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235話_事態は、更なる深刻へ

 この世界に来てからの自分は安逸となってしまったのだと思っていた。

 気の置けない幼馴染や友人に囲まれた生活。

 朝な夕な襲撃を受けては時に誰かを傷付けることも無ければ、日常的に仲間を失うことも無い。

 昔とは全く違う生活の中で鋭利な牙も爪も抜かれた肉食獣のように完全な腑抜けとなってしまったのだと、そう思っていた。

 ……()()()()が発動するまでは。


『人体の損傷および欠損を確認。止血を開始……止血完了』


 頭の中で自分以外の声が響くと、切断された腕から絶え間なく垂れ落ちていた血が止まる。


『治療を第二段階へと移行。欠損した右腕の修復を開始』


 床に落ちた右腕が消えると同時に、切断箇所から失った右腕が生えるように再生される。

 そうして一度失った俺の右腕は、元の姿を取り戻したのだ。


 魔王として大多数の魔物や人間に敵視され、肉体的にも精神的にも休まる時が無かった俺は自分でも気付かぬ内に、()()()()を発動させていた。

 その魔法の名は──自動治癒(オート・クレーラ)

 この魔法は対象者が致命傷または、それ相応の損傷を受けた時に自動的に発動される。

 痛みを感じる前に幻覚魔法で痛覚を誤魔化し、怪我の具合や状況に応じた治療法を自動的に選択、実行してくれる素晴らしく優秀な魔法。

 自分の腕が斬り落とされたのに痛みを感じるどころか気付くのが遅れたのも斬り落とされた直後に、この自動治癒(オート・クレーラ)が発動したからだ。

 この世界でも俺は、自分でも知らない内に自動治癒(オート・クレーラ)を発動させていたようだ。


(お蔭で助かったが……問題は、この後だな)


 どこでどう勘違いされたのかは知らないが、ブランの中での俺は魔王の手先ということになっている。

 国王がそう告げたのだから当然、周囲の貴族達も彼と同じ疑惑を俺に向けているはず。

 そんな彼らの前で瞬間的な右腕の再生なんて恐らくそこらの魔法使いが簡単には出来ないであろう芸当を見せてしまえば……あぁ、この後のことを思うと頭が痛い。


「ひっ! う、腕が元に……っ、」


「っ、魔王の仲間が俺達を殺しに来たんだ!!」


 誰かの言葉で、貴族達は我先にとばかりに互いを押し退けるようにして出入り口の扉を目指して一斉に駆け出した。


「退け! 下級貴族の分際で私より先に行くな!」


「おい! この前、お前が被るつもりだった罪を揉み消してやった恩を忘れたのか!」


「ずっと前に貸したお金、貴方まだ返してなかったわよね?! もうお金はいいから、私の為に道を空けなさいよ!!」


 生存本能とは、こんなにも人を醜くしてしまうものなのか。

 彼らを煌びやかに魅せる為の見るからに高価そうなスーツや刺繍や派手な装飾があしらわれたドレスに、最低でも屋敷の一つは買えるであろう宝石の指輪が哀れに思えてくる。

 呆然と貴族達の様子を見ていると、誰かに左頭を掴まれ思い切り引っ張られる。

 一体、誰がと掴まれた腕から辿るように視線を動かすと切羽詰まったような表情のハヤトと目が合った。

 目が合ったのは一瞬で、彼は何かを気にかけているのか視線をレオンの方へと向けて大きく口を開く。


「王子、今です!」


 ハヤトがアンドレアスの名を叫んだのとレオンが俺達に背を向けたのは、ほとんど同時だった。


「レオン殿、覚悟!!」


 そんな言葉が聞こえ、鼓膜を襲ったのは剣同士が噛み合ったような鋭い金属音。

 アンドレアスが振り下ろした剣を、レオンが受け止めたのだと理解した。


「……王子、剣を向ける相手をお間違いでは?」


「間違っているのはレオン殿の方だろう。ライ殿は貴殿の御子息にとって大事な存在では無かったのか? 

何故、刃を向ける?」


「陛下が彼を〝脅威〟と見()された。刃を向ける理由など、それで充分でしょう」


巫山戯(ふざけ)るな! 父上の命令ならば間違ったことをしても許されるのか?! 間違った選択だと分かっていながら与えられた命令に従うことが、聖騎士(パラディン)が掲げる忠義なのか?!」


 互いの力によって均衡を保っていた剣は、アンドレアスがレオンの剣を弾き飛ばすように大きく振りかぶったことで崩された。


「ハヤト殿、ライ殿を連れて城の外へ!」


「で、でも王子は……」


「我は問題無い! それよりも今はライ殿だ。ライ殿を頼む!」


「っ、分かりました!」


 行こう、ライ君とハヤトが俺を引っ張って走り出すが、既に俺は自分達が逃げられないであろうことを悟ってしまっていた。

 唯一の出入り口とされる扉は未だに醜い争いを繰り広げている貴族達が塞いでしまっている上に、今この場にはレオンの他にも聖騎士(パラディン)がいるに違いない。

 現実的に考えて、足だけで逃げられるような状況では無い。

 かといって、魔法で逃走を試みるのも憚られた。

 このまま誤解も解かず、カリン達も救えずに逃げ出したら絶対に後悔する。何より、そんな行動を取った自分を俺は一生許せないだろう。

 それが分かっているから、足を止める。

 アンドレアス達には悪いが、今は逃げている場合じゃない。


「ハヤトさん、やっぱり俺は残……っ、!」


 此方に向かってくる殺気を感じ、反射的に先を行くハヤトを引っ張った。


「ぅ、わっ?!」


 倒れてきたハヤトを何とか支えた瞬間、このまま進んでいれば俺達が居たであろう場所に見上げるほどに大きな斧が降ってきた。

 あと少しでも反応が遅れていたら、ハヤトも俺も真っ二つになっていただろう。


「あ〜らら、残念。外しちゃった。でも、ま、いっか。これでもう外どころか部屋からも出られないだろうし」


 それは片足で簡単に蹴り上げられる小石のように重みのない声だった。


「あらま。よく見たら、どっちも良い男じゃない! 見た目は合格ね」


 突然現れたと思えば、何やら上から目線な評価を始めだす女。

 女が纏っている服は、レオンのものと酷似していた。

 つまりは彼女も……


「ねぇ、知ってた? 顔が良い男ってね、意外と多いんだよ。でも私、()()()()良い男には興味ないの。男に生まれたからには、最低でも私より強くなくっちゃね」


(……何だ、この女は)


 メラニーとは、また違った意味で厄介そうだ。


「さぁて、君達はどうかな? お婿さん候補にしたいから、出来れば期待を裏切らないで欲しいんだけどっ!」


 何も持っていなかったはずの女の手には、いつの間にか斧が握られて俺達目掛けて振り翳してきた。

 俺はハヤトを比較的安全な方へと突き飛ばし、斧を受け止める為に右腕を構える。


防御型装甲(シールド・アーマー)!」


 硬化された右腕が、難なく斧を受け止める。

 受け止められると思っていなかったのか女は目を見開き、漸く望みの獲物を見つけたとでも言わんばかりに自分の唇に舌を這わす。

 その妙に(なま)かしい仕草から本能的に何か嫌な予感を察知した俺は思わず身震いをした。

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