314.5話_閑話:✖︎✖︎✖︎✖︎は全てを見ていた
「あーあ、負けちゃった」
落胆の言葉を紡いだ声は我ながら芝居じみていた。
最初から負けると分かっていて挑んだ勝負に予想通り負けた時の感想など、こんなものだろう。
「強くなりたいって言うから力をあげたのに、こんなにあっさり負けちゃうなんてガッカリ。もうちょっと楽しませてくれると思ってたんだけどなぁ」
暇潰しにもならなかったと嘆きながら空を仰ぐ。
……雨が降った後の空は嫌いだ。妙に清々しくて晴れやかで、この空の下の状況など、お構い無しなのだから。
「まぁ、でも、今回は相手が悪かったかな。なんたって魔王様の臣下だからね。そりゃ敵わないよ」
やっぱりマオ様は凄い。あんな弱い鬼人でも、それなりに役に立つ〝駒〟にしてしまうのだから。
けれど、それより興味深いのは後から現れた二人組だ。
「あれがグレイ・キーランとギル・バーンハード……いやぁ、感激だなぁ! まさか魔王軍四天王と呼ばれてた二人を、この目で拝める日が来るなんてさ」
マオ様の仲間に会うのは今回が初めてじゃないし、本人にも既に会ってはいるけれど、それでも顔が緩んでしまうのは仕方ない。
魔王を支えてきたという意味では、彼らもまた唯一無二の存在なのだから。本命ではないが、敬意を表すべき相手に変わりはない。
「うんうん、分かる、分かるよ。二人がマオ様のこと大好きだってこと。だから、この世界でもマオ様の傍にいる。大好きな人と一緒にいたいって思うのは当然のことだもんね」
その気持ちは、よく分かる。分かっているつもりだ。
「でもね、また君達がマオ様を独占しようとしてるのは気に入らないなぁ。みんなも、そう思うでしょ?」
尊敬はしているが〝それはそれ、これはこれ〟という奴だ。
何も知らない者からすれば、自分は独り言の多い変質者にしか見えないだろう。
目に見えるものだけを真実としか捉えられないような連中には一生、彼らの存在を認識することなど出来ない。
大層な言い方をしたが、蓋を開ければ何の事は無い。ただ、ほんの少しだけ彼らが他の奴らよりかくれんぼが上手いだけだ。
「彼らは、ずっとマオ様と一緒にいたんだよ。なのに、この世界でも一緒にいたいなんて図々しいと思わない? それに彼らはマオ様を守りきれなかった」
マオ様の最期は知っている。一人、寂しい孤独な最期。
誰よりも幸せにならなければならなかった彼は仲間だけでなく神からも見放されてしまった。
……そんなの許さない。ボクが、ボク達が許さない。
「もしかして贖罪のつもりなのかな? だとしたら尚更、図々しいよ。あの時、マオ様を守りきれなかった時点で君達の役目は終わってるんだから」
マオ様だって口には出さないだけで本心では、こう思っているはずだ。「邪魔だ」と。
マオ様の野望を叶えられるのはボク達しかいない。過去に失敗した彼らなど、もはや御役御免だ。
「今は譲ってあげるよ。まだマオ様には君達の力が必要だからね。だけど、マオ様が本当の力を取り戻した時には………」
数秒の沈黙、思考するには充分な時間だった。
「んー。やっぱり、まだ今は言わないでおこうかな。どうせなら彼らの前で言いたいからね」
仮にも彼らは魔王を支えてきた存在。
〝役者〟を舞台から引き摺り下ろすには、それなりの礼儀というものがあるのだ。




