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311話_復讐鬼

 〝何か〟が走り去った気配を感じながらレイメイは刀を振るっていた。

 その〝何か〟がリュウであったことを、彼は()()()()

 あの時、彼がリュウを庇ったのは偶然だった。レイメイにとっては敵意の無い〝何か〟を気紛れに助けただけに過ぎなかったのだ。

 リュウの気配さえも認識できないほどに強く、レイメイの意識は眼前の敵に向けられていた。

 顔を隠すように雑に巻かれた包帯。血塗れの刀。

 容姿的な特徴や武器だけでもレイメイの悪魔の記憶を掘り起こす要因としては充分だった。

 どちらかの命が刈り取られるまで延々に続くと思われていた刀の衝突が止み、両者が間合いを取って向かい合う。

 一太刀浴びせようと刀を構えようとしたレイメイを、男が手を出して静止を促す。

 男の要求に従うのは癪であったが、レイメイ自身も彼に確認しなければならないことがあった事を思い出し、とりあえず刀を下ろした。


「お前、鬼人(オーガ)のくせに人間と関わりを持っているな」


 殺伐とした空気を漂う中、最初に口を開いたのは男の方だった。

 風変わりな容姿とは裏腹に、男の声からは理性が感じられる。

 それがレイメイにとっては腹立たしかった。余裕がないのは自分だけであることを遠回しに突き付けられているような気がして。


「……何のことだ」


 余裕でないことを悟られたくなくて、レイメイは態と煽るような物言いで返す。


「惚けても無駄だ。俺の鼻は誤魔化せねぇ」


 どうやら男は嗅覚が優れているらしい。とはいえ、魔物と人間の匂いを嗅ぎ分けるなど、もはや人間離れした特技を披露されたところで素直に認めてやる義理は無い。


「仮に拙者が人間と関わっていたとして、貴様に何の関係が……」


「〝ライ〟という男を知っているか?」


 この男は自分と会話する気が無いのだろう。

 自分の疑問に脈略のない問いかけで投げ返されてしまったレイメイには、そうとしか思えなかった。

 男のペースに合わせるのは癪であったが、このまま会話が成立しない方が却ってストレスになると判断したレイメイは男からの問いについて改めて考えてみることにした。

 ()()という男を知っているか? それが男からの問いだ。

 レイメイが、その名を聞いて思い浮かべるのは一人。自分が鬼笛を託したライ・サナタスという男だけだ。

 名前も性別も一致はしているが、男の言う〝ライ〟と同一人物であるかどうかまでは分からない。というより、そもそも律儀にライのことを教えてやる必要もない。


「知らないな。知っていたとして貴様に教えてやる義理も無いが」


 我ながらの意地の悪い返しだとは思ったが、相手が相手だ。この程度の意趣返し、自分がされた事を考えれば比べるのも馬鹿らしくなるほどに可愛いもんだろうとレイメイは鼻を鳴らす。

 不満そうに眉を寄せる男の顔に、砂一(つま)み分くらいは気分が晴れたような気がした。


「嘘だな」


 間髪を入れず、男はレイメイの言葉を否定する。

 あまりにも確信めいた口振りに、レイメイは頭の中を覗かれたような薄気味悪い心地を覚えながら男を見た。


「っ、……貴様、何を根拠に」


「言っただろ。俺の鼻は誤魔化せねぇって」


 瞬きも許さない速度で、男はレイメイとの距離を一気に詰め寄る。

 男が詰め寄る直前に危険を察知したレイメイが刀を構える。刀は男の刀を受け止め、力の均衡により互いの刃が噛み合うような状態で留まっていた。

 刀を構えるタイミングが少しでも遅れていたら今頃、男の刀がレイメイの身体を貫いていたことだろう。


「ほぉ、よく防いだな。お前、鬼人(オーガ)にしては中々やるじゃないか」


 鬼人(オーガ)()()()()…………?

 上から目線な物言いといい表情といい、一々、(かん)(さわ)る奴だとレイメイは思ったが、これまで自分が彼へ向けてきた言動を思い出し、お互い様かと冷静に分析することで不満を無理やり相殺した。

 鬼人(オーガ) は基本的に短気な者が多いが、稀にレイメイのように多少は理性的な者もいる。とは言っても決して気長ではないため他の鬼人(オーガ)と同様、取り扱いには充分な注意と配慮が必要なわけだが。


「確かにライという名の男には一人だけ心当たりがある……が、貴様が探している男と同一人物であるとは限らないぞ」


「それを判断すんのは俺であって、お前じゃねぇ。ただ、お前は知ってる情報を素直に吐きゃ良いんだよ」


 誰かにモノを頼む態度とは到底思えない。

 苛立ちは積もるばかりだが、もし男が追っているのが自分の知るライならば、レイメイの立場としては聞き流すわけにはいかない。


「情報が欲しいと言うならば、それなりの態度を示すべきではないのか」


「まさか鬼人(オーガ)ごときに頭を下げろと? 冗談じゃない」


「……先ほどから口が過ぎるぞ、人間」


「その人間に易々と村を奪われておいて、よく言えたもんだな。敵前逃亡した腰抜けの分際で」


 男が放った言葉はレイメイの思考を停止させるには充分過ぎるほどの威力があった。

 レイメイは男の気配を、姿を、記憶している。復讐すべき相手なのだから当然だ。

 だが、それは男も同じだった。男にとってレイメイは仕留め損ねてしまった獲物だったのだ。


「お前、ソウリュウ族とかいう一族の鬼人(オーガ)だろ。憶えているぞ、お前の顔。あの忌々しい父親も含めてな」


「……」


「お前達を逃すためにと最後まで俺相手に奮闘していたんだがな……親を心配してか戻ってきた子どもの鬼人(オーガ)を盾にした途端に弱くなっちまってよ。傑作だったぜ、そん時のお前の親父の慌て振り」


「…………」


 顔を俯かせ、何も言葉を発さなくなったレイメイをいいことに、男は楽しい話でも聞かせるかのような表情で口を開く。

 言うまでもなく、意図的だ。男は態とレイメイの神経を逆撫でている。


「その顔が、あまりに面白かったんでな。もっと面白いもんが見られるんじゃないかと思って武器も持てなくなるくらい痛めつけた後、目の前で、その子どもを殺してやったわけよ。そうしたら、どうだ……アイツ、涙流しながら悔しそうに俺を睨みつけてんだぜ?!」


「………………」


「いやぁ、お前にも見せてやりたかったよ。悔しくて悔しくて仕方がない。殺してやりたいくらい憎いのに何も出来ない。お前の父親は、そんな絶望の中で死んでいったんだ。どうだ、自分の親の最期を知った気分は? けど、嘆くことは()ぇよ。何たって途中までは、この俺とほぼ互角だったんだからな。むしろ誇って良い」


「……………………」


 まだだ。まだ、この怒りは抑えなければならない。

 この男には、もう一つ確認しなければならない事があるのだから。


「……何故、村を襲った?」


 レイメイは顔を俯かせたまま、感情を殺したような声で問いかけた。

 風に靡く前髪が上手いこと彼の顔を隠しているため、男の目でレイメイの表情を見ることは出来ない。


「何故かって? そんなの決まってんだろ。戦いの経験値を稼ぐためだよ。強い奴をぶっ倒せば倒すほど、俺は強くなる。()()()()()を手に入れたんだ。先ずは、この力でアイツを……ライをぶっ殺す! そして俺の故郷を焼き払った(ドラゴン)を一体残らず殲滅し、同郷の奴らの、家族の仇を取るんだ!!」


(…………()()()()()のために、)


 仲間や父は殺されたというのか?

 自分だけではない。ヒメカも、辛うじて生き残った同胞達も、そんな()()()()()理由で家族を、仲間を、失ったというのか?


 聞かなければ良かった。

 力説する男を前にレイメイの脳内に浮かんだのは、この一言のみ。

 理由を聞いたところでレイメイがやるべき事は変わらない。変わらないが、相手の事情も把握せずに復讐を果たすのはレイメイとしては気が進まなかったのだ。

 聞かなければ良かった、本当に。しかし同時に安堵もしている。

 これで心置きなく剣が振るえる。復讐を果たせる。それが嬉しくて嬉しくて堪らない。

 男は復讐のために自ら血を浴びた。ならば、同じように復讐のために、その命を奪われようが何の文句も無いはずだ。

 復讐は、新たな復讐を呼ぶ。彼らの関係こそが、この言葉を具現化していた。


 理性の枷は、完全に破壊された。

 もう、どうなっても良い。この男さえ殺せれば。

 男の目の前からレイメイの姿が消える。見失ったレイメイを探すように男は周辺を見渡したが……遅かった。

 男の右腕が飛ぶ。血飛沫を辺りに撒き散らしながら。

 咄嗟に左に待ち構えたことで剣は、まだ男の手にあった。

 その左手も斬り落とさんとレイメイは再び剣を振るう。剣を持つ腕さえ斬り落としてしまえば、もう男は何も出来ない。

 絶望から二度と這い上がれないところまで堕としてから(とど)めを刺してやろうと思ったのだ。男が、かつて父にそうしたように。

 誘惑するように差し伸べられた己の勝利を確信していた。故に、彼は気付けなかった。

 右腕を斬り落とされたにも関わらず、痛みに苦しむどころか愉快だとばかりに笑う男の狂気に。


「おいおい、舐めてんのか。心から殺してやりたいと思う相手なら腕じゃなくて、











 ────〝首〟を斬り落とせよ、腰抜けが」


 男が剣を持った左腕を振り翳す。適当に振るわれたかと思われた()()はレイメイの(くび)を捉えていた。

 刃が過ぎ去った直後、レイメイは自分の身体の一部がプツリと切れる音を耳にした。

 男の顔が真新しい血に濡れる。その血が自分のものであると自覚した時、レイメイは自分の身に何が起こったのかを知ったのだった。

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