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312話_鬼となる《下》

 レイメイはグレイ達に、これまでの経緯を話した。

 一族が、たった一人の男によって滅ぼされかけた事。

 数少ない生存者を引き連れて辿り着いた先がメラニーが支配する山で、妹がギルドに依頼したことを切っ掛けにライと出会った事。

 散策に行ったきり戻って来ないリュウを探しに行った途中で仲間を襲った男に出会し、男への復讐を優先してしまった事。

 自分が話せるだけの全てをレイメイは包み隠さず伝えた。

 グレイとギルは遮ることなく、話に最後まで耳を傾け続けた。レイメイの考えや想いを、しっかりと理解するために。


(……これが事の顛末。拙者は仲間よりも自分の感情を優先してしまった。ライ殿に見放されても仕方がない)


 さも自分の運命が定まったかのように言葉を零すレイメイに、ギルとグレイは顔を見合わせる。

 確かにライは仲間を重んじる性格であるが、大事なことを忘れている。

 本当に彼がレイメイを見放したならば、自分達をレイメイの元へ向かわせたりはしない。

 偽りなき忠誠(トロイメア)の効果で、彼はレイメイの行動を把握できる状態にある。それをレイメイが知らなかったとしても、こんなにも都合よくグレイ達が駆けつけられている時点で単なる偶然だと片付けるのは無理があるだろうに。

 無理な理屈を並べてまで、恩人から与えられた使命を放棄した自分を許したくないのだろう。

 罰を与えられても仕方がないというよりは罰を与えて欲しいと言っているようにグレイ達には聞こえた。


「……はっ、くだらねぇ!」


 気不味い沈黙を掻き消すかの如く、ギルは吐き捨てる。

 予想外の反応に目を丸くしたレイメイと呆れ顔をしながらもギルらしいと言わんばかりに笑うグレイが彼を見つめた。


「何が〝見放されても仕方がない〟だ。テメェの我が儘一つ許せねぇほど、あの人は心が狭いって言いてぇのか」


(なっ、違う! 拙者は、ただ……)


「ただ自分が感情任せに暴走したのが許せねぇって? だから、そんな自分を罰して欲しいってか? ふざけんな! 大人がいなきゃ何も出来ないガキじゃねぇんだ。自分(テメェ)の不始末くらい自分(テメェ)で片を付けろ。何でもかんでも、あの人を頼ろうとするな。あの人の()()()を当てにしてんじゃねぇよ」


「っ、!」


 ギルの言葉でレイメイは気付く。ライに残酷なことをさせようとしていた事を。

 仲間想いの彼が、仲間だと信じている者を罰することを快く思うわけがない。今回のように言葉で諭す程度の罰では済まされない事案であるなら尚更だ。

 相応な処罰とはいえ、仲間に手を掛けるなど彼が望むはずも無いのに。レイメイは望んでしまった。彼が最も望まない形の罰を受けることを。

 自分は良い。処罰されてしまえば、それまでなのだから。

 だが、ライは、どうなる? 処罰した者の願いや想い、全てを背負って生きていく事になるだろう。彼は、()()()()()()だ。

 それでは奴隷を逃がさないために付ける足枷と何ら変わりないではないか。

 

(ギル。また貴方は、そんな言い方……)


「うるせぇ。こういうのはな、きっぱり言っといた方が良いんだよ。相手に気付かせる回りくどいやり方じゃ自覚した気にさせるだけで忘れた頃にまた同じことを繰り返しちまう」


 優しく諭すよりも、あえて厳しい言葉を向けることで強く自覚させることが必要な時もあるというギルの意見にはグレイも頷かざるを得ない。

 その後に付け足された「怪我人じゃなかったら、ぶん殴ってた」という言葉には、さすがに賛同しかねたが。

 今のギルは自分と同じだ。誰にも言わずに一人で魔王を倒しに行こうとしたライに想いをぶつけた、あの日の自分と。


 ──貴方が心配で、貴方の力になりたいと思っているから放っておけないんですよ! いい加減、気付けよ! この鈍感人誑し馬鹿!!


 今になって思えば、小恥ずかしいことを口にしたものだとグレイは自嘲気味な笑みを見せる。普段の自分なら胸の内に留めていたが、あの時ばかりは言わずにはいられなかった。

 言葉でなければ、あの人には伝わらない。そう思ったから。


「ここまで言っても納得いかねぇってんなら、代わりに俺が罰を与えてやるよ」


(いや、その必要は無い)


 一切の迷いも感じられない否定にギルは心の中で安堵の息を漏らした。

 これで仮に「じゃあ、頼む」と言われようものなら、さすがに対処しきれない。


(感謝する、ギル殿。お蔭で頭が冷えた)


「……また同じようなこと言いやがったら、次こそ、ぶん殴るからな」


 何とも物騒な脅しを向けられたにも関わらず、レイメイは笑みを浮かべた。強がりではなく、自分を想って言われたものだと理解していたから。


(………………)


 ギルとレイメイの遣り取りをグレイは複雑な心境で見守っていた。

 前世では不仲だったが、彼が相手を気遣えるだけの器量を持ち合わせていることはグレイも知っていた。知ってはいたが、それ以上に印象が悪かった。

 罵倒、魔法による嫌がらせは日常茶飯事。時には、やり場のない感情の発散道具にされて身も心も完膚なきまでにボロクズにされたのだ。恨まない方が可笑しい。

 それでも彼の魔王(ライ)に対する忠誠だけは認めていた。彼なら最後まで裏切ることはないと絶対的な自信があった。

 それだけ彼は自分に素直だったとも言える。……その素直さを少しでも表に出していれば本人に勘違いされずに済んだものを。

 もう一つの人格であるギィルとは違い、その存在を他人どころか親からでさえも受け入れてもらえずに育ってきたのだ。性格が歪んでしまっても仕方がないと言われれば仕方がない。

 そんな彼を初めて受け入れた者こそがライだ。彼がライに特別な感情を抱いたとしても不思議ではない。

 特別が故に、もっと認められたいが故に、すくすくと大きく育ってしまった独占欲。その欲望の矛先は自分以外の全てに向けられていたが、中でも特に酷かったのがグレイだ。

 自分よりも弱い存在でありながら、魔王の側近に近い立ち位置を確保している。その事象が更にギルを刺激してしまったのである。

 そのことにグレイは早い段階で気付いてはいたものの、どうすることも出来ず、日々の嫌がらせを耐えるしか無かった。

 この世界で再会したギルにどこか冷めた態度を取ってしまうのは間違いなく前世で消化不良だった恨み辛みの反動によるものだとグレイ自身、自覚している。

 我ながら稚拙な仕返しだとは思うが、止めるつもりは無い。それどころか前世では見られなかったギルの屈辱そうな表情が見られて気分が良い。こんな快感が得られるのならば、これからも積極的に続けていこうとグレイは心の中で自分自身に誓った。

 どうせ最初から自分は嫌われている。況してや、改めて好かれようとも思わない。それに今は、やり返せるだけの力がある。

 色々なものから解放され、開き直った元イジメられっ子は植えてもないのに生えてくる雑草の如く強かになっていた。


「おい」


 不意にギルから声をかけられたグレイは内心動揺しながらも「……何ですか?」と普段の振る舞いを意識しながら返す。

 前よりも強気に出られているとはいえ、一度植え付けられた恐怖や心的外傷(トラウマ)を克服したわけではない事を痛感させられた瞬間でもあった。


「お前……あの死体には何もしてねぇよな?」


 明らかにグレイとレイメイのいない方向を見ながら問いかけるギル。

 意図的か否かは不明だが、目線も合わせようとしないギルをグレイは訝しむように見る。


(は? あの、質問の意味が分からないんですけど。というか、質問以前に話す時は相手の顔くらい──)


 見たら、どうですか。

 そう続くはずだった言葉はギルの表情を捉えた一瞬の間に引っ込んだ。

 何故、そんな顔をする? そんな……声に出すの悍ましい〝何か〟を見てしまったような顔を。

 魂でも抜かれたかのように瞬きすらせずに〝何か〟を食い入るように見つめているギルと同じものを見るために、グレイも同じ方角に目を向ける。

 同じものを見たことでグレイは漸くギルの質問の意味が理解できた。

 先ほどは突拍子だったこともあり、質問の意図を理解することを念頭に置いた返答をしてしまったが、今なら言える。「自分は()()()()()()()」と。

 グレイがレイメイの治療に専念していたことをギルも頭では分かっていながら、それでも彼自身の口から否定の言葉を聞きたかった。自分に対する信憑性さえも揺るがしてしまうほどのものを彼は目に焼き付けてしまったのだ。

 唯一、レイメイだけは変わり始めた空気に違和感を抱きながらも、その正体には辿り着いていない。


(……グレイ殿? ギル殿? そこに誰か、いるのか?)


 顔を上げるが、グレイがいる場所が死角の壁となってしまっているため二人が意識を向けているものが何なのか分からない。

 まだ快調とまではいかなくとも身体を起こすくらいの体力は戻っている。

 上体を起こしたレイメイは自身の目に映った光景に驚愕した。


 三人の視線を独占していたのは人間()()()もの。もっと正確に言うならば、レイメイが首を切り落としたはずの男。

 男の首は今も虚空を見つめたまま地面に転がっているにも関わらず、首から切り離された身体は悠々と立っていた。

 異常なのは、それだけではない。切れた頸の断面が色白い植物の蔓のようなもので埋め尽くされ、先が()()()ように揺れ動いている。

 まるで一つ一つに自我があるかのように不規則に動く()()は彼らに未知の畏怖を植え付けるには充分だった。


「な、何だよ、コイツ」


(……分かりません。ですが、関わると碌なことにならない事だけは分かります。襲いかかられる前に、この場から離れた方が良い)


 冷静に返すグレイだが、額には汗が滲んでいる。

 知識量の多いグレイでさえ知らない存在にギルもまた冷や汗を流す。


「グレイ、レイメイを移動させろ。戦闘になるかも知れない以上、そいつは邪魔だ」


 相変わらず言葉を選ばないが、それでも彼がレイメイを気遣っていることはグレイにも分かった。勿論、レイメイも。


(……一人で大丈夫ですか?)


「あ? 誰に言ってんだ。それに元々、俺は()()()()()()テメェと組まされたんだろうが」


 レイメイの傷を癒す為だけならグレイだけで事足りる。だが、そのレイメイに怪我を負わせるほどの相手が再び出現しないとも限らない。

 故に、ライは行けない自分の代わりにギルを同伴させたのだ。攻撃力、破壊力が共に高い爆破魔法(エクスプロジオン)を使い(こな)す彼ならば戦力兼用心棒として申し分ないと判断してのことだ。

 何より、彼は決して仲間を見捨てたりなんかしない。例え、それが心底嫌っている相手だったとしても。

 あえて嫌いな奴に貸しを作ることで優位に立ちたいだとか、誰よりも活躍してライに一番褒められたいだとか、そんな下心は一切、全く、微塵も無い。

 今のところ襲ってくる様子はないが、油断は出来ない。正確な攻撃方法が分からない上に、手には男が使っていた刀が握られているのだから。

 かといって、先手必勝とばかりに攻撃を仕掛けるのも不用意だ。

 現時点でのギルは、あくまで相手の出方を窺うつもりなのだ。


「早く行け、相手が大人しく待ってくれてる内に」


 グレイとて、いくら気に食わない相手とはいえ死んで欲しいとまでは思っていない。偶に心の中や口に出すことはあっても、どれも本心では無いのだ。

 出来ることなら全員で、この場を去りたい。でも、出来ない。

 魔王がいた前の世界でも、よく目の当たりにした状況だ。


(……分かりました。俺もレイメイさんを安全な場所まで連れて行ったら、すぐ来ますから)


「来なくて良い。つか、来んな」


(レイメイさん、動けますか? 無理なら言って下さい。瞬間移動(テレポーテーション)を使いますから)


「おい、無視すんな」


 伸ばされたグレイの手をレイメイは即座に取る。

 逆の手に握られた刀を見て、グレイはレイメイの次の行動が読めてしまった。


「すまない、グレイ殿。だが……あれは拙者の獲物だ」


 言うが早いか、グレイの前からレイメイは姿を消した。

 何もない手に残った微かな温もりだけがレイメイの存在を知らしめている。

 まさかとグレイが振り返った時には、レイメイは刀を振り下ろす寸前の構えのまま化け物に飛びかかっていた。


 少し考えれば、分かることだった。ギルとグレイにとっては得体の知れない化け物でも、レイメイにとっては復讐相手に変わりないことくらい。

 殺したと思っていた男は本当は化け物で今になって本性を表した。或いは、人間であったが何らかの要因で化け物となって蘇った。

 レイメイが、そう解釈するかも知れないという可能性をグレイもギルも考慮していなかった。

 何はともあれ復讐相手が生きていると分かった以上、レイメイが望むことなど決まっている。今度こそ止めを刺す、それだけだ。

 体調が万全でなかったとしても彼が復讐を優先する事くらい予測できた筈なのに。鬼人(オーガ)の本質を理解しているはずの二人は、その予測すら立てることが出来なかった。

 後悔したところで、既にレイメイは化け物に斬りかかろうとしている。


「なにボサッと突っ立ってんだ! レイメイを止めるぞ。アイツの怪我、まだ治ってねぇって言ったのはテメェだろうが!」


 叱咤の声でグレイが金縛りが解けたように走り出すと、ギルも行動を開始する。


小風爆(イフラ)


 空気に溶け込むような控えめな詠唱を掻き消すかの如く起こった爆発。

 小風爆(イフラ)は謂わば虚仮威(こけおど)しに過ぎない。この魔法に爆裂(ルーン・ダスト)鸞翔(・ブレイカー)のような殺傷能力は無いが、規模の小さい爆発の割に爆破音も風圧も凄まじい。

 対象を傷付けず且つ一瞬でも動きを止める事を目的とするならば、ギルの中で、この魔法ほど頼りになるものは無い。

 突然の爆音と爆風で怯んだレイメイにグレイが手を伸ばす。

 少し、ほんの少しだけで良い。指先さえレイメイに触れることが出来れば、瞬間移動(テレポーテーション)で彼だけをこの場から移動させることが出来る。


(もう少し……っ!)


 限界まで伸ばしたグレイの指先がレイメイの背中に触れる。

 ところが、グレイは瞬間移動(テレポーテーション)を発動させようとしない。それどころか困惑した表情を浮かべている。

 グレイの指は確かにレイメイの背中を捉えた。なのに、触れているという()()が無い。

 衣服の感触も、布越しに伝わる肉体や骨の感触も、何も感じないのだ。

 目視できるのに実体が無い。それが何を意味するのか分からないほどグレイは鈍くはなかった。


(っ、やられた!)

 

 目の前にいるのが本物のレイメイではなく実体のない分身だとグレイは瞬時に理解したが、爆煙が前方の視界を遮っているため本体を見つけだすことが出来ない。

 ここにきて未知の能力を発揮されたことでグレイは完全に不意をつかれてしまった。

 速く動けるだけでも厄介なのに、まさか分身まで作り出すことも出来るとは。

 晴れた爆煙の先にはレイメイも化け物も見当たらない。大方、ギルの魔法に驚いて後退した化け物を追ったのだろう。

 グレイは両者が残して行った気配の糸を手繰り寄せながら次の算段を考える。こんなことならギルに言われた時点で移動しておけば良かったと不平の舌打ちを鳴らしながら。


「おい、やったのか?!」


(すみません、失敗しました)


「あぁ?! 何やってんだ、ノロマ! 折角、俺が作ってやったチャンスを──」


(分かってます! ……分かってますから。もう一度だけ力を貸して下さい)


 自分の失態を棚に上げて逆上するようなら何か言いようはあるものの、自覚している者を責め立てるのは野暮だ。

 乱暴に頭を掻いたギルは仕切り直すように一呼吸した。


「アイツらの居場所は分かってんだろうな」


 てっきり嫌味の一つや二つは言われるだろうと身構えていただけにグレイはギルを意外そうに見たが、今は驚いている場合ではないと我に変えると彼の言葉を肯定するように頷いてみせた。


「なら、さっさと先導しろ。俺達が此処まで来た目的を忘れるな。このままレイメイを見殺しにするのは、あの人の本望じゃねぇだろ」


 そこまで聞いてグレイは再認識する。あくまでもギルは魔王(ライ)のために動いているのだと。

 何が、最も彼の為になる選択か。どうすれば彼の望みを叶えられるか。

 ギルの判断基準の軸となっているのは間違いなく〝彼〟だ。

 これはメラニーに恋敵(ライバル)視されるのも、キャンディに揶揄われるのも無理ないなとグレイは他人事のように思いながら足を進めた。


 この場にメラニーがいなかったのが幸いだった。

 何故なら、もし彼女が居合わせていたならば確実に「ワタシに言わせてみればグレイもギルも同類(=恋敵(ライバル))よ」と指摘されていたからだ。

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