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36話_暗影

今回から、新たな話に突入です。

 校門の前でアランと別れた後、俺とグレイは校門を抜け、寮まで足を進めた。


「…………」


『…………』


 口を開くのが何となく躊躇われる、この空間。

 チラリとグレイを見ると、明らかに何か思い詰めたような表情をしていた。

 いくら前髪で隠そうとも、付き合いの長い俺には分かる。

 そして何故、彼が思い詰めた表情をしているのかも、粗方見当はついていた。


(……こうなったら、俺から話を切り出すしかないか)


 少し迷いながらも、意を決したように口を開いた。


「ミーナの事は、お前1人の責任ではない。お前の事だ……蘇生させようともしていたんだろう」


(はい……しかし、彼女に蘇生魔法は効かなかった)


「……拒絶したか」


 俺の言葉に、グレイは頷いた。

 どうやら、この世界の蘇生魔法は万能ではないらしい。この魔法は自分にかける事は出来ないし、面倒な事に発動させるための条件がある。

 その条件は、〝魔法をかけられる者が生きたいと強く望む事〟。

 魔法をかけられた当人が死を受け入れてしまえば、いくら魔法をかけた者が存命を望んでも、この魔法は発動しない。

 まるで上手くいきそうで上手くいかない、この世の中を表しているようだ、と……この条件の存在を初めて知った時、そんな感想が頭をよぎったのを覚えている。

 ちなみに俺が蘇生魔法と、この条件の存在をちゃんと把握したのは、この世界に来てからだ。理由としては、前世の俺にとっては必要無かったから。

 だから、例え前世で聞いた事があったとしても、その記憶は無い。

 結局、彼女は、この世に残る事よりも両親と会える世界に行く事を望んだ。

 彼女のいない今となっては、予想の範囲でしか語れないが、彼女だって普通の子どもだ。両親の温もりから離れるには、まだ早すぎた。無理に背伸びをして、強がる術も知らなかった。だから、彼女は……そこまで思考を展開させて、俺は無理やりかき消した。


(一方的な想いだけでは誰も救えない、か……)


 あの時、もっと良い方法が、選択があったのではないか。今更考えたところで、一度迎えてしまった結末は変わらない。

 それよりも今は、隣で分かりやすく落ち込んでいるグレイを少しでも元気づける事に専念しよう。


「グレイ。俺は、元ではあるが魔王だ」


(……知ってますけど)


 呆れたような表情で俺を見るグレイに、俺は首を振った。


「まぁ、聞け。その頃の俺は、何でも出来ると思っていた。世界を変える事だって、容易いと思っていた。結局、失敗に終わったが……」


 グレイは俺の言葉に、何か探るような表情を見せた。


「この世界に記憶を持ったまま生まれて、アランに会って、それから今日まで色々な事があって……俺は、ようやく知った。あの時の俺も、今の俺も結局、()()()()()だったという事を。実際、この世界に来て初めて知った魔法がある。この世界に来て初めて知った感情がある。お前だって、この世界に来て初めて知った事が1つや2つはあるだろう?」


 俺の問いに、グレイは考える間も無く頷いた。


「前世の分も含めると随分と長生きしているとは言え……お互い、まだまだ発展途上だな」


 自嘲の笑みを浮かべながら言うと、グレイは複雑そうに、しかし、僅かに笑みを浮かべながら、ゆっくりと頷いた。


 ◇


 グレイとも別れた俺は話し相手がいなくなり、この数日あった事を振り返っていた。

 スーツケースに片っ端から物を詰め込んだような……兎に角、数日という短期間の割に中身が充実し過ぎていた。

 1週間ほど滞在していた気がするが、実際はそんなに経っていなかったという事実に溜め息しか出ない。

 全てが終わった後でも、色々と腑に落ちない事は多いし、分からない事も多い。

 ……俺が最も嫌いなパターンだ。

 考えるだけ無駄だという事は重々承知しているのにも関わらず、ふと考えてしまう。

 いや、待て、こういう時は逆に考えろ。頭で考えてしまうだけの時間がある程にボーッと生きているからいけないのだ。

 つまり、考える暇すら与えない程に、俺の頭が忙しくなれば良い。

 この時の俺は、疲労や情緒が不安定だった事もあってか思考すら狂っていた。


(水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、窒素、酸素、フッ素、ネオン……いや、これじゃ駄目だ。2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31、37、41、43、47、53、59、61………これも、駄目だ。)


 勿論、巫山戯(ふざけ)ているわけではない。

 文字通り、()()()()()させているのだ。

 その方法は実に単純なもので、余計な事を考えさせないように常に何かを考える。

 内容は、何でもよかった。

 生まれてから今日まで食べたご飯のメニュー、意味もなく覚えた母の手帳に書いてあった誰かの電話番号と住所、スカーレットと出会ったばかりの頃に実は熟読していた〝モンスターの飼い方〜初心者編〜〟などなど……兎に角、思い付いたものを全て唱えて、余計な思考が割って入る隙間すら作らなかった。

 それなのに……


(頭の片隅の片隅の片隅くらいに、ずっと居座り続けてやがる……っ!)


 ズンズンと床を踏み抜くような勢いで一歩一歩前進する俺を、通りすがった数名が不審者を見るような目で見ていたような気もするが、気にも留めかった。

 気付いた時には自分の部屋の扉の前まで来ていた。思った以上に勢いよく開けてしまった扉に、リュウが異常なほどに身体を上下させた。


「び、びっくりした……」


「……すまん」


 胸に手を当てながら、はーっと息を吐く彼を見て、俺は思わず謝罪した。

 俺の姿を再認識した瞬間、リュウは驚いた表情で俺を見た。


「あれ、ライじゃん。昨日、帰って来なかったから、もう学校を辞めちゃったのかと……」


「そんなわけあるか。……クエストに行ってた」


「あ……そうなんだ」


 どこか覇気を感じられない声に違和感を覚えていると、リュウの机にある紙に目が止まった。


「それ……ギルド登録書か?」


「え? ……あ、あぁ、そう! ちょっと、書き間違えちゃってたみたいでさ。再提出しろって怒られた」


「何をやってるんだ、お前は……」


 呆れたように言うと、リュウは照れたように笑った。


「それより、どうだった? 初めてのクエストは」


「どうだったって……」


 どう言えば良いのだろう?

 思いつく限りで言葉を探し続けたが、この複雑な感情を言い表せる適切な言葉が見つからなかった。


「まぁ、初めてなんて、そんなもんだよな。あっという間というか、時間に身を任せる……とも違うけど、まぁ兎に角、一々、感想を抱いてる暇なんて無いよなぁ……なんて、俺はまだクエストに行った事ないから分からないけど……」


 そう言ったリュウの笑顔は、なんだか無理をしているように見えた。


「……何か、あったのか?」


 少ない日数での付き合いしかない自分が踏み込む領域で無いと、考えなかったわけでは無い。

 これは、ただのお節介という奴だ。

 俺の言葉が意外だったのかリュウは目を丸くして俺を見たが、すぐに、その表情は笑顔で隠された。


「んー、別になんも無いよ」


 軽口ではあったが、彼の笑顔が、これ以上踏み込むなと言っているような気がした。

 会って間も無いし当然だとは思うが……俺達の距離を改めて認識させられた。


「……そうか」


 俺はベッドに思いきりダイブした。

 バフッと布団が音を立て、衝撃でベッドが軽く波打った。

 背中の上に重みを感じ、少しだけ顔を上げて後ろを見るとスカーレットが俺の背中に乗っていた。

 今の俺にはスカーレットを退ける気力もなく、近くにあった枕に手を伸ばし、顔を埋める。


「疲れた……もう寝る」


「え、でも、まだ外、明るいけど……」


 リュウが何か言ったような気がしたが、俺の意識は既に海の底のような深い闇へと落ちていた。


 ◇


 完全に寝入ったのを確認したリュウは、再び机へと向き直った。


「何か、あったのか……ねぇ」


 登録書を持つ手に少しだけ力を入れると、クシャリと音を立てて皺1つ無かった紙に、いくつかの線が入る。


「どうせ、何でも出来る天才様には、一生理解出来ない悩みだよ……」


 日常で繰り広げてられている会話のように吐かれた言葉とは裏腹に、彼の瞳は鍵を何重にもかけられた扉のような拒絶を映していた。

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