38話_無駄に回収されたフラグ
だいぶ間が空いてしまいました…
作者の、乗り気にならないと書かないという悪い癖が発動中です…
まるで、その場所だけ時間が止まったかのように両者は見つめあったまま動かない。
しかし、椅子の背もたれに伸ばされた手に込められた力だけは、どちらも緩めない。
「ここ……私が狙ってたんだけど」
「俺も、そうだが……」
俺の言葉に、カリンはムッと眉をしかめた。
「……〝レディーファースト〟って言葉、ご存知無いのかしら?」
「知っているが……この状況と、何の関係があるんだ?」
「「………………」」
両者が掴む椅子からは、ミシミシと悲鳴が聞こえている気がするが、今だけは力を緩めるわけにはいかない。
今、この手を離したら負ける。何かに負ける。謎の意地が俺を背中を押す中、近くで座っている奴らが興味深そうに俺達を見つめ始めている事に気付いた。
見つめ合って数分が経過した時、俺達の仕様もない戦いは、呆気なく終戦を迎える事となった。
「カリンちゃーん、ここ空いてるよー」
間延びした声で呼ばれたカリンは後ろの方の席に座りながら手を振っている、頭に獣らしき耳を生やしている女子生徒の方へと顔を向けた。
彼女は毒気が抜かれたような表情で渋々と椅子から手を離し、俺を一瞥した。
「……フン!」
不愉快そうに鼻を鳴らしながら、彼女は目の前から去った。
(本当、俺の何がそんなに気に入らないのだろうか……?)
既に悟りの域に入っていた俺は怒りよりも、その疑問が思考を支配していた。
「お前……あの子に何かしたの?」
「何もしてない」
(……はず)
間も無くして、初めてのクラス合同授業が始まった。対象は、俺達を含めた新入生。
教壇に立っているのは、意外にもビィザァーナだった。
「はぁーい! 妖精クラス以外の子達はクラス分け召喚以来ね。これからの授業も含めて、君達の合同授業は私が担当する事になるから、よろしくね☆」
見事なウインクを決めながら開始早々、ビィザァーナ劇場が繰り広げられた。
「じゃあ、早速だけど授業を始めるわね」
そう言って彼女がパチンと指を鳴らすと、各々の机の上に1枚の紙が現れた。
A5サイズ程の、何も書かれていない白い紙だ。
「みんなの机の上に1枚の紙があるわね? みんなには今から、その紙に思いつくだけ種族の名前を書いてもらいます」
「え、何それ?」
「もしかして、テスト……?」
生徒達の動揺の声を制するようにビィザァーナは数回、手を合わせて叩いた。
「はーい。みんなの気持ちも分かるけど、とりあえずお喋りはそこまでよ。一応これ、テストだから」
ビィザァーナの言葉に数秒の間があった後、
「「「「「えええええええええ!!!!?」」」」」
不満を爆発させた生徒達の叫びが教室中に響き渡った。
ちなみに俺は当然、叫ぶなど体力の消耗にしかならない無駄な行為には及ばず、叫び声が聞こえた瞬間に耳を塞いだ。
「おいおい、テストって何だよ。聞いてねーぞ」
「しかも、種族って……私、そんなに知らないんだけど」
(専門的な魔法の知識ならいざ知らず、この世界に存在する種族を書けという単純なものだろう? 何を、そんなに騒ぐ必要がある?)
未だに騒いでいる生徒達を一瞥した後、俺は軽く息を吐き、紙にペンを走らせた。
ビィザァーナが強制的に生徒達を黙らせた頃には、白い紙は俺が書いた文字で埋め尽くされた。
「それじゃあ、回収するわね」
パチンと彼女が指を鳴らすと、机にあった紙は一瞬にして消えた。
彼女の手には、先ほどまで机にあった紙があった。
「フムフム………へぇ、成る程ねぇ」
1枚1枚に頷いたり、時には感心したような表情を見せると、俺達の方にニコリと笑顔を向けた。
「文句言っていた割に、みんな、よく書けてるじゃない。中でも特に、ライ君とカリンちゃんの2人は圧倒的ね。書いた種族の数もだけど、マイナーな種族まで、これだけ沢山書いてくれちゃって……先生のお仕事、取っちゃうつもりかしら?」
ヒラヒラと紙を泳がせながら名前を呼ばれた俺は、この時何故かほんの少しだけカリンの方へと振り返った。
振り返って……後悔した。
(……おかしい。俺はカリンを見るために振り返ったはずなのだが、何故……鬼が、いるのだろう)
「………………………」
気のせいだろうか。
鬼の面を被った彼女からゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……と、不穏な効果音が聞こえる気がする。
額に青筋を張らせ、目尻を吊り上げながら俺を見た後、チッと舌打ちして前へと向き直った。
その間は、1秒にも満たなかった。
俺へと向けていた表情は瞬時に見事なスマイルへと変わり、ビィザァーナの言葉に照れたように頬を少しだけ赤く染めていた。
今の俺にとっては、そんな表情にさえ恐怖が芽生えた。
「そんな、先生の仕事を取るだなんて滅相も無いですよ。私の知識なんて所詮、荒削りの物ばかりですから……私の父親が色々な種族と交流がある人だったので、それで自然に憶えていっただけですよ」
彼女の謙遜の言葉が謙遜に聞こえないのは、俺の心が汚れているせいだろうか?
背中に突き刺さる鋭利な視線のせいで、俺はビィザァーナの話を満足に聞くことが出来なかった。
俺の意識が現実へと戻るきっかけとなったのは、授業の終わりを告げるチャイムだった。つまり、ビィザァーナの話をほとんど聞けなかった。
「この世界には色々な種族が存在するけど、結局、みんな同じなの。起きて、食事をして、遊んで、仕事をして、寝る。だから、自分の価値観で種族に優劣をつける事は絶対にしないで。そして……例え、周囲から心のない言葉を浴びせられようとも自分の種族に胸を張りなさい。これ、先生との約束よ」
俺が唯一聞けたのは締めとも言える彼女の言葉。
その彼女の言葉に、数名の生徒が息を飲んだ。
授業が終わるとビィザァーナは教室からは出らず、リュウの方へと歩み寄った。
「リュウ君、登録書は書き終わったかしら?」
「え……」
「昨日、渡したでしょう? もしかして、まだ……」
「あ、あぁ!! 書きました、書きましたよ! 今から出そうと思ってたんです!」
「そう。それじゃ、登録書を出しに行くついでに、お使いを頼まれてくれないかしら?」
「お使い、ですか?」
「えぇ。コレを受付の人に渡してほしいの」
そう言って、ビィザァーナがリュウに手渡したのは少し薄汚れた小袋だった。
リュウの手に置いた時、カチャッと中に入っているであろう物が接触した音がした。
俺は教室を出ようと席を立つと、ガシッと力強く腕を掴まれた。
「ライ君、貴方もリュウ君と一緒に行ってくれないかしら」
(何故、俺も……?)
まさか同行をお願いされるとは思わず、訝しげな表情でビィザァーナを見つめていると、リュウは慌てた表情で彼女に詰め寄った。
「や、やだなぁ、ビィザァーナ先生。オレ1人で大丈夫ですよ!」
「……先日、頼んでいた資料を見事にブチまけて日暮れまで探していたのは、どこの誰だったかしら?」
ビィザァーナの言葉に、何か心当たりがあるのかリュウは引きつった笑みを浮かべた。
「あー……じゃあオレは登録書を出してきますね。あ、勿論、コレもちゃんと渡しておきますよ! ライ、行くぞ」
「おい、待て。俺は、まだ……」
……行くとすら、言ってないのに。
結局俺は、あれよあれよと言う間にリュウに(無理やり)連れられ、ギルドへと向かう事になった。
◇
ギルドに着いた瞬間、俺は思わず顔を歪めた。ギルドの中は広い。
人が多いとは言え、他にも場所は空いているのに。
(何故、よりにもよって受付の近くで……)
明らかに、お近付きになりたくない雰囲気を醸し出している連中が、受付の近くで下品な笑い声をあげながら楽しそうに話していた。
人を見た目や雰囲気で決めつけるのは良くないと、母に何度か言われた事はあるが、正直、俺は見た目や雰囲気で決めるのは間違ってないと思う。
取り巻く雰囲気や見た目で、大体、その者の性格は分かる。勿論、例外もあるが、大体は見た目や雰囲気通りだ。
リュウも俺と同じ気持ちなのか、心なしか連中を避けるように身体を少しだけそらしながら受付へと向かった。
「あの……コレを出しに来たんですけど」
「あぁ、分かりました。少々、お待ち下さ……」
「あれぇ〜? もしかして君、新人?」
(あ、これはマズイ)
側から様子を伺いながら俺は、これから起こるであろう面倒な展開に、既に頭を抱えた。
受付が受け取る前にリュウの報告書はニヤニヤと締まりのない顔をした男達の1人に横取りされてしまった。
「あ、ちょっと…!」
受付が思わず声をあげるが、男達は気にする素振りも見せず、フムフムと報告書に目を通し始めた。
「お、おい、返せよ…っ!!」
リュウが手を伸ばすが、男がリュウの手を軽く掴み、拘束した。
「まぁまぁ、兄ちゃん。そんなに怒らなくても返すからさ。すこーしだけ、大人しく待っててよ」
「……っ、ふざけるな! 返せよっ!!」
拘束を振り解こうとするが、男の力の方が強いのか逃れられない。
男達が目を通している間も、リュウは必死な表情で報告書を取り戻そうと奮闘していたが、リュウの努力も虚しく、報告書は全て読まれたようで男達は愉快そうに笑った。
「おいおいおい、マジかよ! 見ろよ、みんな。コイツ、妖精なんだって!!」
リュウの報告書を高く掲げてヒラヒラと泳がせながら、ギルド中に響き渡るような音量で男は言い放った。
男の言葉に抵抗を止め、リュウは絶望したような表情で高く掲げられた報告書を見つめていた。




