33話_青天の霹靂
数日ぶりの投稿です。
中々、思うように執筆が進まず、思った以上に時間が空いてしまいました……
※後半に残酷な描写があります。
※後半は、主人公ではない第三者視点となります。
※8/29、誤字報告を頂きましたので、訂正させて頂きました。報告して下さった方、ありがとうございました。
※8/29、ミーナの父の名前を〝ローウェン〟から〝ラグ〟に変更しました。
「……あれで良かったのか?」
「充分ですよ。どうやら貴方は、演技の才能もあるようですね」
ガウスの言葉に、村長の男は満更でもなさそうな表情で頭をかいた。
「さて、それでは行きましょうか」
「え、行くって何処に?」
そう言って、外へと続く扉まで足を運ぶガウスに、村長は困惑の表情を浮かべた。
「どこにって、決まっているではありませんか。竜使いの娘が隠れている森ですよ」
「え、でも実行は明日じゃ……」
村長の言葉に、ガウスは足を止めて振り向く。
「確かに、私は貴方に明日で全てを終わらせると言いました。しかし、明日に予定していたものを今日に繰り上げて、何か問題があるのでしょうか?」
「ま、まさか初めから、そのつもりで……」
「聞いた事ありませんか? 敵を欺くには、まずは味方からと。今日、貴方は自分の手でこの村に平和を取り戻し、この村の英雄になるのです」
フードの奥で意地の悪そうな笑みを浮かべたガウスは、声色からもこの状況を楽しんでいるのが分かった。
◇
そんな会話が交わされていたとも露知らず、俺はキーマさんの家へと招かれた。
開かれた木製の扉に、思わず故郷の家を思い出した。
「お帰りなさ……あら、貴方は?」
扉の奥で出迎えてくれたのは女性だった。俺が名前を名乗り会釈すると、キーマが彼女を紹介した。
どうやら彼女はキーマの妻で、名前はハンナというらしい。
手触りの良さそうな彼女の薄緑色の長い髪が、歩く度に意志を持っているかのように揺れ動いている。
「昨日、家に来た2人の友人らしい。私と話がしたいというので、連れて来たんだ」
「まぁ、そうだったの。すぐ、お茶を用意するわね」
そう言って奥の方へと姿を消したハンナの後を追うようにキーマと俺も、奥の部屋へと足を進めた。
昼御飯を作っている最中だったのだろう。仄かなカレーの匂いが、俺の鼻をくすぐった。
「座ってくれ」
「……失礼します」
椅子に座ると、向かいの椅子にキーマも座った。はっきり言って、俺は遠回しな誘導が嫌いだ。だから、聞きたい事を真っ先に単刀直入に言わせてもらう。
「キーマさん、〝メリッサ〟という女性をご存知ですか?」
俺がそう問うと、キーマは分かりやすく表情を変えた。
丁度、湯気の立ったティーカップを3つ持ってきたハンナもキーマと同じような表情で俺を見た。
「ど、どうして、その名前を……」
「偶然、彼女とお会いする機会がありまして」
嘘も、ここまでくると清々しい。知り合いどころか会った事すら無いし、ミーナの記憶を見なければ、彼らとミーナの関係に気付きもしなかったが、今は少しでも早く話を進めなければならない。
寄り道をしている暇は無いのだ。
キーマは大きく息を吐き、ハンナも俺とキーマの前にティーカップを置くと、キーマの横にある椅子に座った。
「そうだったのか……メリッサは私達の娘なんだ」
キーマがそう言うと、昔を懐かしむような表情でハンナが口を開いた。
「昔、この村に竜使いが来た事があったの。彼はラグさんといって、後にメリッサの旦那になる人なんだけどね。口数は少ないし、正直、愛想が良いとも言えない人だったけれど……本当は自分の感情を表に出すのが苦手な不器用な人なんだって分かったの」
あの時、ミーナの記憶に現れた父親はラグというのか。
彼の最期をミーナの記憶を介して知ってしまった俺は彼がミーナに最後に伝えた言葉を思い出し、思わず目の奥がツンとした。
幸いにも気付かなかった夫婦は、互いに当時の記憶を掘り起こすように口々に思い出を語り始めた。
「メリッサからは月に一度の頻度で手紙を貰っていたんだ。竜使いになった時も、子どもが生まれた時も、手紙で教えてくれた。ただ最近は、忙しいのか手紙が届かないんだ」
寂しそうに笑うキーマに思わず俺は顔を歪ませた。
俺は、手紙が届かない理由を知っている。
そして、これから先も、彼女からの手紙が彼らに届く事は無いという事も知っている。
(勿論、その理由を彼らに告げるつもりは無いが……)
歪ませていた表情を無理やり戻し、俺は彼らの話に耳を傾けた。
「ただ残念ながら、その子どもとは実際に会った事は無かったから、その子がどんな容姿をしていて、どんな風に笑って、どんな声で話すのかは全然知らなかったのよ。今度、連れて来るからその時までお楽しみと言われてね。でも、その子の名前だけは手紙に書いていたの。ミーナちゃん……それがその子の名前だって」
やはり俺の予想は的中していた。
彼らはミーナの正真正銘の祖父と祖母だ。
「初めて彼女がこの村に来た時から違和感は感じていた。ボロボロだったけどメリッサと同じ髪色で、どことなく昔のメリッサにも似ていた。しかし、それを確かめる前に、彼女は竜と共に森の中へと姿を消した。 その後、何度か足を運んだが、警戒しているのか姿を現さなかった」
「村の状況からして彼女を村に連れて帰る事が出来なかったし、だからと言って放っておけなかったから、こっそりと食事を森にあるボロい家の前に置いたの。あそこに置いておけば、気付いてくれるかなと思ってね」
ハンナの言葉を聞いて俺はミーナの、ある言葉を思い出した。
『時々、〝小人さん〟が、食べ物を持って来てくれるの』
『家の前に……いつの間にか置いてあるの。誰が置いてるのかは分からない。だから、私は小人さんって呼んでる』
やはり、食べ物を持って来ていた小人の正体は、この夫婦だった。
「持って行った食事が無くなっていたから恐らく食べてくれたんだろうと思って、それからは毎日……とまではいけなかったけど、出来る限り、食事を届けるようにしていたの」
「ミーナは、ハンナさんの料理をとても美味しいと言っていました。昔、メリッサさんが作っていた料理の味に似ていると」
俺の言葉にハンナは目を潤ませ、口元を手で覆うと、顔を俯かせた。
「そりゃあ当然よ」
しかし、涙は流さず、自分の感情に抗うように笑みを浮かべたまま俺を見つめた彼女は言った。
「だってメリッサの料理は、私直伝だからねぇ……っ!」
初めて、自分で自分の顔が見る事が出来ない事に感謝した。
きっと今の俺は魔王だった頃の欠片も残っていないくらいに、情けない顔をしているだろうから。
「……ミーナには会わないんですか?」
「会いたいけど、いざ会おうとなると勇気がねぇ。出会いが出会いだったから、私達を見たら怖がるかも知れないと思って、食事を届けたらそそくさと村へ戻った……なんてのは言い訳で本当は私達が怖いの。会って怯えた表情で彼女に見つめられたら、きっと悲しくて、辛くて、泣きたくなるから」
彼らの気持ちは分からないでもないが、ここで自分から歩み寄らなければ、きっと後悔する。
(何か、彼らの力になれる事は無いのか?)
◇
「……あれ?」
服のポケットに手を入れたミーナは、そこにあるはずの物が無くなっている事に気付いた。
違うポケットにも手を入れたが、やはり無い。
辺りを見渡したが、目当ての物は見当たらない。
「どこかに落としちゃったのかな?」
サァッと顔から血が引いていくのを感じる。
ミーナは慌てて、今日いた場所や歩いてきた道を思い出す。
(今日は湖と、あの家にしか行ってない)
湖付近には見当たらないという事は、あの家の中に落として来てしまったのだろうか?
チラリとテントを見ると、アランとグレイが話に夢中になっていて、ミーナの方を気にしている様子は無い。
出来れば、2人には気付かれずに探しに行きたい。
せめてライが帰ってくるまでは、あれの存在を知られたくない。
(今ならっ!)
そう言って、アランとグレイから視線は外さないまま、少しずつ家の方へと足を進めた。
(少しずつ……そーっと……そう、ポヨンと……ん? ポヨン?)
足に当たった柔らかな何かに、思わず足元を見ると、こちらをジッと見ている(ような気がする)スカーレットがいた。
まるでミーナに、〝どこに行くの?〟と尋ねているかのようだ。
「……ちょっと、おトイレに行ってくるだけだから」
もっとマシな嘘は無かったのだろうか?
そもそもスライム相手に、こんな嘘をつく必要があったのだろうか?
そんな疑問が浮かんだが、何より今は探しに行く時間が欲しい。
熱を持った顔を冷ますように両手で団扇のようにパタパタと風を送りながら、足早に家までの道を進んだ。
スカーレットは頭上にハテナを浮かべながらミーナの背中を見送っていたが、アランとグレイを見て少し考えるような仕草を見せた後、ミーナの後を追った。
まだ探し始めてもいないのに息が上がっている。
家の前で胸に手を当て、フゥと息を吐いた。
(……うん、少しだけ落ち着いた)
少しだけ、呼吸の音の乱れが収まったのを確認すると、ミーナは辺りを見渡す。
家の周辺には無さそうだ。それなら、やっぱり家の中?
家の中へと足を踏み入れると、今ではすっかり聞き慣れた床の軋む音がした。
ギィギィと歩く度に出る音に、不気味さよりも楽しさを見出すように一歩一歩進んでいく。
奥の方へ進んでいくと沢山の折られた紙が入れられた箱と、その周辺にクシャクシャに丸まった紙が散らばっていた。
「ここなら、あるかな?」
丸まった紙を広げながら、一つ一つの紙を見ていったが、どれも自分の失敗作ばかりで目当ての物は見つからない。
ここにも無いかと諦めかけた瞬間、クシャクシャになった紙屑の中に唯一、綺麗に折られた紙を見つけた。
拾って広げると、それは今まさに、ミーナが探していた物だった。
「……あった!」
探し物が見つかり、思わず顔を綻ばせると、ギィと床が軋む音が背後から聞こえた。
今、自分以外、この家の中に居ないはずだ。2人に気付かれてしまったのか、それとも、スカーレットが自分を追って……?
後ろを振り返ると、そこには、アランでもグレイでも、況してやスカーレットでもない男が。
────ズドォン!!
耳を刺激する重い金属音に、キーンと耳鳴りが脳内に響き渡ったが、ミーナは耳を閉じる事はせず、呆然と目の前の男を見た後で自分の胸元を見た。
真っ白で洗ったばかりの服に小さな穴が空き、そこから赤いものが流れてくる。流れ落ちる赤は、白い布に赤い道を作っていった。
「え……ぁ、れ?」
事態を把握するよりも早く、彼女の身体は糸を切られた操り人形のように、その場に崩れ落ちた。
「は……ははっ……やった……やったぞ!」
倒れたミーナを見て、やり切った表情で男ーー村長は、異常なほどに荒い呼吸で言葉を吐いた瞬間、ポヨンと力の抜けるような音に全神経が敏感になっていた彼はビクリと身体を上下させた。
恐る恐る振り返ると、真っ赤なスライムがフルフルと震えていた。
「……何だ、スライムか。それにしても初めて見る色だな」
安堵した表情で拳銃を服の胸元に仕舞うと、スライムに近付いた。
「こんな所で、どうした? 迷子か?」
そう尋ねながら、スライムを撫でようと手を伸ばした。
スライムも彼の手に応えるように、触手を伸ばした。
「え……」
驚く声を出す間もなかった。
ヒュンと空を切る音が聞こえたと思った瞬間、彼は自分の身体が少しだけ軽くなったように感じた。
いや、軽くなったと言うより、これは……
視線を少しずつ落としていく、まだ、もう少し……あと、もう少し、下に……
「ヒッ……」
今まで出した事のない声が出た。
スライムへと伸ばしたはずの手が無くなっているという衝撃の光景を、現実として受け入れてしまった彼の脳は神経を駆け抜け、痛覚となって襲いかかった。
「ぅ……うぁああああああああああ゛あ゛!!!!」
半分以上失った腕を掴みながら、彼は突然襲ってきた痛みに耐えるように、のたうち回った。
獣のような叫び声を拾い上げた風は家を飛び出し、湖の方まで運んでいった。
その叫びは、丁度、ミーナとスカーレットを探していたアランとグレイにも届き、2人は未だに僅かに響く音を頼りに走った。
目的の場所まで辿り着いた2人は、目の前の惨劇に戦慄した。
先の無い片腕を押さえながら、のたうち回る男。
床に倒れたまま微動だにしないミーナ。
そんな彼女を起こそうとしているのか、伸ばした触手で彼女を揺り動かすスカーレット。
明らかに異常な光景に、2人は言葉を失ったが、真っ先に我に返ったグレイはアランに男を任せ、ミーナの元へと駆けながら、ライにテレパシーを送った。
同時刻、グレイからのテレパシーを受信したライは話を中断し、グレイのテレパシーに意識を向けた。彼にしては珍しく、やけに切羽詰まった声だった。
(どうした?)
(今すぐ、ミーナの家に戻って来て下さい! ミーナが、血を出して倒れて……っ!)
「!」
思わず立ち上がった瞬間、ガタッと椅子が音を立てたが、そんな事を気にしている余裕は無かった。
目の前で夫婦が困惑した表情を浮かべていたが、説明している暇もない。
「すみません。急用が出来たので失礼します」
そう一言だけ言うと、瞬間移動で、グレイに言われた場所まで移動した。
瞬間移動して、目の前に広がる現実に言葉にならない感情に支配された。
肘から先の無い片腕を力一杯布で縛っているアラン。
胸元から血を流して倒れているミーナに治療魔法を使い続けているグレイ。
グレイの横で、触手を揺らしながら、どこか落ち着かない様子で見守っているスカーレット。
アランの手当てを受けているにも関わらず、男はアランに感謝どころか、気にかける様子も無く、クククッと愉快そうに笑っている。
異常な男の態度を訝しげな表情で見つめていると、男は誰に言うでも無く、口を開いた。
「ガウス……わ、たしは、やった……っ! 私は、……」
────グァァァァァァアア゛!!
突然の竜の咆哮に思わず耳を塞いだ。
まるで、大切な者を傷つけられたような……まさに怒りと悲しみに身を任せた咆哮だった。
(まさか……っ!)
誰よりも先に結論に行き着いたライは、慌てて家の外へと駆け出した。
外へ出ると、森の木々よりも高く飛沫をあげながら、空まで突き抜ける塔のように聳え立つ2頭の竜が見えた。
森林と擬態できそうな深い緑の竜と桃の花のように淡い桃色の竜だった。どちらがソフィアで、どちらがルイーズなのかは分からないが、あの2頭の竜がミーナの言っていたソフィアとルイーズで間違いないだろう。
「ど、どうして?!」
先ほどまで愉快そうに笑っていた男は、顔を蒼褪めさせながら竜を見上げていた。
そんな彼を嘲笑うかのように、パチパチと乾いた拍手が嫌に響く。
「さすがは村長さん。やはり貴方は英雄となるに相応しい方だ」
「ガ、ガウス……これは、一体、どういう事だ?! あの娘さえ殺せば、この村は平和になるんじゃなかったのか?! 竜は目覚めないんじゃなかったのか?!」
ガウスに詰め寄る村長に、ガウスは慌てる様子も無く口を開いた。
「村長さん、私は申したはずです。敵を欺くには、まずは味方から……と」
そこまで言うとガウスは、態とらしく首を傾げた。
「確かに敵は欺きましたが……可笑しいですね。私の味方は一体誰なのでしょう?」
この状況が面白くて仕方がない。
彼の声色から、そんな感情さえ感じる。
嫌味を含めた言葉に、村長は身体を震わせた。
「ふ、巫山戯るな!! わ、私はお前の言葉を信じて……信じて、こんな……っ!」
「……うるせぇな」
苛立った声色で言い放ったガウスは背中に背負っていた槍を手に持つと、大きく振り回し、村長を無理やり引き剥がした。
「心配しなくても竜は、俺が殺してやるよ。そのために、俺はここまで来たんだからな」
そう言うと、槍を構えたガウスは空高く飛び上がった。
彼の槍が、1匹の竜に狙いを定めると、そのまま突っ込んでいった。
竜達が吐いた火を器用に避けながら、少しずつ、確実に距離を詰めていく。
竜の喉元まで、あと僅かという時、彼の身体に、ある違和感が生まれた。
身体は前へと進んでいるはずなのに、頭だけはそれ以上前へ進む事を拒絶するように後退していく。
まるで、何かに引っ張られているような……スローモーションのように、ゆっくりと流れる時間の中でガウスは後ろを振り返ると、そこには憎しみの感情一色に染められた瞳を向けたライが、ガウスの頭を鷲掴みにして……
「退け」
無音の中、ライの一言だけがガウスの耳に届いた瞬間、彼の身体は重力から解放されたかのように軽くなったかと思うと、今度は存在ごと消してしまうのではないかと錯覚してしまうほどの重力が、彼の身体を襲った。
ガウスは自分の身に何が起こったのか、全く理解出来なかった。
ただ、思考がようやく正常になった時には、彼の身体は、一切の容赦がなく地面へと叩きつけられた。
「がぁ゛っ?!」
途切れそうな意識を何とか保ちながら彼は、力を振り絞って空を見上げた。
弱々しく開けられた彼の目には、冷酷な表情でこちらを見下ろす魔王の姿が映っていた。




