317話_目指せ、決戦の地
欲望の森を抜けた先には何一つ遮るものが無い荒野が広がっている。
遮るものが無いということは敵の姿を捉えやすいという利点があるが、同時に敵に見つかりやすいという欠点もある。
遮るものを自ら作り出せる能力を持っていれば関係のない話だが如何せん、片や魔法が使えない魔法貯蔵体質の少年、片や鬼人と誓約を交わしたことで人の姿を獲得した鬼蜘蛛。そのような能力とは無縁であった。
歩幅の小さい子どもと慣れない人の足で懸命に走る女。魔物達の格好の的となるのは、もはや必然である。
「あー、もう! どうして、こうなるのぉ?! 早くライ様のところへ行かなきゃいけないのにっ! ほんと足が二本しかないなんて人間は不便ねぇ」
「文句を言う暇があったら走れ! 追いつかれるぞ!」
「さっきから、ずっと走ってるわよ! あと、追いつかれそうになってるのは主に貴方のせいなんだけどね。歩幅の小さい貴方に合わせて走ってあげてるんだってこと忘れないで頂戴」
子どもであるロットは歩幅が小さい分、メラニーの一歩に追いつくために彼女よりも多く前進しなければならない。しかも彼は魔力補充式狙撃銃を背負っている。
このままでは弱肉強食の森に辿り着く前に体力が底を尽きてしまう。
本来ならば適度に休息を取りながら進むのが定石ではあるが時間に追われ、魔物にも追われている今の状況では、それは難しい。
「ケヘッ、人間のガキだぁ……! ガキの悲鳴を聞きながら喰う肉が一番美味いんだよなぁ」
「じゃあ、ガキの肉はオマエにくれてやる。その代わりにオンナは貰うぜ」
「足だ! 足さえあれば、残りはどうでも良い!」
少ない餌を巡って仲間割れでもしてくれていれば良かったものを食の好みが結果的に魔物達の統率力を高めてしまっているのだとロットは冷静に分析しながら焦燥の汗を額に滲ませていた。
味方の数も状況も圧倒的に不利。自分達に出来るのは疲労を訴える足に鞭打って前進するのみ。
メラニーは久々に魔法を使った反動で力が安定せず、ロットは主力武器が銃であるため接近戦には向かない。故に、不本意でも逃げるしかないのだ。
「っ、くそ! せめて奴らとの距離さえ確保出来れば……」
逃げるので精一杯な現状では到底不可能な話だった。
隣を走るロットを横目で見ながらメラニーは唇を真一文字にして思案顔を浮かべる。
「……あの鬱陶しい連中を、ある程度引き離せたら何とかしてくれる?」
「っ、出来るのか?!」
「出来ないことは無いわぁ。……本当は嫌だけどライ様の為だもの。背に腹は代えられないわよね」
そう言うとメラニーは辛うじて隠すべき部分は隠せているだけの服とは言い難い物を脱ぎ始める。
走りながら脱ぎ始めた彼女に、ロットは目を見開いた。
「な、な、な、何で脱いでんだ、変態蜘蛛!! 服を着ろ、バカ!」
「うっさいわねぇ。脱がなきゃ破れちゃうでしょうが。というわけで、はい。これ、預かっといて」
メラニーは脱ぎたての服をロットに投げる。
反射的に受け取ったロットだが、布越しに伝わる温もりと女性特有の花の香りような匂いが何だか生々しく感じられて次第に顔を中心に熱が込み上げてきた。
ちなみにロットが渡されたのは服のみ。それ以上の詳細の深掘りは倫理的に禁物である。
異性の、しかも脱いで間もない服を持っているという状況に対する羞恥心でロットの精神は悪い意味で掻き乱されてしまっていた。
取り乱しているロットは、まだ気付かない。全裸になったメラニーの身体に少しずつ変化が起こっていることを。
「はぁーあ。これだから、お子様は……まぁ、良いわ。ちゃんと目的さえ果たしてくれれば」
骨が軋み、歪むような音がロットを正気に戻した。
それまで何となくメラニーの方を見れなかったロットが彼女に視線を向けた時には、彼女の姿は激変していた。
下半身を蜘蛛の姿に変え、腰から上は人間のまま。魔物と言うより化け物と呼ぶ方が相応しい面妖な姿にロットは先ほどまでとは違う意味で驚愕した。
「その姿は……」
「ふふっ、驚いた? どうやらワタシ、人間にも蜘蛛にも変身できるようになったみたいなの♪」
レイメイとの誓約で人の姿を得たメラニーだが、あくまでも人としての姿を得ただけで人種になったわけではない。
元々、鬼蜘蛛であった彼女は、あの件を切っ掛けに〝人間〟と〝蜘蛛〟という二つの形態を手に入れていたのである。
「ほら、ボーッとしない! 何の為に、この姿になったと思ってるの。早くワタシの背中に飛び乗りなさい」
「無茶いうな! そんな高い所まで届くわけないだろ!」
メラニーの背中は明らかに子どもの跳躍力では届かない高さにあるが、わざわざ立ち止まって乗せる余裕は無い。
「まったく世話の焼ける子ねぇ」
メラニーは人差し指から自製の糸を垂らすと長縄を振り回すように腕を振った。
指先から伸びた糸はメラニーの動きに合わせるように大きくしなりながら更に長く伸びていく。
「貴方くらいの軽さなら、この程度の糸で充分でしょ」
指先から伸びた糸の端を千切り、ロットめがけて糸を放り投げる。
投げた糸の先がロットの背中にピタリとくっ付いたのを確認すると、メラニーは「あ、そーれっ!」と掛け声を上げながら糸を引っ張り上げた。
「うわぁっ?!」
糸と共に引っ張り上げられたロットの身体は、そのまま放物線を描くようにメラニーの背中へと着地した。
「っと、危な……おい! 最初から引き上げるつもりだったなら、せめて前もって言え!」
「一々、細かいわねぇ。上手く着地できたんだから良いじゃない」
「良くない!」
「はいはい、ワタシが悪かったわよ。それじゃ、しっかり踏ん張ってなさい。じゃなきゃ振り落とされちゃうわ……よっ!」
メラニーが脇目も振らず猛進を開始すると、ロットは身を伏せた状態で後方の魔物達との距離を目測する。
メラニーの姿が突然、変化したことで困惑した魔物達は追う速度を緩めていた。お蔭で、距離の確保は難なく成功。
ロットは魔力補充式狙撃銃を取り出し、構えた。
ロットの持つ狙撃銃は従来の物とは少し形状とが異なっている。
狙撃する際に肩に密着させる銃床には眼球と同じ程度の大きさの球体状の物体が埋め込まれている。
通常、この物体は透明色で何の変哲もない硝子球だが、充填させた魔力の種類によって中の空洞部分が変色する。
魔力の種類とは即ち、魔法の種類のことである。例えば火の魔法ならば赤、水の魔法ならば青といったように各魔法が色で識別されるのだ。
狙撃銃に施された細工は、これだけではない。
体内で保持された魔力に限界がない魔法貯蔵体質でありながら無魔法者であるロットは自分の意志で魔力を放出することが出来ない。
そこで当時の魔王の考案により銃に魔力を吸わせるという前代未聞な機能を搭載した。
この機能のお蔭で、ロットは銃を構えて頭の中で使用したい魔法の想像を思い浮かべるだけで魔力補充式狙撃銃を使えるようになったのだ。
「外したら承知しないわよ」
「あれだけの大きな的、外せと言う方が無理だ」
引き金に人差し指を掛ける。
透明であった硝子球の色が、今は〝黄色〟に変化している。
片目越しに狙いを定めた瞬間、ロットは引き金を引いた。




