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318話_枯れかけの花

 グレイとの念話(テレパシー)を切った直後、ビィザァーヌ達にロゼッタを託した俺はグレイ達のいるノルン湖付近の森へと向かった。

 前もって伝えられていた場所に辿り着くと、グレイ、ギル、レイメイの三人が俺を待っていた。

 彼らの元に駆け寄りながら魔力感知で周囲の様子を探る。

 一見すると普通の森だが、どこか空気が物々しい。


「…………」


(…………)


「…………」


「…………」


 これで全員が揃ったわけだが、誰も口を開こうとはしない。……いや、開けないの間違いか。

 何を、どう切り出せば良いのか分からないと言ったところだろう。確認するまでもない。俺も彼らと心境は同じなのだから。

 かと言って、このまま突っ立っているわけにもいかず、俺は意を決して口を開いた。


「レイメイさん、怪我は完治したみたいですね。すみません、すぐに駆けつけられなくて」


「い、いや……グレイ殿から聞いている。ライ殿が彼らを手配してくれたんだろう。もし、あのままだったら拙者は間違いなく死んでいた。むしろ礼を言いたいくらいだ。感謝する、ライ殿」


 覚悟を決めたくせに直前になって怖くなり、レイメイを利用してしまった。

 ここぞとばかりに〝根性なしの自分〟が邪魔をする。何度、(うと)んでも図々しく居座り続ける憎たらしい奴だ。


「…………」


(…………)


「…………」


「…………」


 ぎこちない会話が終了し、早くも振り出しに戻る。

 これ以上、現実から逃げようとしても無駄だということだろう。

 それに抗えば抗うほど余計に空気が重くなっている気がする。心なしか息苦しくもなってきた。

 俺は今度こそ気持ちを固め、本題を切り出した。


「グレイ、さっきの話なんだが……本当に間違いないのか?」


(……はい、先ほども話した通りです。リュウさんが精霊ならざる者(ロス・オルビト)に堕ちてしまった可能性があります。貴方も感じるでしょう。以前、レイメイさんの村に行った時に感じた気配と同じ気配(もの)を。まだ姿は確認していませんが、今この森に留まっているという条件から考えられるのは彼しか……)


「っ、だからってリュウとは限らないだろ! この森に住む精霊(スピリト)の可能性だってある」


(勿論、その可能性を真っ先に考えました。ですが、それが事実だとしたら前に貴方から聞いていた話と矛盾する点が出てくるんですよ)


「何が、どう矛盾してるって言うんだ?」


(ライさん、前に話してくれましたよね。山に現れた精霊ならざる者(ロス・オルビト)はリュウさんが鎮めたと)


 あの山で起こった出来事は確かにグレイに話した。詳細を知りたいと言うので記憶の共有もした。

 だから、グレイは知っている。あの日、リュウが俺に何を言ったのか。俺が何を聞いたのかも、全て。


同族殺し(グリムフリート)。何らかの理由で故郷から追い出された精霊(スピリト)族に与えられる蔑称(べっしょう)だと聞いたことがあります。それから、その名を与えられた者には特別な使命が与えられるとも)


 ……話が見えない。グレイは俺に何を伝えようとしている?

 今の話と、さっきの〝矛盾〟という言葉が、どう繋がっていると言うんだ?


(どういう経緯で、その名を彼が背負うことになったのかは想像も出来ませんが、精霊ならざる者(ロス・オルビト)を鎮めることが特別な使命であることは確実でしょう。……それなら何故、彼は一向に姿を見せないんです?)


「っ!」


(リュウさんは真っ直ぐで誠実な方です。真っ直ぐ過ぎて偶に面食らうこともありますが……そんな方が与えられた使命を放って、しかも俺達に何も告げずに身を隠すとは思えません。この事を貴方に知らせる前から俺は何度も念話(テレパシー)で彼に呼びかけました。ですが、彼からの応答は一度も無かった)


 そんな……それじゃあ、彼奴は……本当に……


(姿も無い、気配も感じない。代わりに、あの山で感じたものと同じ精霊ならざる者(ロス・オルビト)の気配を感じる。この状況で〝勘違い〟なんて的外れなこと言わないで下さいよ。俺が一度でも感知したことのある気配を、しかも最近感じたばかりの気配を間違えるとでも? それに、こういう感覚的なものは貴方の方が……)


「もう止めろ、グレイ」


 グレイから隠すように俺の前に立ち、言葉を遮ったのはギルだった。


(何ですか、ギル。元から怖い顔が更に凶悪になってますよ)


「今のテメェほどじゃねぇよ。……なぁ、さっきから何がしてぇんだ? この人を追い詰めたって何の得も()ぇだろうが」


(損得の問題じゃないんですよ。俺は、ただ……)


「あ? 何だよ?」


 ギルの背中でグレイの表情が見えない。

 彼が今、どんな顔をしているのか。何を考えているのか。分からない、何も。

 久しい沈黙を埋めるかのように風が囁く。その風に紛れて聞こえた〝声〟は静かで、物憂げで。

 だけど、それは俺がよく知っている〝声〟だった。


(ライさんに知っておいて欲しかったんです。この先、仲間を討たなければならない未来が待っているかも知れないという事を)

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