40話_椿事の始まり
『……本気ですか?』
不安そうな表情で、そう書かれたボードを見せるグレイに俺は、当然だと答えた。
「コイツは他のスライムに比べて知能指数が高い。指示をすれば、その通りに動いてくれるし、指示をしなくても時と場合に応じた行動をとる。充分な戦力になる筈だ」
『しかし……』
俺の言葉を聞いてもグレイは納得していないのか、複雑そうに顔をしかめたが、俺が折れないと分かると、まるで駄々をこねる子供に折れた親のように息を吐いた。
『今回は俺が関与出来る事ではないので、これ以上は問い詰めませんが……貴方は、それで良いんですか?』
俺からリュウへと向き直り、グレイは問いかけた。
自分に振られるとは思わなかったリュウは数回瞬きをした後、迷う事なく頷いた。
「オレは構わないよ」
アッサリと受け入れたリュウに、グレイは顔を引きつられ、俺も予想外の返事に目を丸くしていた。
まさか、こんなにもアッサリと提案を受け入れられるとは思わなかった。
ギルドでの今後の立ち位置に関わる模擬決闘に、スライムなんて参加させられるかと怒鳴られる覚悟は一応していたのだが……
「普通なら反対したと思う。この世界で最弱と呼ばれるスライムと一緒に戦うなんて不利にしかならないしな。でもコイツが普通のスライムと違うってのは、何となくだけど分かるし……何より新入生代表、ライ様のペットだしな」
そう言って軽く小突いてきたリュウに大袈裟に眉をしかめると、笑みを浮かべながら明らかに感情の入っていな言葉だけの謝罪を言った。
そんな俺達を見ながら、グレイは頭を抱えている。
『……どうなっても、知りませんよ?』
「ま、何とかなるだろ。何しろ……」
──魔王が付いているんだ。勝敗は既に決しているようなもんだろ?
グレイだけに聞こえるように付け加えるとグレイは呆れたように、しかし、どこか納得したように笑った。
「何しろ……何だよ?」
「何でもない。それより、相手の詳細が分からない以上、こちらもある程度の事態に対応出来るように何かしら作戦を考えないとな」
俺の言葉に、リュウは疑うような表情から一瞬で気合いの入った表情へと変わり、スカーレットはリアルな人間の手を作り出し、力強く親指を立てた。
今朝は、まだ完全に起きていない事もあって夢だと思ってスルーしていたが、あの頬に感じた感触は夢ではなかったらしい。
(……今まで細長い触手で感情を表現していたのに、いつの間にそこまでリアルな手を擬態出来るようになったんだ?)
『そういえば、リュウさんは妖精族なんですよね?』
「え……あ、あぁ……まぁ……」
グレイの問いかけに、リュウは歯切れの悪い返事で返した。
『初めはエルフやドワーフの類かと思いましたが、彼ら特有の尖った耳などが見受けられません。貴方のように、ここまで人間に酷似した妖精族を俺は知りません。……貴方、何者ですか?』
「それは……」
相変わらず異常な速さで書かれたボードを見せながら、グレイは疑いの表情を向けた。
そんな彼の視線から逃れるように、リュウは気まずそうに目を泳がせている。
彼の表情を見て、思わず割って入った。
「グレイ、そこまでにしておけ。コイツが妖精族である事はギルド登録書が受理された時点で証明されてるだろ」
『それは、そうですが……』
納得いかないといった表情のグレイに、どうしたものかと頭を悩ませているとリュウは顔を俯かせながらボソリと何かを呟いた。
「……………く、しー」
それは注意して耳をすませないと聞こえないほどの声量だった。
シンと静まった空間が誕生してから数秒後、リュウは再び、恐る恐る口を開いた。
「……ピ、クシー、なんだ……オレ」
小さく、弱々しく吐かれた普通の言葉。
しかし俺にとって、その言葉は言霊よりも……いや、ある意味、どんな魔法の呪文よりも強かった。
言葉の意味を理解する前に、俺の身体は見えない力に吹っ飛ばされたかのように壁へと激突した。
明らかに尋常ではない音に、リュウは両肩を震わせて顔を上げ、何が起こったのかと目を見開いて俺を見た。
「お、おい、大丈夫か? てか、突然、どうし……」
「お前……ピクシーなのか?」
心配の言葉を遮り、俺はリュウに問いかけた。
思いきり壁に激突した背中が鈍い痛みを走らせているが、そんなもの、今はどうでもいい。
「え、まぁ……一応……」
リュウの言葉に、俺は今度こそ言葉を失った。
言葉を失った俺の脳内に広がったのは、色んな意味で思い出したくない記憶。
俺が魔王だった時の、ある記憶だった。
予想以上に早まってしまったカミングアウト(ピクシー)
次回は、ライの前世を交えた話になります。




