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320話_毟り取られた花弁〈キボウ〉

 開かれた触手の先が順次に閉じられ、何かを蓄えるように膨らみ始める。


「っ、浄化領域(レイニングル・ゾーン)!」


 急いで俺とグレイを囲う結界を張った直後、触手は毒を吐き出した。

 毒素を含んだ物質が泥跳ねのように結界を汚していく。


「ライ殿! グレイ殿!」


「待ってろ! 今、助けに……っ」


「来るな!!」


 レイメイとギルの声が聞こえ、待ったをかける。言魂(ロゴス)を込めていなかったため今の言葉に強制力は無かったのだが、足音が止んだのを確認し、安堵する。


「俺達なら大丈夫だ。ギル、レイメイさんと一緒に今すぐこの場から離れるんだ」


「な、何、言ってんだ。アンタは、どうすんだよ?!」


「理由は分からないが、俺達は此奴を怒らせてしまった。これを放っておいたら後々面倒なことになる」


「だから、ここで倒すって言うのか?! そんなの無茶だ! ソイツ、唯我虚妄(グゥブ・デスタリア)だろ?! 昔、アンタ言ってたじゃねぇか。ソイツを見かけたら逃げろって。それって、それだけ手に負えねぇってことだろ」


 確かに過去に会った奴には、ほとんど魔法が通用しなかった。物理攻撃なんてしようものなら毒の餌食だ。

 だから俺は当時、ギル達に警告した。唯我虚妄(グゥブ・デスタリア)に出会したら迷わず逃げろ、と。


「アンタに、そこまで言わせるんだ。アンタのことを信用してねぇわけじゃねぇけど、勝算があるとも思えねぇ。もし俺達を逃すための時間稼ぎになるつもりなら……」


「ギル、これは()()だ。命令に従えない従者は俺には必要ない」


「っ、」


「お前はレイメイさんと共に安全な場所へ。ここは俺とグレイに任せてくれ」 


 精霊ならざる者(ロス・オルビト)の毒から自分を守る手段の無い者を残しておくわけにはいかない。

 相手が相手だ。情けない話ではあるが、彼らを守りながら戦える自信が無い。

 

「…………ここでもアンタはグレイを頼るんだな」


 ギルが何を言いたいのか。何に不満を抱いているのか。

 察しは付いていたが、気の利いた言葉は出てこなかった。俺が何を言ったところで火に油を注ぐだけだと分かっているから。


「……行くぞ、レイメイ」


「あ、あぁ」


 困惑しながらも何となく逆らえない空気に萎縮してしまったのだろう。レイメイは何も言うことなく、俺達に背を向けたギルの後を追った。

 彼らが特別に弱いわけじゃない。足手纏いだと思っているわけでもない。

 ギルが得意とする爆破魔法(エクスプロジオン)の破壊力とレイメイの俊敏性があれば攻撃手段の選択の幅は広がる。通常の魔物なら彼らの力を申し分なく発揮できる。

 だが、相手が唯我虚妄(グゥブ・デスタリア)もとい精霊ならざる者(ロス・オルビト)となれば話は別だ。

 元が精霊(スピリト)族であるだけに魔法に対する耐性能力が高い。何より厄介なのは、あの特殊な〝毒〟。通常の毒も充分に厄介だが、あれは格別だ。

 通常の毒は即効性が高いという特徴から、即死する場合が多い。

 対して、精霊ならざる者(ロス・オルビト)が発する毒は死体には同様の即効性があるが、存命している生物には即効性が無く、段階的に異常の進行が起こるという非常に変わった性質を持っている。

 初期段階では皮膚の変色が起こり、放置し続けると変色した部位が死に至る。つまりは壊死だ。

 そうやって少しずつ再起不能にしていくことで肉体的にも精神的にも追い込み、最後は命をも喰らい尽くすのだ。

 しかし、この毒が何より厄介とされている最大の理由は、この毒を中和できる魔法や薬が現段階で開発されていない事だ。

 一度でも、その身に毒を浴びれば肉体の崩壊は免れない。

 俺やグレイの魔法を以ってしても進行を遅らせるのが限界だ。……昔、奴の毒を浴びた者を助けられなかった前例がある。この世界でも、結果は変わらないだろう。

 昔、仲間に唯我虚妄(グゥブ・デスタリア)に出会したら戦うな、逃げろと言い聞かせていたのは単に敵わないからではない。攻撃を受けてしまった時点で、死が確定してしまうからだ。

 生ける屍(アンデッド)であるグレイは〝死〟という概念から最も遠い存在であるため必然的に毒の効果が半減または無効化される。言い換えれば彼と同じ体質でも無い限り、この毒を攻略するのは不可能という事になる。

 だが、勝機が全く無いというわけでは無い。受けた毒を中和する方法が無いというわけで防げないわけではないのだ。

 先ほど発動した浄化領域(レイニングル・ゾーン)は魔法攻撃よりも毒や呪い等といった状態異常に関する能力に対して強い阻害効果を発揮する。

 この性質を利用し、自分達にではなく相手に結界を張る。そうする事で相手は行動も攻撃範囲も結界内に絞られる。

 この方法なら倒すことは出来なくても、拘束することくらいは出来る。

 それを実現させる為には、まず今もなお毒を放出させている触手を何とかしなければ。


(そういうことなら、ここからは俺の仕事ですね)


 服に付いた土を払いながらグレイが立ち上がる。

 話が早いのは助かるが、思考を無断で覗かれるのは良い気分ではない。


(まぁ、そう言わずに。それに、どうしても知られたくないのなら魔法を使えば良いじゃないですか)


 あー、はいはい。油断して阻害魔法をかけていなかった俺が悪う御座いました。

 グレイのせいで緩んでしまった気持ちを引き締め、彼に覚悟を問う。


「でも、本当に良いのか? いくら生ける屍(アンデッド)でも毒が全く効かないわけじゃないだろ」


(確かに多少の痛みや痺れはあるでしょうが、どれも一時的なものなので問題ありません。なので、俺の心配より自分の心配をして下さい。この作戦の結果次第で彼らに責められるのは俺なんですからね)


 何故、発案者の俺じゃなくグレイが責められるんだ?


(ギルの本心には気付けたのに、どうして今のは分からないんですか。鋭いのか鈍いのか、はっきりして下さい)


 呆れ顔をされた上に理不尽な言い掛かりまでつけられた。何故だ、解せぬ。


(……まぁ、良いです。兎に角、あの触手達は俺が何とかしますから結界の方はお任せします)


「あぁ」


 グレイは毒で覆われていない所から結界の外に出た。

 自分の骨の一部を媒体にして魔法で剣を作ると早速、一本目の触手を切断する。

 切断された箇所から新たな芽を出して再生しようとする触手に、グレイはすかさず再生抑止魔法をかける。これなら触手を確実に根絶やしに出来る。

 数が多いだけで、個体的には強いわけではないらしい。と、なると、やはり厄介なのは()()か。


(これで、最後です!)

 

 グレイが最後の触手を斬り捨てたのを見届けた俺は結界を解き、精霊ならざる者(ロス・オルビト)を閉じ込めるための浄化領域(レイニングル・ゾーン)を発動させる。


 触手を斬られても本体が何の動きも見せなかったお蔭で、難なく結界内に封じ込める事が出来た。


「よしっ!」


(上手くいきましたね)


 一仕事を先に終えていたグレイは作り出した剣の切っ先を自分の腹に食い込ませていた。

 骨は未だに剣の姿をしているため自害しようとしているように見えなくもないが、これは単に骨を元の場所に戻すだけの行為に過ぎない……と頭では分かっているつもりなのだが、どうも見慣れない。


「とりあえず第一段階は上手くいったな」


(えぇ、ただ問題は……この後ですね)


 結界の効果は永遠ではない。俺の魔力が底を尽きれば消滅してしまう。

 

(このまま結界を圧縮させるのも手かと思いますが)


「その前に、一つ確認しておきたい事がある」


 手を開き、中にある物をグレイに見せる。

 これがヒメカがリュウに託した御守りだとしたら、この場所に彼がいたことになる。


(その物質の〝記憶〟を見るんですね。それが誰の物で、何故このような場所にあったのかを調べるために)


「あぁ、これ以上に確実な方法は無い。物は人と違って嘘を吐かないからな」


(それは、そうですが……辛い現実を突き付けられるかも知れませんよ)


「覚悟はしてるさ。お前から忠告された時。そして……あの()を聞いた時から、な」


 ────カ…………ェ、セ……。


 聞き違いでなければ、あの声は〝返せ〟と言っていた。

 ギルには精霊ならざる者(ロス・オルビト)が怒っている理由は分からないと言ったが、実は一つだけ心当たりがある。

 その心当たりが正しいかどうか、今から確認しなければならない。俺が、この目で。


(……では、俺はギル達を呼んできます)


「わざわざ呼びに行くのか? 念話(テレパシー)で呼びかけた方が早いだろ」


(その念話(テレパシー)で呼びかけても応答が無いから行くんですよ。ま、応答しない理由は何となく分かってますけどね。あ、居場所は分かってるんで、すぐ連れて戻ります。俺が戻るまで勝手に始めないで下さいよ)


「……あぁ、分かってる」


 今更ながら俺の判断はギルの信頼を裏切ることと同義だったのかも知れない。

 昔から彼には嫌われていた。それでも気を遣って普通に接してくれていたのに、今回のことで更に嫌われてしまったな。


(言っておきますが、ギルは拗ねてるだけですよ。俺なら兎も角、あの程度のことで貴方を嫌ったりしません。というか、〝彼が貴方を嫌っている〟という前提そのものが、そもそも間違いなんですけどね)


 俺が何か言う前にグレイは目の前から姿を消した。きっと今のはグレイなりの優しさという奴なのだろう。

 グレイを待つ間、俺は結界内にいる精霊ならざる者(ロス・オルビト)を観察することにした。

 触手という攻撃機能を失ったせいか暴れる様子もなく、ただジッとその場に佇んでいる。

 触手の主成分が毒であることは分かったが、俺が一番気になっているのは本体であろう〝ひし形〟の物体(オブジェ)の方だ。

 空中浮遊能力があること以外、未だ何の情報も得られていない。

 調べようにも、こうも情報が少なすぎると何からどう調べていこうか判断に困る。

 こういった得体の知れない存在(もの)の調査はグレイの管轄だ。終始、澄ました顔をしていたが心の中は探究心で溢れ返っているに違いない。


 ここだけの話、グレイほどでは無いが俺にも探究心というものは有るわけで。率直に言ってしまえば、ほんの出来心だ。

 俺は、手にある物を精霊ならざる者(ロス・オルビト)に見せつけるように突き出す。


「なぁ、これは……お前の物なのか?」


 精霊ならざる者(ロス・オルビト)からの応答は無い。

 まぁ、正直なところ最初から期待はしていなかった。そもそも奴等と意思疎通が図れるとは……


「カ……ェ、セ………カエ…………カエ、シテ」


「っ!」


 俺の声に反応したのか、それとも目の前に突き出した物に反応したのかは定かではないが、一本の触手が近付いてきた。

 触手はグレイが発動させた再生を抑止する魔法の効果で、もう毒を吐くことは無い。仮に毒を吐いたとしても結界で防がれてしまうのだが。


「カエ、セ……ソレ……ハ…………オレ、ノ」


 〝返せ。それは、オレの〟

 一人称がオレということは、この精霊ならざる者(ロス・オルビト)の性別は男……と断定するような短絡的な思考は持ち合わせていない。

 もう少し、もう少しだけで良いから情報が欲しい。


「……そうか。なら、これはお前に返そう。代わりに一つだけ教えてくれ。お前の名前は? 名前は、あるのか?」


 望みは薄いが、意思疎通を試みる。この際、質問に対する答えは重要ではない。

 精霊ならざる者(ロス・オルビト)と意思疎通が図れるかどうか。

 触手が発する言葉は人が使う言語と変わらないということは俺の言葉が理解できないという事は無いはずだ。


「ナ、マエ……オレ、ノ……ナマェ、ハ……────」


 その時、俺は聞いてしまった。

 希望という花弁が無惨に(むし)り取られていく、絶望の音を。

 その時、俺は知ってしまった。

 毟り取られて地に落ちた花弁を踏み散らす、俗世の無慈悲さを。

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