35話_帰還
※最後(…と言っても、ほんの少しだけ)、リュウ視点です。
生き絶えたミーナの身体は不思議な光に包まれ、粒子となって空高く昇っていった。
彼女の魂は、還るべき場所へと還ったのだろう。
俺達は、儚い光を放ちながら上昇していく粒子を見えなくなるまで見つめる。
2頭の竜──ソフィアとルイーズもまた、哀悼の意を表するかのように雲の奥へと消えたミーナの魂に向かって悲しげに鳴いた。
空を見上げ続けていると背後の方で草を踏む音が聞こえて振り返ると、俺達を険しい表情で見つめているキーマとハンナの姿があった。
「ライ君……これは、どういう事だ?」
足場の悪い場所でバランスを取っているかのような、芯のない震えた声で彼は言った。
「どうして、此処に……」
「君が何やら慌てた表情で帰ったから、ミーナに何かあったんじゃないかと思って来たんだ。途中で片腕の無い村長に会ったよ」
感情を必死に抑えていたキーマだったがアランを見た瞬間、鬼のような形相で彼に詰め寄った。
「アンタ、俺達と約束したよな?! ミーナは必ず自分達が守ると!」
キーマの言葉に、アランは息を飲んだ。
「王都のギルドにいる連中は、君のように無責任で嘘吐きな奴ばかりなのか?!」
こんな表情、今の自分にはする資格なんて無いのに。
そんな心の声が聞こえてきそうな程にアランは悲痛な表情でキーマの言葉を受け止めている。
言いたい事を全て言い切り、力尽きたように、その場で膝を折ったキーマは地面を見つめてボソリと、しかし俺達の耳にはしっかりと届くように呟いた。
「……君達に頼ろうとした私が愚かだったという事か」
その一言は、やり場の無い怒りをぶつけられた時よりも、俺達の心を抉った。
それからキーマは涙と憎しみで歪んだ顔を向けながら〝早く此処から出て行け。二度と私達の前に現れるな〟と言って足早に森を去って行く。
この短い間に様々な感情が現れ、一つに重なる。
それは絵の具を全色混ぜたような決して綺麗とは言えない色になって心の中をジワジワと侵食していく。
本当はすぐにでもギルドに帰るつもりだったがガウスの事を思い出し、少しだけ二人に時間を貰ってガウスが倒れていた場所まで足を運んだわけだが。
「……いない」
現場は、そのまま。
だが、肝心のガウスはいなかった。
(逃げたんでしょうか?)
グレイの言葉に、俺は口元に手を添えながら考えた。
俺が見た限り、ガウスは上体を起こすだけでやっとだった。
そんな彼に逃げるだけの体力が残されていたとは思えないが、彼の姿は無い。
「ライ、考え事をしているところ申し訳ないんだけど……」
気まずそうに口を開いたアランに視線を向けると彼は、ある方角に視線だけ向けていた。
彼の視線を辿ると、先ほどから穴が空くのでは無いかと思ってしまう程に俺達を見下ろしている二頭の竜がいる。
「さっきから、ずっと僕達を見ているんだ……やっぱり、あの竜達も僕達のこと怒ってるよね」
申し訳なさそうにソフィアとルイーズを見つめるアランを一瞥した後、彼と同じように2頭の竜を見た。
そこで俺は違和感を覚える。
ミーナの記憶で見た彼らは、ここまで大きくなかった筈だ。
まさか湖で眠っている間に成長したとでも言うのか?
(恐らく今の姿は一時的なものでしょう。竜は感情が爆発すると本来の力よりも強い力を、そして本来の姿よりも更に進化した姿になる事があると昔読んだ本に書いてありました)
(相変わらず博識な事で……)
思考を読まれる事に慣れてしまった俺は最早、歩く辞書と化した元部下に感謝していた。
そんなやり取りをしていると、アランが慌てたような声をあげた。
「ラ、ライっ、竜が!」
顔を上げた瞬間、大きな口を開けた竜が俺の方へと近付いて。
────パクッ。
そんな効果音が聞こえてきそうな程に器用に俺の服を咥えて、引っ張ってきた。
その行為は何かを伝えようとしているように感じるが、その行為から読み取ることは出来ない。
だから、この竜がどういう意図で俺の服を口で挟み、軽く引っ張っているのか分からない。
何となく竜の頭にそっと触れると、もっと触れろと言わんばかりに頭を押し付けてきた。
「怒ってるどころか……懐いてる?」
異様な光景に、ついにアランが口を開いた。
グレイも意外そうに目を丸くして見ている。
「……俺達を、恨んでいないのか?」
思わず俺がそう尋ねると、その問いに答えるように喉を鳴らした。
その鳴き声から怒りや憎しみを感じられず、寧ろ、好意すら感じられる。
もう1頭の竜も、穏やかな表情で見守っている。
(意思疎通が図れないのが、不便ですね)
グレイの言葉を聞きながら、俺は自然と口を開いていた。
「……俺と一緒に、来るか?」
何故そう口にしたのか言葉にした後でも分からなかったが、竜はその言葉を受け入れたかのように目を瞑ると2頭の竜は光に包まれた。
光は強風に散った花びらのように舞い上がったかと思うと、次第に周囲に集まりだす。
日はまだ明るいというのに、小さい頃に見た蛍の集まる川を思い出させるような光景に思わず目を奪われた。光は次第に薄まり、最後は消えた。
先ほどまで触れていた竜の温もりが、まだ手に残っているような気がして手に視線を落とす。
右手首には見覚えのない模様が浮かんでいた。
その色は、あの2頭の竜の身体の色と同じ。
『これは、竜の所有印ですね』
「……所有印?」
グレイのボードに書かれた文字を見つめながら、アランは首を傾げた。
『竜は主と決めた相手の身体に謎の痣を付ける習性があるらしいです。今となっては、もう確認する事は出来ませんが、恐らくミーナの身体にも同じ痣があったんだと思います。主を決めた竜は痣の中に意識を眠らせ、主が必要とした時だけ眠りから覚め、守る。話には聞いた事ありましたが、まさか目の前で見られるとは』
グレイは興味深そうに俺の手首を見つめている。
「……水を差すようで悪いが、勝手に話を進めないでくれ。それにしても、よくもまぁ、それだけの長文を一瞬で書いたな」
『慣れですよ』
俺の素朴な疑問に淡々と答えると、軽く息を吐いて肩をすくめた。
『俺だって、全てを理解したわけではありませんよ。なにせ、彼らと意思疎通を図る手段がありませんからね。どういう気持ちで、そうしたのかは分かりかねますが、ただ分かるのは……あの竜達が、貴方を新たな主にした、という事です」
(俺を? ……何故、俺なんだ?)
俺は、ミーナを守ることが出来なかったのだ。
そんな相手を恨みはしても懐くなど普通に考えれば有り得ない。
腕に付いた二つの模様を見つめながら疑問を投げかけたが、答えが返ってくる事は無かった。
俺達を森まで送った転送装置。そんなに日にちは経っていないはずなのに、何故か懐かしく感じた。
「お疲れ様でした」
職員の女性に笑顔で迎えられ、俺達は何枚か書類を貰い、ギルドにある机でそれを書き終えると受付の職員に手渡した。
「はい、確かに。貴方、初めての依頼だったのね」
「……はい」
「それなら、今日は疲れたでしょう。家に帰ったら、ゆっくり休みなさい……あ、待って! まだ渡す物があったわ」
職員の言葉に俺は軽く頭を下げて既に書類を提出し終わったアランとグレイの元へ向かおうとした瞬間、受付に呼び止められた。
「はい、これ」
そう言って、受付から差し出されたのは一つ折りされた一枚の紙。
「これは?」
「依頼主からの依頼報酬よ。依頼書には何も書かれていなかったでしょう? そんな時は、依頼主が依頼を達成した人にあげたいと思った物が報酬になるの」
差し出された紙を受け取り、紙を広げた瞬間、息を飲んだ。
《お友達になってくれて、ありがとう》
紙に書かれていたのは、その一文だけ。それでも、すぐに送り主が誰なのか分かった。
溢れ出す感情を必死に抑えるように下唇を噛みながら受付に頭を下げ、今度こそ二人の待つ場所へと向かった。
「待たせたな」
「ううん、待ってないよ……ライも、貰ったんだね、ミーナからの手紙」
「あぁ……」
『……行きましょうか』
一気にしんみりとした空気の中、グレイがそう書いたボードを見せると俺とアランは頷き、出口へと足を進めた。
初めは互いに無言だったが、賑やかなギルドの雰囲気が良い仕事をしたのか、ほんの少しだけ会話が戻ってきた、そんな時だった。
「なぁ、一番弱い種族って何だろうな?」
「そりゃあスライムだろ」
「えぇ〜、俺はエルフだと思うなぁ。魔法じゃ敵わないけど、それさえ封じてしまえばアイツら何も出来ないからなぁ」
何気なく、その会話が気になって俺は少しだけ歩く速度を緩めて、その会話に聞き耳を立てた。
「分かってないなぁ、お前ら」
「は? 何だよ、それ」
「一番弱いって言ったら、アレだろ──妖精」
残念ながら…完全にギルドの外へと出てしまった俺は、その先の会話を聞く事が出来なかった。
◇
机に無造作に置かれた一枚の紙。
中央には〝再提出〟と大きく書かれたハンコが押されている。
新しく手渡された登録書を嫌いな食べ物を目の前にした子どものような表情でリュウは見つめていた。
双竜使いの少女編、とりあえず完結しました。
色々と明かされていない部分が残ってモヤモヤした終わり方になってしまいましたが、それは後々、拾っていく事になる……予定←
次回、《リュウ・フローレス 編》突入
 




