3話_魔法
前世のことを忘れたわけでは無いが、アランと歩み寄る道を選んだ俺は出来るだけ彼と接しようと心に決めた。
彼を勇者としてではなく、アランという個人の人間として受け入れる為に。
その決断から早くも数年が経った頃、ようやく俺は、今の自分自身のことについて考え始めた。
(今、俺は魔王の頃の記憶を持ったまま、ここにいるわけだが……記憶以外は、どうなっている?)
今更かと言われると非常に心が痛むが、最近になって突然思い出したように考え始めたのは事実なのだから致し方ない。
言い訳をするわけでは無いが、あの時のアランとの事で手一杯だった。
だが、今は違う。少しだけ彼との間の溝が埋まったことで、少しずつ余裕が出てき始めていた。
ある日、そんな俺の気持ちを汲み取ったかのように、サラが興味深い話を持ちかけてきた。
「ねぇ、ライ君も一緒に行かない?」
「……え?」
話が見えず首を傾げると、サラは不満そうに少しだけ頬を膨らませた。
「なんだかボーッとしてるから、もしかしてとは思ったけど……ライ君、私の話を聞いてなかったわね?」
いつもなら彼女の浮かべる笑みに癒されるはずなのだが、今日は何故か彼女の笑みが、とても恐ろしく見えた。
誤魔化しにもならない軽い笑い声を出すと、サラは呆れてはいたものの穏やかな表情を向けてくれた。
「それじゃあ、もう一度言うから、よく聞いてね。この村に明日、王都の魔法学校の先生が来るの」
「魔法学校……?」
「そう。何でも、その先生、いろんな村の子供達に魔法を教えに行ってるんだって! アランもすっかり興味持っちゃって行きたいって言うから、連れて行こうと思ってるの。ライ君も良かったら、どう?」
前世の事とはいえ、一応、魔王という座についていた俺は保持している魔力の量も扱える魔法の種類や数も、それなりに自信があった。
とりあえず記憶を操作する魔法が使えることは、アランとの出会いで身を以て知ったが、前世で使えていた魔法が全て使えるかどうかまでは把握していなかった。
冒頭で述べた疑問を解決させる糸口になると踏んだ俺は、サラの誘いに迷いなく応じた。
◇
翌日、マリアに見送られた俺は約束の場所まで早足で向かった。
待ち合わせ場所には、既にアランとサラが待っていた。
「あ、ライ。こっちだよ!」
アランと目が合うと、すぐに彼はこちらに手を振った。
出会ったばかりの頃は会話と呼べるかも怪しい会話しか出来なかったのに、あれから数年経った今は普通に会話のキャッチボールが出来ている。
ちなみに、呼び名も〝ライくん〟から〝ライ〟に変わっている。
まぁ……一応、出会ってから数年という時間が経っているのだから、少しは進歩してくれないと困る。
「ライ、今日は楽しみだね」
「そうですね。……サラさん。今日は、よろしくお願いします」
俺が深々と頭を下げながら、マリアからの伝言を伝えると、彼女はフフッと女性らしい笑いを見せた。
「もうライ君ったら……そんなに畏まらなくて良いって、いつも言ってるのに。本当に貴方は礼儀正しいわね。アランと同い年とは思えないわ」
そう言って、サラは俺の頭を撫でた。
なんとも心地良い絶妙な力加減だ。母親の手には、人を安心させる力でもあるのだろうか?
サラに頭を撫でられながら、俺は嬉しそうに口元を緩ませるアランを見た。
彼ほどでは無いが、俺も密かに今日を楽しみにしていた。
楽しみにし過ぎて、実は既に魔法が使えないか試していたのは、ここだけの話だ。
試してみた結果、素晴らしい事に前世で使っていた魔法は全て使えた。
つまり、魔王として使っていた力も、そのまま引き継がれているということだ。
我流ではあるが、それなりに魔法の基礎的な知識も把握している。
正直、教わる事なんて何も無いんじゃないかと寂しい考えに至ってしまったが、もしかしたら新たな何かを得られるかも知れないと、前向きに捉えることにした。
「それじゃ、行きましょうか」
サラの言葉に各々が返事をすると、魔法学校の教師がいるという建物へと向かった。
その建物は、お世辞にも立派なものとは言えない。
収容可能人数も多くはないが王都から、しかも魔法使いが来るというだけあって、今、この建物の中は村人達が大勢集い、文字通り、箱詰め状態となっている。
そのせいで季節は春だというのに、周囲の空気が夏並みの熱気を帯びていて、純粋に暑い。
「本日は、お集まり頂き、ありがとうございます。私は王都の魔法学校の講師をしております、ビィザァーナと申します」
綺麗なお辞儀をした彼女が顔を上げると髪先がクルクルに巻かれた髪がバネのように跳ねた。
これから舞踏会にでも赴くかのようなヒラヒラの黒いドレスは、彼女の見事なプロポーションを更に美しく見せていた。
そんな彼女を見つめる男達の目は溶けたチーズのように垂れ、分かり易く邪心が漏れ出ている。
それはもう、自分が彼らと同じ〝男〟という生き物であることが恥ずかしく思えるほどに。
「今日は、みんなに魔法について知ってもらおうと思って来ました。少しでも魔法の事を知ってもらって、好きになってもらえると嬉しいです。今日は、よろしくね」
パチンと見事なウインクを決めながら、そう言った彼女に、男達の頬が赤く染め上がる。
ちなみに隣で話を聞いていたアランも頬を少しだけ赤く染めているが、同時に瞳をキラキラさせていて……彼女の魅力云々と言うよりは魔法の事で頭が一杯という感じだ。
「それじゃ早速、始めるわね! 魔法ってね、自分が持ってる魔力の量で使える魔法の種類や量、それから威力が変わってくるの。逆に言えば、魔力を持っていない人に魔法は使えない。理屈は単純だけど、これが魔法使いにとっては、とっても大事なの」
魔法という理屈を子供向けに噛み砕いて話してくれているお蔭か、とても分かりやすい。
魔法の話をすると聞いた時は小難しい話が始まるのかと若干面倒になっていたが、そんな心配は杞憂に終わったようだ。
「今は技術が発達して、一時的に魔力を増やす薬や、魔法を使えない人でも少しの間だけ使えるようになる薬が作られているけど……やっぱり元々、持っている素質には敵わないの」
(……そんなものが、あったのか)
そういえば、戦う中で魔法使いの奴らが何やら薬らしき物を飲んでいる姿を何度か見たような……
「ねぇ、魔法使いのお姉さん。私が持ってる、えーと……マリョクって、どうしたら分かるの?」
話の途中で質問を割り込む少女に、連れの母親は申し訳なさそうに頭を下げていた。
ビィザァーナは、そんな母親に気にするなと言うように、ニコリと笑った。
「良い質問ね。私達、魔法使いはね。まず、その人が魔力を持っているかどうかを確かめる事から始めるの。こんな風に……」
そう言ってビィザァーナは右手に白手袋をはめた。その時、彼女の右腕にある可愛らしい花の装飾が付いた腕輪が音を立てて、彼女の腕を滑り落ちたのが見えた。
彼女が手袋をはめて間も無く手の甲の部分に、ほぼ緑色の光を発した魔法陣のようなモノが浮き出てきた。
「今はめている白手袋は、魔力を持っているかどうかが分かる道具なの。魔力を持っている者がはめれば、こういう模様が浮かび上がる。模様はみんな同じだけど色は人それぞれ違っていて、その人が得意とする魔法の種類を色で識別してくれるの。例えば私の場合は緑色だから、風や植物を扱う魔法が得意という事になるわ」
初めて目にする物に俺を含め、この場にいる子供全てが目の前の光景に釘付けになっていた。
「すごーーいっ!!!」
「ぼくも、やってみたいっ!!」
「うんうん。今日はみんなにも後で実際にやってもらおうと思ってるから、楽しみに待っててね」
ビィザァーナの言葉に容赦なく元気の良い返事で喜びを露わにした子ども達。
その声を間近で聞いたせいで、キーンと不快な耳鳴りがした。
「魔力か……僕にも、あるのかな…?」
そう言って自分の手を見つめるアランを、俺は複雑な心境で見つめていた。
(前世の記憶が正しければ……アランには魔力なんて無かったはずだ)
答え合わせの時間が、やってきた。
講義の後は彼女の宣言通り、魔力があるかどうかを確かめるために1人ずつ白手袋をはめる事になった。
「………何も出ない」
「あーっ! 出た! ねぇ見て、ママ!!」
模様が浮き上がった者もいれば、何の反応も示さなかった者もいた。
子供だから仕方ないかも知れないが、落ち込んでいる他の子どもに追い打ちをかけるように、目の前でそんな反応を見せるのは良くないと思う。子供とは、時に大人よりも残酷である。
「はい、次は……」
「ア、アラン……です」
「はい、アラン君ね。それじゃあ、手袋をはめてみて」
「は、はい……」
手袋をはめるだけの行為。それだけなのに、アランは異常なまでに緊張していて手がプルプルと震え、上手く手袋がはめられない。
「あらあら、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。はい、深呼吸、深呼吸」
「ぇ、あ……はい」
ビィザァーナの言う通りに深呼吸をしたアランは先ほどよりは落ち着いたようで、今度は手袋をすんなりはめられたが……
「……光らないわね」
「……はい」
やはり、俺の記憶は正しかった。
そもそもの話、彼が戦闘の中で魔法を使った瞬間を見たことが無かった。
がっくりと肩を落とすアランにビィザァーナは優しく微笑んだ。
「そんなにガッカリする事は無いわ。子供の時に魔力は無くても、大人になったら魔力を持っていた……なんて例もあるのよ」
「そう……なんですか?」
「えぇ。だから、そんなに気を落とさないで」
ビィザァーナの言葉に、アランは少しだけ明るい表情を見せた。
「次は、ライの番だね」
「そうですね」
「僕には魔力は無かったけど、ライにはあると思うな」
はっきりと断念したアランに、俺は首を傾げる。
「……どうして、そう思うんですか?」
「どうしてかな? ……何となく?」
「なんですか、それ」
頬をかきながら笑うアランを見て、俺も思わず笑みを浮かべたのは良いものの、内心、複雑な気持ちになった。
俺が魔法を扱える事は既に知っている。
彼が、それを知っている上で言っている訳では無いという事は重々承知しているが、あまりにも真っ直ぐな瞳で言うものだから、実はどこかで見ていたんじゃないかと、あり得ないと思いつつも疑ってしまった。
「さて、最後は君ね」
「ライです。よろしくお願いします」
「ライ君ね。それじゃあ、早速、白手袋をはめてくれるかしら?」
手渡された白手袋に指を通した。
────パァァァァア!
手袋をはめた瞬間。
今までの誰より眩い光が各々の存在を主張するように模様が浮かび上がっていた。
「きれい……」
様々な色が良い具合に混じり合って放たれた光に、1人の子どもが呟いた。
「ライ君……貴方、一体……」
ビィザァーナは、信じられないモノでも見ているかのように白手袋に浮かび上がっている光を見つめていた。
これまでブクマをして下さった方、ありがとうございます。
また、今、この作品に目を通して下さっている方も本当にありがとうございます。