32話_不穏の中に生まれる思惑
サブタイトルで相変わらず無駄に迷うし、シリアスの雰囲気作りも難しい……です。
サブタイトルのセンスも、シリアス描写のセンスもある方が羨ましい…!と思う、今日この頃です。
なんとなく居心地が悪くて身動ぐと、手がグレイの身体に当たった。
「あ、悪い」
『大丈夫ですよ』
ちなみに、このやり取りは既に13回目だ。
「あはは……流石に無理があったね。男3人が1つのテントで寝ようなんて」
アランの持ってきたテントは2つ。
その2つのテントで寝るのは男3人と少女1人と、スライム1匹。
振り分けは、すぐに決まった。
一つのテントには俺とグレイ、アラン。もう一つにはミーナとスカーレット。
この組み合わせに異論は無い。
いくら少女とは言え、女性と同じ屋根(正しくはテント)の下で寝るのはどうかと思うし、だからと言って1人で寝かせるのは、もしもの時があった時を考えると不安だ。
だからスカーレットを用心棒として彼女と同じテントで寝かせる事にしたのは正しい判断だったと思う。
それにしても、だ。これは狭い、狭すぎる。寝返りも満足に打てやしない。
これなら肌寒い夜風に耐えながら外で寝た方がマシだったかも知れない。
その程度の問題なら、魔法で何とでもなるのだから。
「……これから、どうしようか?」
アランの言葉に、俺はテント云々の思考を投げ捨てた。
確かに、これからの事を考えるのは大事だ。正直、クエストは達成したも同然だろう。
なにせ、クエストの内容が〝お友達になってください〟だ。
ミーナとは友達になった。これ以上、此処に留まる理由は無い……無い、のだが。
『彼女の置かれた状況を見る限り、このまま帰るわけにはいきませんね』
そう書かれたボードを見せるグレイに、俺とアランは頷く。
「ギルドに連れて帰るのはどうかな? このままここにいたって、ミーナちゃんは……」
「それは無理だろうな」
アランの提案に俺は首を横に振った。
グレイも俺と同じ考えのようだ。
「え、どうして?」
「この湖には、ミーナの友達である竜達が眠っているんだ。彼らを置いて行こうなんて、まず彼女は考えないだろう」
『今のところ、竜を起こす事は難しいでしょうからね。万が一、今日会った竜殺しに見つかれば無事では済まないでしょうし』
俺とグレイの言葉に、アランは歯痒そうな表情を見せた。
それから会話が途切れ、なんとなく気まずい雰囲気が流れる中、俺は、その空気を断ち切るように口を開いた。
「明日、村に行ってみようと思う」
「ツードラゴ村に?」
「あぁ」
まだ、自分の目で村の様子を確かめていない。
アラン達が会った村人と話がしたいし……村長がよく会うという不審な男……恐らく、あのガウスの事だろうが、少しでも何か情報を得られるのなら村長とも話をしたい。
『……俺も行きましょうか?』
「いや、お前とアランはミーナと一緒にいてくれ。また村の奴らが来るかも知れない。その時は、俺の代わりにミーナを守ってくれ」
『はい』
「分かった!」
着々と明日の予定を立てている一方、ミーナとスカーレットがいるテントでは月明かりを頼りにして、薄汚れた紙に何やら書き留めていた。
持つのも難しそうなほど短い鉛筆を器用に持ち、プルプルと腕を震わせながら文字を書いていく。
そんなミーナの姿を、スカーレットは隣でジッと不思議そうに見つめている。
「……ライお兄ちゃん達には、まだ内緒ね」
口元に人差し指を添えながら言うミーナに、スカーレットは彼女の言葉を理解したような頷きを見せたのだった。
◇
朝が来た。
眠りにつく前から嫌な予想はしていたが、こうも身体に直接的なダメージが来ると辛い。
身体を伸ばす度に、関節が嫌な音を立てる。自分が思っていたよりも、昨日の寝相は身体に負担をかけていたらしい。
「あ、おはよう。ミーナちゃん」
「……おはよう」
向かいのテントから出てきたミーナは、アランの挨拶に目を擦りながら返していた。
そんなミーナとは対照的に、スカーレットは既にテントから出て、触手を水面に叩きつけて遊んでいた。
水音と共に水が飛び上がり、周辺の土を濡らしていく。
「スカーレット、朝飯だ」
そう言って昨日の残りの果実を投げると、水遊びを続けたまま新たに触手を生やし、パシッと見事にキャッチした。
(此奴、まさか全方位が視覚範囲だとでも言うのか?!)
予想外なタイミングで、また新たにスカーレットの事が知れた。
「テントの片付け、手伝う」
スカーレットについて新たな発見をしている間に、ミーナは自分が寝たテントへと手を伸ばした。
女の子1人でテントを崩すのは大変だ。手伝おうとミーナの方へ歩み寄った。
「あぁ、大丈夫だよ。このテント、一瞬で元に戻るから」
アランの言葉を理解する前に、近くにあったテントが一瞬で元の、クルクルと巻かれた布の塊になった。
俺が呆然と見つめている間に、彼は布の塊を回収し、もう1つのテントへと近付いた。
「テントの横に紐みたいのが出てるでしょ?」
テントの横には確かに、ヒョロッと細長い紐のような物が出ている。
下手すれば、布の解れと間違って、そのまま切ってしまいそうだ。
「この紐を思いっきり引っ張ると……」
アランが思いきり紐を引っ張ると、あら不思議。
テントが一瞬で布の塊に大変身。
(……どういう構造になってるんだ?)
「すごいっ!」
ミーナは手品でも見たかのように目を輝かせながら、アランに拍手を送っていた。
ミーナ1人分の拍手にしては、やけに拍手の音が多いなと辺りを見渡していると、俺の隣でグレイが拍手を送っていた。
素晴らしい。彼の顔に、確かに、そう書かれていた。
元々変わった奴ではあるが、ますます磨きがかかっているような気がする。
(阿呆らしい)
グレイから視線をそらすと、2本の触手をペチペチとぶつけ、恐らくミーナとグレイの拍手を真似ているのであろうスカーレットの姿を見てしまった。
結局、仲間外れなのは俺だけなのかと、盛大に息を吐いた。
朝から色々とあったが、疲れている暇は無い。朝食を食べ終えると早速、村へと向かう事にした。
「それじゃ、行ってくる」
「うん。気を付けてね」
『彼女の事は、任せて下さい』
「行ってらっしゃい」
スカーレットも触手を左右に振りながら、俺を見送ってくれている。各々が様々な反応で俺を見送り、俺は村のある方角へと足を進めた。
村の風景はアランから聞いていた通り、俺達の住んでいた村と似ているが、村を漂う雰囲気は、どこか異様だ。
それは、目の前にある人集りが、そう思わせているのかも知れない。
何事かと、なるべく目立たないように近付いていくと、木の箱の上に立った若い男が何やら演説をしていた。
「我々は、この数ヶ月間、竜に怯える生活を続けてきた。しかし、そんな生活とも、おさらばだ。明日、必ず竜使いの少女を見つけだし、処刑する!!」
(ミーナを、処刑……?)
男の言葉に賛同するように、周囲にいた村人達が声を上げた。
「ちょ、ちょっと、待ってくれっ!!」
人集りをかき分けるように男の前に現れたのは、1人の村人だった。
背後から見ても、その男は年配だと分かる程に老いぼれていた。
「……またアンタか、キーマさん」
「確かに、あの竜達は一度は、この村を焼き尽くそうとした。しかし、それは我々があの子の話を聞かなかったからではないか?! あれ以来、竜達が村を襲った事なんて一度も無かったじゃないか!! 何も処刑だなんて」
キーマと呼ばれた村人が力一杯叫ぶが、男は忌々しそうに目を細めるだけ。
「それは今日までの話だろう?! 明日は? 明後日は? いつまでも竜が襲ってこないなんて保証なんて、どこにも無いだろ?」
「そ、それは……」
「あの子どもさえ殺してしまえば、この村が襲われる事は無いとガウス様が仰っていたんだ!! 竜相手なら無理だと諦めていたが、子ども1人を殺すなら私達にも出来る」
「アンタは、幼い彼女の殺すことに何の躊躇いも無いと言うのか?!」
「躊躇い? どうして、そんな物が必要なんだ?」
「な……っ」
箱の上から飛び降りた男は、キーマの方へと歩み寄っていく。
「勘違いしてもらっては困るな、キーマさん。全ては、この村の為……そう。俺は、この村の平和を守るために戦いに行くだけさ」
「物は言いようだな。それで? 村の英雄にでもなるつもりか?」
「──そうですね。もし、彼が全ての元凶を倒したその時は、英雄になっているでしょう」
いつの間に人集りに紛れていたのか、ガウスがキーマと男の間に立った。
「おぉ、ガウス様だ!」
「ガウス様! これで俺達の村は守られるんですよね?!」
「えぇ、その通りです。貴方達はもう、恐怖に怯え縮こまる臆病者なんかじゃない。今こそ、武器を手に取り、敵の首を討ち取るのです。相手は少女1人。皆さんが手を焼くような相手ではないでしょう?」
ガウスの言葉に、心酔したように聞き惚れていた村人達は再び雄叫びをあげた。
「……っ、ガウス!!」
その中でキーマだけは、心底憎いと表情を歪ませた。
「分かりません。何故、貴方だけは私の言葉に賛同して下さらないのです? 貴方だって、この村を襲われたら困るでしょう?」
「竜は全て人間の敵だというアンタの考え方が気に食わないんだ! 竜だって人間と同じだ! 良い奴もいれば悪い奴もいる。せめて、それを判断してからでも遅くは……」
「キーマさん」
キーマの言葉を、ガウスは一言で制した。心なしか、声が低くなり、どこか怒りが込められているようにも感じる。
「やけに竜に肩入れしますね。もしや貴方、あの竜達の事について何か知っているのではありませんか?」
ガウスの言葉に、キーマの肩がピクリと動く。
それを見逃さなかったガウスは、何やら勘付いたように声を漏らした。
「村に来た竜達については何も知らない。だが、私の娘は竜使いだ。娘は言っていた。竜は警戒心が強いだけで本当はとても優しい生き物だと! だから、私は竜を殺そうとするアンタも、竜使いの子どもを殺そうとする村長の意見にも徹底的に反抗してやる!!」
全てを言いきったキーマは肩を上下させながら、ガウスを睨みつけていた。
「残念ですよ、キーマさん。私としては貴方にも理解して頂いて、村人全員が一丸となって村の平和のために尽力する姿を見たかった。しかし、それは叶わぬ夢となってしまったようですね」
心底残念だという素振りを見せながら、まるで与えられた台詞をそのまま読んでいるかのように感情が込められていない声色でガウスは言葉を紡いでいく。
「私達、竜殺しは基本的に竜以外の殺生は禁止されています。しかし、例外がありましてね。殺すべき対象を守る者、若しくは竜殺しの仕事の邪魔をする者。そういった者達は例外なく排除する事が許されているんですよ」
脅しをかけるように背中に背負った槍に手を伸ばしたガウスに、キーマは思わず身構える。
「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。今のはほんの冗談。私は寛大なので、言葉のみの反抗程度で貴方をどうこうしようとは思っていませんよ。ですが……」
そこまで言ってキーマとの距離を一瞬で埋めたガウスは彼と、彼の周りにいる村人達にまで言い聞かせるように声を張り上げた。
「これ以上に目立った邪魔をするというのであれば、それ相応の覚悟を持って頂かなければなりません」
どうか、その事をお忘れなく……と言葉を付け足し、男は颯爽とその場から去って行った。
村長を筆頭に村人達はガウスの後をついて行き、人集りはあっという間に姿を消した。残されたのは俺と、キーマだけだった。
「一体、どうすれば……」
この世の終わりだとばかりに青褪めた表情を見せるキーマに、俺はすかさず話しかけた。
「あの、」
「!」
話しかけられて初めて俺の存在に気付いたキーマはビクリと身体を震わせた。
「君は?」
「俺は、ライといいます。昨日、俺と同い年くらいの2人組の男と会いませんでしたか?」
「2人組……もしかして、昨日の少年達の仲間かい?その服装も、昨日来た少年の1人と同じ物だし」
キーマの言葉に、俺は頷く。
「俺達は今、竜使いの子ども……ミーナと一緒にいます」
俺の言葉に、キーマは分かりやすく目を見開いた。
「俺達も彼女を助けたいと思っています。どうか、俺にも話を聞かせて頂けないでしょうか?」
俺の言葉に、キーマは力強く頷いた。
この時、ある予想が俺の中に生まれた。予想と言うよりは確信だと言っても過言では無いだろう。
ミーナの母親が何故、この村にはミーナを助けてくれる人が必ずいると言いきったのか。
彼女が、こんな事態を予想してあんな事を言ったとは到底思えない。
この村には彼女の味方になってくれる者がいると分かっていたから、あんな言葉を残したのだ。
先ほどのキーマの〝自分の娘は竜使いである〟という言葉によって俺の中で〝ある一つの結論〟が出来上がった。
恐らく彼は、ミーナの……
「どうぞ。狭い所で申し訳ないが」
扉を開けてくれたキーマにお邪魔しますと一礼し、俺は家の中へと入った。




