34話_そして、少女は故国に還る
※残酷な描写と死ネタを含んでいます。
※最初の方だけアラン視点、最後の方だけミーナ視点で進みます。
隣にいたはずのライが一瞬で槍を持った男に詰め寄り、虫でも払うかのような仕草で男を地面に向けて振り下ろした。
それから間もなく、重い鉛玉を高い建物から落としたような衝撃音が響いた。
片腕を無くした男性も、グレイさんも、固唾を飲んで空で繰り広げられている非現実的な光景を見守っていた。
ひょっとしたら僕は、自分が思っている以上に混乱しているのかも知れない。
彼を止めなければ。彼を止められるのは、お前しかいないと……強い意志を持った誰かの声が、脳内に響き渡る。
(……ンさん……アランさん!!)
突然、脳内に響き渡ったグレイさんの声で我に返った僕は、今まで無意識の内に生んでいた思考を遮断した。
(アランさんは彼を避難させて下さい。その間に、俺はミーナを……!)
「っ、分かりました!」
そう返事をした僕は、村長さんの方へと向かった。脳内に響いていた不思議な声は、もう……聞こえない。
◇
ガウスを見下ろした後、俺は横から近付いてくる熱気に気付くと、それを避けながら2頭の竜へと近寄った。
今の彼らを、力づくで抑え込むのは逆効果だ。
……あまり使用しない部類の魔法ではあるが、致し方あるまい。
「精神安定」
そう唱えると、我を忘れたように攻撃をがむしゃらに続ける竜達の頭上に膜のような物が現れた。
そこから雨のように降り注ぐ数多の光の粒子が竜達の身体に付着すると、次第に大人しくなっていった。
「……すまない」
人間の言葉を理解できるかも分からない相手に、そう呟くと、ガウスのいる場所の近くに降り立った。
彼が倒れている場所を中心に地面は抉れ、木々は薙ぎ倒されており、衝撃の凄まじさを物語っていた。
ガウスはまだ息があるようで、肩を上下に動かしながら俺を見ていた。
口元だけがはっきりと見え、顔の上半分は辛うじてフードで隠れていた。
「ははっ……化け物かよ」
「俺は、村の者達を騙して幼い子どもを殺させ、竜を殺そうとしていたお前の方が、よっほど化け物じみてると思うがな」
「……るせぇよ」
言葉を発する力も無くなってきたのか、ボソリと呟いた彼の言葉を聞くために歩み寄った。
時々、木の枝を踏むような音を立てながら近付いていくと、ガウスは何か意を決したように息を吸い、上体を無理やり起こして、俺を見て言い放った。
「何も知らねぇくせに、分かったような事を言うんじゃねぇ! お前に……お前に、俺の何が分かる?!」
上体を起こした際に彼の顔を隠していたフードがパサリと地面に落ちた。初めて見た彼の素顔に、思わず目を見開いて立ち止まる。
彼の顔の左半分の皮膚は焼け爛れていたのだ。口元だけは何の傷跡も無いが、頬から額にかけて赤黒いケロイドが所々に走っている。
「お前は竜に住んでいた場所を焼かれた事があるのか?! 家族を殺された事は?! 無いだろ?! 今まで平和の中で暮らしてたような、お前に!!」
大きく見開かれた右目の半分も開いているか怪しい左目を力一杯開けながら、怒りと憎しみを原動力に言葉を紡いでいる。
「俺は……あの日、決めたんだ。必ず、俺の街を……家族を殺した竜を殺すと……っ! だから、俺は……っ」
「竜使い達の村の竜達を襲ったのか?」
静かに問いかけると、男は吹っ切れたように鼻で笑った。
「あぁ、そうだよ! あんだけ沢山の竜がいるんだ。きっと、あの中のどれかの竜が俺の街を……」
ヒュンと風を切る音と頬を僅かに掠めた熱を持った何かに、ガウスは思わず口を閉ざした。
口を閉ざしたガウスを見据えたまま、手で作った拳銃をガウスへと向けていた。
銃口を示す人差し指からは、細長い煙が上がっている。
「もういい……それ以上、喋るな。不愉快だ」
彼のせいでミーナの両親は、そしてミーナは……
そう考えるだけで、この男への殺意がフツフツと湧き上がる。
「お前がしたことは、お前自身が竜にされてきた事と同じ……いや、寧ろ、それ以上に罪深いことだ」
「や、やめろ……俺は、俺は、まだ……」
「罪を償えとは言わん。ただ……今すぐ消えろ」
軽く息を吸って、あの魔法を詠唱しようと口を開いた時だった。
(……ぅさま……魔王様っ!!)
脳内に、グレイの声が響き渡った。
開きかけていた口を閉じ、グレイのテレパシーに応答した。
(何だ、俺は今、忙し……)
(今すぐ戻ってきて下さい。……ミーナが、目を覚ましました)
(……!)
ミーナが、目を覚ました……? しかし今は、目の前にいるガウスを……
(もう彼女の身体は限界で……いつまで保つかわかりません。ですから、早く!)
グレイの言葉に、優先順位を変えた俺はガウスをひと睨みして彼に背中を向けた。
ガウスは、その隙を見逃さないと言わんばりに手に取った槍を渾身の力で俺に向けて投げ放った。
ミーナの記憶の中に出てきたものと同じ槍。彼女の両親を死に追いやった、忌まわしい槍。
槍先が身体を貫く前に、振り返って槍を振り払うように軽く手を振ると、槍は跡形もなく崩れ去った。
「な……っ?!」
驚愕した表情で俺を見つめていたガウスだったが俺は歯牙にもかけず、グレイ達の元へ戻るために空高く飛び上がった。
「マジかよ……竜の鱗で作った特別製を……」
信じられないとばかりに呟いた後、彼は電池の切れた玩具のように再び地面に倒れ伏した。
グレイとアラン、そしてスカーレットに囲まれたミーナの元へ降り立つと、ミーナは僅かに首を動かした。
「……ライ、お兄、ちゃん?」
サクッ、サクッと颯爽を踏みしめながら進み、ミーナの前で跪いた。
開かれた焦点の定まらない瞳は、何かを探すように弱々しく動いていた。
「そこに、いる、の……?」
彼女の目は、既に機能を停止してしまっているらしい。もう彼女は、俺の姿を捉えることすら出来なくなっていた。
「あぁ……俺は、ここにいるよ」
そう言って、俺はミーナの頬に触れると彼女は安心したように少しだけ、表情を和らげた。
チラリとグレイの方を見ると、目が合った。
彼は、もう為す術は無いと首を振るだけ。
アランは彼女を見つめる瞳から大粒の涙をこぼし、彼女に添えられている手を震わせている。
(魔王様……)
縋るような声色で俺の名を呼んだグレイだったが、俺も首を振る事しか出来なかった。
この中で、治癒魔法に長けているのはグレイだ。
彼が何も出来ないというのだから……俺に出来ることは、何もない。
「あの、ね……私、ライお兄ちゃん達と、お友達になれて、嬉しかった、の……。でも……」
弱々しく開かれた目は次第に閉じていき、完全に閉ざされた瞬間。
溜まっていた涙が彼女の頬を伝っていった。
「もっと……たくさん………お話、したかった……な」
その言葉を最後に、彼女が目を覚ます事も、口を開く事も無かった。
俺は、ついに耐え切れず微かな嗚咽を漏らした。
◇
サワサワと髪を撫でる風が、草や土の匂いを運んでくる。
なんだか、その匂いがとても懐かしくて大きく息を吸い込んだ。
「ミーナ」
ママの声がする。
振り返ると、こちらに大きく手を振ったママがいた。隣にはパパもいて、私に笑顔を向けている。
ママとパパの竜達も、穏やかな声色で鳴いている。
「早く、こっちにいらっしゃい!」
いつもならすぐにママの元へ駆けて行くのに、その時は何故かママの元へ駆けて行く事を躊躇った。
(何か、忘れている気がする。大切だった、何かを……)
しかし、いくら考えても思い出せず、思考を振り払うように首を振った。
「今、行く!」
嬉々とした表情で、彼女は両親の傍まで駆け寄った。
そして右手で母親の、そして左手で父親の手をしっかりと握り、後ろは振り返らず還るべき場所に向かって足を進めたのだった。




