30話_情報共有
アランとグレイを出迎え、家の中でミーナが眠っている事を伝えた。
家を出た俺達は、家の前にある数個の切り株に座り、早速、報告会を行う事になった。
「それで、村はどうだった?」
「僕達が住んでいた村と雰囲気は変わらないんだけど、何て言うのかな? 村にしては静かだったというか……」
『やはり、竜に警戒しているのでしょう。ただ運良く、彼女に肩入れしている夫婦に会う事が出来ました』
「村人全員がミーナに悪い感情を抱いているわけじゃ無かったんだな」
「でも、その夫婦だけみたいなんだ。ミーナちゃんを助けたいって思ってるのは」
悲しそうに眉を下げるアランに、俺は複雑な気持ちになった。
彼女の味方が存在するというのは嬉しい話だとは思うが、それでも彼女の置かれた状況が良くなったわけでは無い。
彼女の記憶を勝手に覗いてしまった件もあるが、それを抜きにしても彼女には年相応の感情を表に出せるような環境で、これからを生きてほしい。
「ライは、何をしていたの?」
アランの問いに思わず肩を上下させた。
何をしていた。そう聞かれたら、答えは一つだ。
「ミーナの記憶を見ていた」
「え?」
目を丸くするアランと目を細めたグレイ。全く対照的な反応に、俺は思わず視線をそらした。
「彼女の口からは聞けないと思ってな。悪いとは思ったが……」
『その反応を見る限り、彼女の記憶は見ていて楽しいと思えるものでは無かったようですね』
グレイの指摘に、俺は頷くしかなかった。
「彼女と関わる以上、この記憶は知っておく必要があると思う。俺も、お前達も」
そう言って俺は、自分が見たミーナの記憶を2人にも見せた。ミーナの住んでいた村の風景。
そしてミーナがこの村にやって来た経緯も、全て。
記憶を見た後の2人は恐らくミーナの記憶を見終わった時の俺と同じ表情をしていたと思う。
特に、アランに関してはボロボロと涙をこぼしたまま呆然と虚空を見つめていた。
「どうして……こんな……」
それは俺が1番聞きたい。何故、幼き彼女がこんな運命を背負わなければならないのか。
これは昔から思っていた事だが、改めて言わせてもらおう。
やはり、神など存在しないのだ。
「……ライお兄ちゃん?」
掠れ気味の声に思わず振り返ると、ミーナが細い目を擦りながら、立っていた。
「悪い、起こしたな」
「……ん」
寝起きのせいか、覚束無い足取りで俺達の所まで来た。
「お腹、すいた」
可愛らしい腹の虫の鳴き声につられるように俺達も空腹であったという自覚が芽生えた。
「どうしよう。村に食堂らしき建物は無かったし」
「ミーナは今まで何を食べていたんだ?」
何日もこの森で過ごしてきた彼女の方が、この森の状況は詳しいだろう。
そう思って、聞いてみたのだが……
「そこに生えてる草」
足元に生えている草を指差しながら、彼女は言った。
いや、まぁ確かに、そこら中に雑草は生い茂っているけれども。
予想外過ぎる回答に、俺達は誰1人として言葉を発する事が出来なかった。
「……半分、嘘」
(半分ということは、もう半分は何なんだ?)
ミーナの言葉に、俺達はどう反応するのが正解なのか分からなかった。
「〝小人さん〟が時々、食べ物を持って来てくれるの」
「小人さん?」
アランが問うと、ミーナは家の方へと指さした。
「家の前に、いつの間にか置いてあるの。誰が置いてるのかは分からない。だから私は小人さんって呼んでる。すごく美味しかった。それに、懐かしい味がした。お母さんが作ってくれた料理と同じ味」
ボソリと呟いたミーナの表情は、どこか悲しげで俺は思わず彼女から視線を逸らした。
何の確証も無いが小人の正体をなんとなく察してしまった俺だったが、あえて何も言わなかった。
アランとグレイも何かを察したのか互いに顔を見合わせていた。
しかし、それで根本的な問題が解決したわけではない。
事実、食べ物は無いのだ。
こういう時こそ、彼女より長生きしている俺達が率先して動かなければ。
グレイに目線で合図を送ると、彼も察知したように俺の方を見て頷いた。
『ここは森の中です。もしかしたら何か食べられる物があるかも知れません。今からでも探してみましょう』
グレイの提案を聞いて、ある事を思い付いた俺は、首を左右に振った。
「いや、待て。その必要は無いかも知れない」
そう言って、俺は近くで地面を突いている数羽の鳥に歩み寄った。
◇
「この木の実、美味しいっ!」
『この森は、意外と食べ物が豊富だったんですね』
果実をかじる音と、感激したような声が木霊する。
ミーナは不思議そうに俺達が果実や木の実を頬張る姿を見ながら、手に持った果実にかぶりついた。
「どうだ?」
「美味しい……っ!」
どうやら、お気に召したようだ。
その後は、ガツガツと果実にかぶり付き、リスのように頬を膨らませた。
「それにしても僕、鳥に木の実を貰ったの初めてだよ」
「この森にずっと住んでいる者に聞いた方が確実だと思って聞いてみたが、正解だったな」
「東の森でも、森の動物モンスター達と心を通わせていただけの事はあるね」
「あれは元々、お前のアイデアだろう。昔、森で遊んでた時、〝魔法で、森に住むモンスター達と話は出来ないのか〟って。あの時、アランに言われなかったら、俺はこの魔法の存在を把握していなかっただろうし、今回だって鳥に尋ねようなんて発想には至らなかった」
「それでも実際にやってみせちゃう所が流石だよね。やっぱり、ライは凄いや」
ニコニコと曇りのない笑顔を見せるアランの眩しさに、俺は思わず目を細めた。
『こうして木の実がありますし、水は湖のもので事足りますから住み慣れてしまえば、そこらの村よりも都かも知れませんね』
「確かに食料には困らなそうだな。危険なモンスターがいるわけでも無いし」
モグモグと咀嚼を繰り返しながら話をしていると、ふいにミーナが湖の方へ視線を向けた。
そんなミーナに気付いた俺も、湖の方を見た。
『あの湖に、ソフィアとルイーズが眠っているの』
『ソフィアとルイーズが?』
『私の友達。ここまで連れて来てくれた』
少し前にミーナが話してくれた、そして俺が見た記憶にいた竜が眠っている。
ミーナが2人と呼んでいたから、てっきり人型の何かだと思っていたが、まさか竜だったとは。
だが、記憶に出ていたソフィアとルイーズは人間のような姿もしていた。
(人間にもなれる竜か……)
まさかミーナの言っていた友達が竜人だったとは。
一般的な竜人と言えば身体は人型、頭は竜と、両者が組み合わさった容姿を持った者を想像する事が多いだろうが、ごく稀に人間と竜それぞれの姿をしっかりと持っている個体が誕生する事がある。
その確率がどれ程のものか具体的には分からないが、決して高くは無かった筈だ。
「……気になるか?」
湖を見続けるミーナにそう問うと、彼女は頬に果実の欠片を付けたままコクリと頷いた。
「きっと2人も、お腹を空かせてると思うから」
食べかけの果実を見て、彼女は立ち上がる。
何となく予想はついていた行動に、俺も彼女に続くように立ち上がる。
「それ、食べないの?」
「あぁ。ミーナの友達に分けてくる」
そう言うと、ミーナは驚いたような顔をして俺を見る。
あぁ、そうか……俺としたことが配慮が欠けていた。
「俺は、付いて行かない方が良いな」
彼女の頬に付いた果実の欠片を取り、俺は再び切り株に腰を下ろした。
だが、彼女を1人にするのは不安だからスカーレットに、こそっと尾行してもらうつもりだ。
いや、寧ろスカーレットなら堂々と同行させても問題無いかも知れない。
先ほどから何個も真っ赤な果実を平らげている(恐らく、トマトと同じ色だから気に入ったのだろう)スカーレットに手招きしようと腕を軽く上げる。
すると、その腕をミーナの両手が掴んだ。
「来て、良いよ」
「え、良いのか?」
俺の問いにミーナはコクリと頷き、アランとグレイの方を見た。
「アランお兄ちゃんも、グレイお兄ちゃんも来て」
まさか、自分達にも声がかかるとは思っていなかったのか、目を丸くして互いの顔を見合わせていた。
「みんなにソフィアとルイーズを紹介したい。みんななら、きっと2人も喜んで友達になってくれると思う」
ミーナの提案に、俺達は迷い無く頷いた。
その周辺で、自分も仲間に入れろと言わんばかりに跳び跳ね続けるスカーレットに俺が思わず溜め息を零すとミーナは笑いながら口を開く。
「スカーレット、あなたも来てくれる?」
ミーナがそう尋ねると、スカーレットは触手で大きな丸を作った。
「それじゃあ、皆で行くか」
両手にいくつかの木の実や果実を抱えて俺達は湖までの道を歩み始めた。
新年も明けましたので、この場を借りて改めて御礼を申し上げたいと思います。
これまで読んでくださった方々は勿論、ブクマや評価をして下さった方、そして感想を書いて下さった方も、本当にありがとうございます!
そろそろ更新頻度が不安定になる時期を迎えてしまいますが、その中でも自分に無理のない程度に頑張って投稿していきたいと思っておりますので、どうか、これからもよろしくお願いします。




