39話_元魔王、決闘を申し込まれる
※最初だけ、リュウ視点で進みます。
この世界には所謂、種族差別というものが存在する。それが、いつから始まり、どのような経緯で現在のように区分けされたのか詳細は不明だが、少なくとも自分がこの世に生を享けた時には、既に出来上がっていた。
どれだけ才能に恵まれようが環境に恵まれようが、種族に恵まれなかったがために華やかだった人生から一瞬で蹴落とされてしまった者は少なくはない。
逆に、才能にも人柄にも恵まれていなくても、自分の属する種族が恵まれた立場だったために、あっという間に出世し、明らかに不相応な身分へと君臨している者もいる。
この世界は、不平等だ。実力主義だと口では言いながら、結局は種族で全てが決まる。だから、ほとんどの者は自分の本当の種族を隠しながら生きている。勿論、俺も例外ではなかった。なかった、のに……
「おいおい、マジかよ! コイツ、妖精なんだってよ!!」
妖精と知られてしまった奴らの末路を、俺は嫌と言うほど見てきた。
特に意味もなく嫌われ、蔑まれ……社会的に、そして精神的に殺される。
(終わった……何もかも)
どうせ天才様も俺を見下し、嘲笑っている事だろう。
そんな事を思いながら数多の視線を無視して、俺は彼の方を見た。
「え……」
彼を見て、俺は図らずも声を漏らしてしまった。
何故なら、彼の表情は明らかに目の前の男達や周囲の奴等とは違っていたから。
見下すわけでも、嘲笑うわけでも、この騒動を興味深そうに見守る野次馬でもない。彼は今、純粋な怒りに支配されている。
(なんで、お前が……そんな顔してんだよ)
彼と付き合いが長いわけではないし、特別に親しいわけでもない。同級生、ルームメイトという関係で繋がれているだけの、まだ友達と呼べるかも怪しい微妙な関係だ。
だからこそ、彼が何故、こんなにも怒りを露わにしているのか分からなかった。
ツカツカと迷いなく足を進めたかと思うと眉を吊り上げて無言の殺気を放ったライは俺と男達の間に割って入った。
◇
「あ? 何だよ、お前?」
突然の乱入者に男達は訝しげな表情で俺を見つめるが、そんな問いに答える義理はない。
「その報告書を返して下さい」
未だに高く掲げられた報告書に目をやりながら言うと報告書を持っていた男は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに締まりのない表情を見せた。
「え、何、お前……この妖精ちゃんと友達ぃ?」
「新規の妖精ちゃん、一名様入りまーす!」
1人がふざけると、もう1人が……それの繰り返しで、最終的には全員がギャハハと人間というよりも魔物に近い笑い声を響かせていた。
「え、何々? もしかして、友達を助けに思わず飛び出して……」
【返せ】
渡す気配の無い男に嫌気がさした俺は、先ほどよりも力強く、そして強制的に従わせるように言い放った。
俺の言葉を聞いた男の瞳は生気を失い、何かに操られたように高く掲げていた報告書を、なんの躊躇いもなく俺に手渡した。
「お、おい! お前、なに言うことを聞いてんだよ!」
仲間に詰め寄られた男は、一瞬だけ惚けたような表情を見せたが、すぐに我に返ったような表情に変わった。
「え、俺……なんで、返したの?」
「それは、こっちの台詞だっての!」
男は、自分の身に何が起こったのか理解していない様子。周囲の男達も俺達を取り囲む野次馬も戸惑った表情を隠していなかった。
その間に、俺は取り戻した報告書をリュウへと差し出す。
彼は呆然とした表情で俺を見つめた後、複雑そうな表情で礼を述べると報告書を受け取った。
「お、お前……今、俺に何をしたんだよ?」
怯えるように俺を見る男に、俺は思わず笑みがこぼれた。
魔王だった頃の俺を相手にしているならまだしも、魔法学校に入学したての新入生、しかも明らかに自分よりも年下に、そのような表情を向けるとは。
哀れを通り越して、愛しいとさえ思える。
「大したことはしていませんよ。返してと言ったのに返してくれなかったので、少し強硬手段を取らせてもらっただけです」
我ながら素晴らしい営業スマイルを向けると、男は情けない声を漏らしたが、周囲の男達は汗を垂らしながらも強気な姿勢を崩さなかった。
「妖精風情が生意気、言いやがって! お前みたいな奴は、模擬戦闘で痛い目に合わせてやる!!」
「……模擬決闘?」
何だ、それは?
そう尋ねる間さえ、周囲は与えてくれなかった。
「おいおい、聞いたか。模擬決闘だってよ!」
「しかも勇者と妖精の模擬決闘なんて、前代未聞じゃないか?!」
一方的に、よく分からないものをふっかけられただけなのに、この盛り上がり……
(此処の風物詩みたいなもの、か?)
それは何となく分かったが、誰が詳しい説明を……
「お前ら、賭けを始めるぞ!」
(え、賭け……?)
周囲を見渡すと、大きな箱に紙幣を詰め込む大人達の姿が見えた。よく見ると、自分と歳が変わらないくらいの若者の姿も数名いた。
まるで初めから用意されていたかのような、やけに流れの速い展開に、俺は男達へと目を向けると、彼らの勝ち誇ったような表情を見て嫌でも理解してしまった。
どうやら、この男達の思惑通りの方向へと展開は進んでしまっているらしい。
「決闘は明日の13時。パーティメンバーは3人……あぁ、種族は問わないから全員、妖精でも構わないぜ?」
最後まで嫌味を含ませながら、男達は颯爽とギルドから去って行った。
取り残された俺達も、周囲の興味一色に染められた視線から逃れるようにギルドを後にした。
「あ。報告書、出すの忘れてた」
「まぁ、色々あったしな」
それが理由として、ビィザァーナに通用するか……いや、しないだろうな。
よりにもよって、本来の目的を達成出来なかった事に気付いたのは寮の部屋に辿り着いた時だった。
しかし、リュウは再びギルドへと向かう事となった。
ビィザァーナからのお使いを、すっかり忘れていたからだ。
とはいえ、あんな事があった後。
本人も良い表情はしなかったが、ビィザァーナに後で怒られるよりはマシだと自分に言い聞かせるように言葉を吐いた彼を止める事は出来なかった。
今回の事は俺にも責任があると同行を自ら提案したが大丈夫だと、どこか否定的とも取れる笑顔を向けられ、俺は今度こそ口を閉ざした。
◇
リュウが出て行ったのを確認すると、俺は歩く辞書……失礼、グレイを念話で呼び出して部屋に招き、今日あった事を話した。
すると彼は、大袈裟に頭を抱えた。
『どうして貴方は、そう容易く面倒ごとに巻き込まれるんです?』
「そんなの俺が聞きたいくらいだ」
魔王の時もそれなりだったが、この世界に来てからは拍車をかけるように巻き込まれる率が高くなっている。
『模擬決闘とは、言葉通り、模擬的な決闘です。命のやり取りは一切無し、どちらかが戦意を喪失した時点で強制的に終了します。ただ……』
「……ただ?」
意味深に言葉を切ったグレイに、俺は首を傾げた。
彼は、少しだけ話すことを躊躇うような表情を見せた後、意を決したように言葉を続けた。
『模擬決闘なんて名前は隠れ 蓑に過ぎません。その主な活用法はギルド内での立ち位置を決定付けるものです。謂わば……見せしめ、と言うべきでしょうか。気に入らない相手や蹴落としたい相手を上手く言いくるめて決闘に誘い、賞金や地位を手に入れていくズル賢い連中のために作られた都合の良いシステムです。今回も例外ではなく貴方とリュウさんを陥れるための罠でしょう』
「だから奴らは、神経を逆撫でするような表情をしていたのか」
グレイの説明で大まかな事は分かった。しかし、分かったところで問題は消えない。
(明日の13時までに、あと二人確保しなければ……)
今回、模擬決闘を言い渡されたのは俺だ。
リュウは関係ないし、こんな仕様もない事にグレイを巻き込む義理もない。
「ただいまー」
リュウの軽い声に、俺の思考はかき消された。
見慣れない人物がいたせいか慌てて扉を閉めようとしたが、俺が呼び止めると初めて出会った生き物でも見るかのような視線をグレイに向けながら、自分の椅子へと腰をおろした。
「えーと、ライの友達?」
「……クラスの先輩だ」
初対面の奴が狭い空間に集まると、何故か自然と気まずくなる。
その空気に変に毒されて俺もなんだか気まずくなったが、今は解決すべき事があると鼓舞しながら、なんとか自分を保った。
「模擬決闘って人数が揃っていないと駄目なのか?」
『はい。万が一、開始時間までに人数が揃わなかった場合は自動的に辞退扱いとなり容赦なく不戦敗と判定されます』
不戦敗……それだけは絶対に避けたい。
「あと二人……どうするか」
「あと二人って何の話?」
会話に入ってきたリュウに、俺は先ほどの模擬決闘の話をすると、彼は驚いたような表情で詰め寄った。
「え、俺って既に戦力外通告を出されちゃったの?!」
「何の話だ?」
首を傾げた俺に、リュウはあっけらかんとした表情で言い放った。
「だってライと俺が出るのは決定事項だろ? だから探すのは、あと一人じゃないの?」
それが至極当然と言わんばかりに吐かれた言葉に、俺は思わず鳩が豆鉄砲を食ったような表情で彼を見てしまった。
このような展開になったのは俺1人の責任だと思い、無条件でリュウを除外していたのだが、どうやら彼の見解は違うらしい。
「元々は俺が原因だろ? 本当なら、お前は俺を助けようとしてくれた恩人だから巻き込んじゃいけないんだろうけど、今回ばかりはそうはいかないみたいだし……本当に悪いけど、最後まで付き合ってくれな?」
申し訳なさそうに眉を下げて言った彼に、俺の中で彼の株が急上昇した。
チャラそうな奴とか思って、すまん。薄情そうな奴とか思って、すまん。
これまでは見た目の印象のみで、お前を測っていたのは間違いだったようだ。
(相変わらずチョロいですね、魔王様)
脳内で何やら聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが、今だけは見逃してやろう。
「それで、どうしようか? 3人目は」
目の前にグレイがいるにも関わらず彼を誘わないのがリュウの人柄の良さを物語っている。
先ほども言ったが、俺も今回の件にグレイを巻き込むつもりは無い。
そうなると誘える範囲が極端に狭まってくる。入学して間もなく、これといって親しい友人もいない。
こんな状況では、たかが一人といっても誘うのは一苦労だ。
リュウと並んで頭を抱えていると近くでポヨンポヨンと相変わらず力の抜ける音を立てながら跳ねているスカーレットが視界に入った瞬間、俺は閃いてしまった。
「なぁ、グレイ。模擬決闘には、どんな種族も出られるんだよな?」
『出られますけど……まさか……』
早くも俺の思考を読み取ったグレイは表情を引きつらせながら俺を見た。
そんな彼とは対照的に、俺は我ながら天才的な閃きに口角を上げた。
模擬決闘を申し込んできた男も言っていた。〝種族は問わない〟と。
「リュウ、3人目を見つけ……いや、この場合は、3匹目と言った方が正しいか。とりあえず、必要な頭数は揃いそうだ」
「え、本当? 誰?」
リュウの疑問に言葉では答えず、俺は人差し指をスカーレットへと向けた。
俺に指をさされたスカーレットは不思議そうに俺の指へと近づくと触手を伸ばして俺の指に巻きついた。
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読者様がいるというだけで、作者は舞い上がります。←単純
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本当に、本当に、ありがとうございます!