320.5話_閑話:花占い〈エフイエ・ウア〉
〝フローレス〟とは花を司る精霊族に与えられる姓である。
リュウが属するフローレス一族には変わった占卜がある。それは『花占い』と呼ばれるもので特殊な種子で開花させた花の色や種類、花弁の枚数で未来や相性、恋愛等を判断または予言する。
経緯は未だ不明だが、この占卜の名は人間の世にも広く伝わっている。ただ何故か占術方法は本来のものとは異なったもので伝わっていた。
予め占いたい事柄を決めておき、その事柄に関する二つ以上の選択肢を唱えながら花弁を一枚ずつ千切り、最後の一枚を千切った時に唱えた選択が、その占卜により導き出された〝答え〟となる。
生まれたばかりの精霊達は、この花占いの儀式を受けるという決まりがあった。無論、リュウもこの儀式を受けていた。
これは、その矢先の出来事である。
「……花が枯れた?」
神妙な面持ちで呟くように声を発したのは精霊王と呼ばれる男であった。
「は、はい。昨日までは何の問題も見受けられなかったのですが、今朝になって急に……っ、」
「経緯は不要だ。結論だけ話せ。何が枯れた?」
精霊は言うのを躊躇うように唇を歪ませたが、精霊王からの無言の圧力に耐えられるはずもなく恐る恐る口を開いた。
「それが、その……花占、です」
精霊王は目を見張った。
花占とは、フローレス族が花占いを行う時のみに育てる特別な花。その花が枯れたという話は彼が生きてきた数百年という時間の中で一度も聞いた事が無かったからだ。
「この事をネルは知っているのか?」
「は、はい! ネル様は今、花占が枯れた原因を調査を……」
「はいはいはぁーい! 呼ばれて参上、ネルだよっ☆」
この場に最も不似合いな明るい少女の声は、これまでの重々しい空気を容赦なくぶち壊した。
自らをネルと名乗った彼女の大きな濃紺の瞳は夜空を彩る星々のような輝きを放っている。
精霊王は、もう慣れたと言わんばかりの無気力顔で彼女を見つめた。
「呼んだ覚えはないが……まぁ、良い。花占の調査は終わったのか?」
「モッチィのロンよ。あぁ、貴女、ネルの代わりに精霊王に報告してくれたのね。ありがとう。もう大丈夫だから貴女は持ち場に戻って」
「え、それって……」
「えぇ、とりあえず最悪の事態には免れたわ」
ネルの言葉に精霊は安堵の涙を流しながら何度も頭を下げた。
「あぁ、良かった! 本当に良かった! ありがとうございます! ありがとうございます、ネル様!」
「いいのよ、御礼なんて。あ、その花占なんだけど元気になるまでネルが管理するわ。もう別室に移してあるから他の皆にも伝えてくれる?」
「は、はい!」
それから間もなく精霊が退出するとネルの顔から笑顔が消える。
珍しい彼女の表情に、ただごとではないと感じた精霊王眉を顰めた。
「……ネルの魔法でも、持ってあと数日ってところよ」
ネルが何の話をしているのか。彼には、すぐ分かった。
彼女曰く、枯れたという報告があった花占は完全には復活できなかったと言う。先ほどの言葉は精霊を安心させるための嘘だったのだ。
少し調べればすぐにでも分かりそうな嘘を吐かなければならないほどに今起こっていることは精霊界の中でも前代未聞な事態であった。
「ごめんなさい。もっとネルに力があれば……」
「誰よりも花達に愛されているお前でさえどうすることも出来なかったのなら誰がやっても結果は同じだった」
遠回しに〝自分を責めるな〟と言った精霊王にネルはぎこちなく笑う。彼女は彼の親切心を理解していながらも、それ以上に自身の非力さを悔やんでいた。
「花占いはフローレス族の未来を指し示す道標。どんな形であっても成功させなければならない」
「えぇ、分かってるわ。幻覚花の用意も出来てる。例の花も私の研究室に移したわ」
失敗は決してあってはならない。花占が枯れるということは即ち、その者の破滅を意味する。
破滅を暗示させる未来など要らない。存在すら許してはならない。
「……訊かないのね」
「何を?」
「誰の花占が枯れたのか」
精霊王の顔が一瞬だけ強張ったのをネルは見逃さなかった。
「リュウよ。枯れてたのは、あの子の花占なの。これだけは絶対に伝えておかなきゃと思って。だって、あの子は貴方の──」
「ネル」
窘めるように名前を呼ばれ、ネルは言葉を呑む。物憂げな目付きからは想像も出来ない〝怒り〟を彼から感じたからだ。
精霊王の怒りを買えば、いくら同族であっても徒では済まない。
「言葉が過ぎるぞ」
「あら、つい……ごめんなさいね」
ネルは反射的に謝罪の言葉を零しながら「用事を思い出した」とあからさまな嘘を吐いて逃げるように部屋を後にした。そんな彼女を精霊王は視線で追ったが、引き留めはしなかった。
こうして一人となった精霊王は大きな窓の方に向かって歩き始める。窓の向こうには結晶化された魔力が雪のように降り注ぐ幻想的な世界が広がっているが、彼の顔に相変わらず笑みはなく、物思いに耽るように遠くを見つめていた。
今回も花占いの儀は無事に成功を収めた。
花占が枯れたという事実を知るのは精霊王とネルだけ。
ネルの機転のお蔭でリュウの花占は他の花占に負けず立派に咲いた……ように周囲に認識させることが出来た。
精霊王は、ネルに花占が枯れたことはリュウにも伏せておくよう命じた。
真実を知られなければ良い。目の前の現実を事実として受け入れさせてしまえば良い。
そうすれば偽りの運命も、いずれは本物になる。
数年後、リュウは精霊界を去った。




