしていたが、核は本体の中心部にあるようだ。
軽く人差し指を振ると空中に槍が出現する。自分の魔力を媒体にして作った魔槍だ。
俺は右手を上げ、槍先の標準を定める。
「……あ? ちょっと待て。あの核、何か変じゃねぇか?」
無視できない言葉が耳に入り、思わず槍を放つために振り下ろそうとしていた右腕を止めた。
(何が〝変〟なんですか?)
「俺が魔力感知で見た時には特に異変は感じなかったが」
「上手く言えねぇけど、何か違和感があるんだよ」
(違和感、ですか)
ギルも魔力感知を通して核を見ていたのだろう。ただ俺には見えなかった何かが彼には見えたのかも知れない。
(……なるほど。魔王様、魔力感知の感度を上げて、もう一度、あの核を見て下さい)
「感度を?」
ギルの指摘を受けて魔力感知を行ったグレイは早くも答えを見つけ出したようだ。
(はい。魔力の波長を判別できる程度で構いません)
「……分かった」
魔力の波長を判別できるようにしたからといって何が変わると言うのか。
疑問に思いながらも俺はグレイの指示通りに前回よりも感度を上げて魔力感知を発動させた。
通常、核から発せられる魔力は一つ。つまり波長も一つしか確認できない。
だが、リュウの核から確認できた波長は二つ。核の中に本来が持っている魔力とは別の魔力が存在しているという事だ。
「また新たな問題か、ライ殿?」
魔力感知が出来ないレイメイだけが、この異状に気付いていない。
「すみません、レイメイさん。まだ俺も状況を理解できていなくて……これはどういう事だ、グレイ」
(あくまで推測ですが、まだリュウさんは完全には堕ちていないのかも知れません)
「あぁ? 意味分かんねぇよ。もっと分かりやすく言いやがれ」
(つまりですね、彼は精霊ならざる者として完全体ではない可能性があると言ってるんです)
たまに不安定な時はあるが、意思疎通は可能。
ヒメカさんの御守りを、しっかりと認識できている。
今まで会った精霊ならざる者には見られなかった傾向だ。
完全体ではない。もし、それが本当ならリュウを助けることが出来るかも知れない。
ここから先は俺にとって未知の世界だ。必ず成功するという保証は無い。それでも、ほんの僅かでも可能性があるのなら今はその可能性に賭けたい。
「グレイ、お前の知恵を貸してくれ。リュウを助けるには、どうすれば良い?」
ギルとレイメイが同時に息を呑んだのが分かった。一方、グレイは予想通りとでも言いたげな微笑を浮かべている。
(ある程度の道筋はつけていますが……結果が、どう転ぶかは実際にやってみなければ分かりませんよ)
「それでも良い。頼む」
諦めたくない。リュウを、友を、仲間を。
魔王だった自分が何度も手放してきたものを、この世界では手放したくない。
俺の意思を伝えると、グレイは胸元に手を置いて目を閉じた。
(我が魔王様の望むままに)




