4話_何かが始まる予感
手袋を外して、ビィザァーナに手渡す。
その動作さえも見逃さないとばかりに瞬きすらしない彼らに、背中に毛虫が這いずり回っているかのような不快感を覚えた。
注目されること自体は嫌いではないが、ここまであからさまに好奇な眼差しを向けられるのは苦手だ。
「ライくん、すごーいっ!!!」
「さすが、ライさんっす!!」
「今の、虹みたいだったねぇー。きれいだったよぉー」
「ねぇ! もっかい、やって!」
俺を取り囲むように集まる子ども達による容赦のない詰め寄りに戸惑う俺を見兼ねて、ビィザァーナが口を開いた。
「はいはーい、みんな。気持ちは分かるけど、落ち着いて」
そう言ってビィザァーナは2回ほど手を叩くと、子ども達は一気に静かになった。
やけに素直に注意を聞いたなと、初めは不審に思ったが……謎は、すぐに解けた。
これは魔法だ。
その証拠に、子ども達の口は餌を求める魚のように忙しなく動いてはいるが、肝心の声は全く出ていない。
「今、私はみんなに魔法をかけました。何の魔法か、分かるかな? ……って、あ。今は誰も声が出せなかったわね。それじゃあ代表してライ君に聞くわ。分かるかしら?」
ビィザァーナの問いに、俺はわざと間を空けて答えた。
既に分かっているとはいえ、すぐに答えるのは、なんだか変に自慢しているような気がした。
気にし過ぎだと言われたら、そこまでの話だが。
「……口封じの魔法ですか?」
「ピンポーン! 大正解!!」
俺の答えに満足気に頷いた彼女はパチンと指を鳴らした。
「……っ、あ! 声、出た!」
「ほんとだぁ! さっきまで、どんなに声出そうとしても出なかったのに!!」
子どもという生き物のほとんどは、あるものに強い興味を持ってしまうと、その他は空気や背景と変わらない存在になる。
彼女は、そんな子どもの性質を利用したようだ。彼女の意図通り、子ども達の意識は完全にビィザァーナへと移った。
ビィザァーナと目が合うと、言葉の代わりにパチンとウインクを向けられた。
「じゃあ、魔法についての私の話はここまで。みんな、今日は楽しかった?」
ビィザァーナの問いかけに、子ども達は同時に〝楽しかった!〟と元気よく返した。
「うんうん、それなら良かった!」
子ども達の返事に、ビィザァーナは嬉しそうに頷いた。
ビィザァーナの魔法講座が終わって結構な時間が経ったというのに、子ども達は未だに建物内に残って魔法の話で盛り上がっていた。
俺は、その空間には加わらずビィザァーナの元へ向かった。
「ビィザァーナさん。先ほどは、ありがとうございました」
先ほどの件の礼を述べると、彼女は驚いたように目を丸くして俺を見た後、面白そうに笑いながら、〝どういたしまして〟と返した。
「あの……質問しても良いですか?」
「えぇ、良いわよ。何かしら?」
俺の視線の高さに合わせてくれているのか、中腰の姿勢になって俺の話に耳を傾けようとしてくれた。
「あの……紫色の光は、何の魔法を表しているのですか?」
俺の質問を聞いた途端、彼女が先ほどまで浮かべていた笑みが一瞬にして消え去った。
「……どうしてそんな事、聞きたいのかな?」
そう問うビィザァーナの表情には、何故か焦りが見えた。
「大した事では無いのですが、先ほど貴女が手袋した際に見せてくれた光に紫色が僅かに混じっていたようだったので……緑は聞きましたが、紫は聞いていなかったなと思いまして……」
それに何より、紫は俺が手袋をはめた時、他の色もそれなりではあったが、そんな中でも更に色濃く、最も存在感を放っていた色だった。だからこそ、聞いておきたかった。
「…………………」
俺の言葉に、とうとう彼女は何も言わなくなってしまった。
……尋ねては不味い事だったのだろうか?
「あの、やっぱり今のは聞かなかったことに……」
「ライ!!」
タイミング悪く俺を呼んだのは、アランだった。無視するわけにもいかず、アランの方へと身体を向けた。
「はぁ……やっと気付いてくれた。母さんが、そろそろ帰ろうって。入り口で待ってるよ」
ほら、とアランが指差した先には、サラがこちらに手を振っているのが見えた。
「ほら、行こう」
そう言ってアランは、俺の手を引いた。
ビィザァーナの方を振り返った時には既に彼女は笑顔に戻っており、俺に向かって軽く手を振っていた。
建物を後にした俺達は、今日の出来事を思い返しながら各々の家を目指して歩いていた。
「2人とも、今日は楽しかった?」
サラの問いかけに、俺とアランは同時に大きく頷いた。
前世でも魔法について、きちんと学んだ事が無かった俺にとっては、どの話も新鮮に思えた。
いつの間にか、周囲の子ども達と同じように心躍らせながら、話に耳を傾けていた。
「それにしてもライ君の魔力、とても綺麗だったわね」
「魔力?」
アランが首を傾げると、サラは手袋をはめるような仕草を見せた。
「ほら、あの白い手袋に映ってた光のことよ」
サラの言葉に初めはキョトンとした顔をしたアランだったが、彼女の言葉を理解すると呆れたように息を吐いた。
「母さん……それは魔力の色じゃなくてライが得意な魔法の色だって、魔法使いのお姉さんが言ってたでしょ」
アランの言葉に、サラは時が止まったように硬直した。
「……そうだったっけ?」
「母さん……」
オホホと笑って誤魔化すサラを、アランは呆れた表情で見つめた。
「ま、まぁ、兎に角! 今日はマリアにも良い土産話が出来たわね! ね、ライ君!!」
「はい」
救いを求めるように話を振ってきたサラに見捨てることなく、俺は素直に返事をした。
「それじゃあライ君、またね」
「また明日」
家の近くで、俺はアラン達と別れた。
今日が楽しかったのは揺るぎない事実だが、どうも腑に落ちない事がある。
結局、彼女は俺の問いには答えてくれなかった。
「…………後で、自分で調べてみるか」
確か、物置で魔法に関する書物を何冊か見かけた気がする。
暇な時に適当に取り出して目を通した事はあったが、魔法の色に関する話は読んだ記憶が無い。
(確か、まだ読んでいない本が何冊かあったな)
やる気が出てきた俺は、歩く速度を少しだけ速めた。
◇
同時刻、多くの村人達で賑わっていた建物は、今では誰もおらず、静寂に支配されていた。
────ピピピッ、ピピピッ!
そんな中で響く電子音。音の元は、右腕にある腕輪だった。
いつもより少しだけ長く響いた電子音が止むと、花の装飾品から光が放たれ、男性の3Dホログラムが現れた。
『随分と遅かったね』
「ごめんなさい。今度からは気をつけるわ」
口では謝罪しながらも、表情は全く反省していないビィザァーナに、男は頭を抱えた。
『私は、その言葉を、あと何回聞いて何回裏切られれば良いんだろうね……まぁ、いい。それで、どうだった?』
「それがね。世紀の大発見……は言い過ぎかな? でも、兎に角、凄い逸材を見つけちゃったの。今回、報告が遅れたのは、その子のことを調べていたからよ」
ビィザァーナの言葉に男は、それは興味深いとばかりに声を漏らした。
『それで、何か分かったのかな?』
「特に、これといった情報は無かったわ。ただ……」
『……ただ?』
男の問いに数秒ほど口を閉ざした後、何かを振り切るように首を横に振った。
「……ただ、この村の普通の家庭で普通に育った普通の子供だって事が分かっただけだったわ」
『ほぉ……〝普通〟なのに〝凄い逸材〟か。それは興味深い。それで、その子供の名前は?』
ホログラムの男は、悪い悪戯でも思いついた少年のようなニヒルな笑みを浮かべた。