234話_悪化の一途
「こ、子ども?」
「いつから、そこに……」
俺が姿を現したことで案の定、会議が出来るような状態ではなくなった。
困惑の表情を浮かべる者が多い中、アルステッドだけは背筋が凍るような冷たい表情を浮かべている。
「な、何を呆けている?! 早く誰か、この子どもを追い出せ!! どうやって入ったかは知らんが、此処は貴様のような者が来て良い場所では無い!」
「お待ち下さい」
俺を追い出せと兵士に命令した貴族の一人にアルステッドが待ったを掛ける。
「驚かせてしまって申し訳ありません。彼は私の生徒で名前は……」
「ライ・サナタス」
アルステッドが紡ぐはずだった俺の名は、ブランの口によって紡がれた。
「確か、そんな名だったな?」
確認するような視線をブランに向けられ、俺は軽く混乱しながらも肯定の返事で答える。
(何故、国王である彼が俺の名前を?)
アンドレアスやアレクシスは兎も角、彼らの父親であり王都の絶対的支配者であるブランとは一度も面識は無かったはずだ。
まさか王都に住んでいる者達全員の名を覚えて……流石に、それは無いか。
「彼を、ご存知だったのですか?」
意外そうに尋ねるアルステッドに、ブランは視線を俺に向けたまま口を開く。
「前に貴様が招待した試験とやらでな。色々と印象深かったから憶えていただけだ。名前以外のことは知らぬ」
ブランの言葉で思い出した。
彼の言う試験とは、アラン達と共に挑んだ実技試験のことだろう。
試験が始まる前のアルステッドからの紹介で、一方的ではあるが俺も彼の存在を知ったのだ。
「それで、アルステッドよ。この状況について納得のいく説明をしてくれるのだろうな?」
「勿論です、陛下。ただ説明するのは私ではなく彼になりますが」
助け舟を出してくれるか少しだけ期待していたが、やはりそこまで都合良くはいかないようだ。
感情に流された代償だと思って、ここは素直に応じるしかない。
「俺が此処に来たのは、陛下にお願いしたいことがあったからです」
「お願いだと?」
「き、貴様っ、自分の立場が分かっているのか?! いくら子どもとはいえ無知では済まされないものが……」
「おい、この喚くしか能のない獣を追い出せ。これでは落ち着いて話も出来ん」
ブランが命令するや否や二人の兵士が駆け寄り、男を取り押さえる。
「お、お待ち下さい、陛下! 私は、陛下の為を思って!」
「我の為だと? だとしたら貴様がすべきことは、その醜い口を閉じることだった。一度は許したが、二度は許さん。連れて行け。貴様は今後二度と、この城に足を着けることも許さん」
「ま、待って、待って下さい! 寛大なる陛下、どうか御慈悲を!」
「その寛大な陛下を怒らせたんだ。今のうちに心の準備をしておくことだな」
男を連行する兵士の言葉に、男の顔は一瞬にして青褪めた。
「私には妻と幼い娘がおります! 今、爵位を剥奪されてしまったら私達は路頭に迷い野垂れ死ぬしかありません! 妻と子どもの為にも、どうか……どうか私にもう一度だけ挽回の機会を」
「まぁ、品性の欠片も無い声ですこと。誰、こんな所に野生の獣を連れ込んだのは。それとも何処か遠い田舎の森から迷い込んできちゃったのかしらぁ?」
「それは大変だな。早く元いた場所に帰してやらないと」
嫌に鼻に付く笑い声を聞きながら、男は何を思っただろう?
今までの勢いが嘘のように固く口を閉ざした男は、誰とも目を合わせたくないとばかりに顔を俯かせて抵抗する素振りも見せないまま部屋を出て行ってしまった。
「これで漸く落ち着いて話が出来るな。して、貴様の願いとは何だ? 言ってみろ」
何事も無かったかのように話を再開するブランも、ここぞとばかりに嫌味な言葉で精神的に追い詰めようとする貴族も、終始見て見ぬ振りを徹する他の連中も、全てが気に入らない。
気に入らないが、こうして姿を現してしまった以上は先ずは話し合いを試してみるしかない。
「……俺が陛下に求めるものは、二つ。四竜柱の贄の解放と魔王討伐部隊の再編成です」
周囲から響めきの声が上がる。
ブランは元々険しい顔付きを更に際立たせ、俺を品定めするかのように目線を動かしている。
彼の隣では何か言いたげな表情のアンドレアスが俺を見つめていたが、あくまで何も気付いていない他人として振る舞った。
今、ここで俺と繋がりがあると知られて困るのはアンドレアスだからだ。
「…………」
ブランは何も言わず、ただ感情の読めない瞳で俺を見つめている。
一人だけ周囲とは違う反応に、何故か嫌な寒気を感じた。
机に置かれたブランの左手人差し指の爪先がコツンと机を軽く鳴らす。
これまで微動だにしなかった左手が何故、このタイミングで動きを見せたのか。
こんな状況にも関わらず我ながら細かいところに目が行くなと呆れながら、そんな疑問を抱いた時だった。
何か生々しいものを断ち切ったような聞き慣れない音が耳を通る。
その音は、やけに近くで聞こえた気がした。
不可解なことは、他にもある。
つい先ほどまでブランの近くにいたはずのレオンが、何故か俺の前にいるのだ。
俺を見下ろす彼の表情は、以前見たアランの父親としてのものでは無かった。しかも彼の手には鞘から抜かれた剣が握られている。
剣先からは血液のように真っ赤な液体が滴っている。その赤い液体は何だ? そもそも何故、彼が目の前にいる?
あの一瞬の間に、俺との間合いを詰めたというのか? だとしても、何の為に……?
絶え間なく疑問が広がった直後、ドサッと何か落ちるような音が足元の方から聞こえて、思わず下を見る。下を見たことで先ほど耳にした音の正体が分かった。
「ぁ……あぁ、……っ!」
レオンの後ろの方から聞こえたのはハヤトの声だろうか。
彼も、この異常な事態を見てしまったのだと冷静に理解したのだ。
「腕を斬り落とされても、叫び声一つ上げないか。これで確信した」
────貴様、魔王の手先だな。
やはり姿を現すべきでは無かったと過去の行いを悔いながら、この状況をどう打破したものかと必死に解決の糸口を探し続けていた。




