233話_無情の真実
あまりにも突然のことで思考が追いつかなかった。
寧ろ考えれば考えるほど思考の糸が絡まって、頭の中が収拾のつかない事態になってしまっている。
このままではいけない。少しでも良いから落ち着かなければ。
今、ここで冷静な思考を欠いてしまったら自分が此処まで来た意味が無くなってしまう。
頭では分かっていても、それを実行できないでいる自分がいる。
何故、ヒューマとサラがこんな所にいるのか?
カリンとファイルが四竜柱の贄であることを知らなければ、この疑問を抱くだけで終わっていただろう。
四竜柱の贄と呼ばれる存在が4人いることを知らなければ、こんなにも心を乱されることは無かっただろう。
前もって得ていた知識のせいで、答えを得た疑問は確信となって俺に真実を突き付ける。
慈悲なんてものは無い、残酷な真実を。
「ハヤト君、四竜柱の贄のことは君も知っているね?」
「は、はい。一応……」
ハヤトは同じ異世界転生課であるファイルが四竜柱の贄の一人であることを知っているのだ。
彼がファイルからどこまで聞いていたかは知らないが、少なくとも俺より情報を探り易い環境にはいたはず。
彼の性格上、ファイルに気を遣って深くは詮索しなかった可能性も捨てきれないが。
「では詳細は省いて紹介だけしておこう。君から見て右からファイル・ウォーカー、カリン・ヴィギナー、そしてヒューマ・クルスにサラ・ボールドウィン。彼らこそが四竜柱の贄。竜の力をその身に宿した者達だよ」
アルステッドが名前を挙げたことによって、ヒューマとサラが他人の空似でないことが証明されてしまった。
(でも、変だ。あの二人はカリンとファイルのように皮膚が鱗で覆われているわけでも尻尾が生えているわけでも無い)
どこからどう見ても普通の人間。それが彼らに向けた印象。
四竜柱の贄だと聞いても、やはり信じられない。カリン達の容姿と、あまりにも違い過ぎる。
「あの、ヒューマさんとサラさんもですか?」
「一見、普通の人間と変わりないから信じられないだろう? だが、彼らも正真正銘の〝贄〟なのだよ。どうやら取り込んだ竜との親和性が非常に高かったようでね。1週間も経たない間に、この姿さ。原因は、未だ調査中だがね」
彼らも四竜柱の贄であったことは衝撃だが、今最も重要なのは彼らがこの場に呼び出された理由だ。
全員が見るからに重々しい首輪や手錠。それらを繋ぐ鎖で拘束されている。
カリンのように魔法が使える者を警戒してのことならまだ分かるが、魔法を使えないサラ達にまで同じ拘束具が使うのは、いくら逃亡を防ぐためとはいえ厳重過ぎる。
(全員の拘束具に付いているのは魔力鉱石……全員分の拘束具を外さない限り、全員を連れての魔法での逃亡も不可能というわけか)
単に用心深いだけなのか、それとも他に何か意図があるのか。
現時点では分からないが、もし後者なら彼らを連れ出せば良いという単純な話では無くなってくる。
これはまた悩みの種が増えてしまったと落胆する中で、ある一つの疑問が浮上する。
(アルステッド達が、このタイミングで四竜柱の贄である彼らをハヤトに紹介した理由は何だ?)
俺の予想が正しければ彼らの出番は、またまだ先のはずだ。
これから戦いを共にするなら兎も角、こうした改まった紹介などそもそも不要で……
そこまで考えた時、最悪な憶測が俺の中で生まれた。
彼を生きる厄災と対峙させようとした時、アルステッド達は彼に限定死避を使ったという事実。
そして、先ほどのアルステッドの言葉。
──彼の偉大なる決心を揺るがせない為にも、この機会にお伝えした方がよろしいかと。
……もう仮定として述べるまでも無い。
彼らは、あえて四竜柱の贄の存在を知らしめることで彼の決断を鈍らせまいとしている。
万が一でも、彼が魔王討伐に力を貸さないという状況を作り出さない為に。
「竜の力を取り込んだ彼らの存在こそ最後の切り札。しかし我々としては出来ることなら、この力に頼るような事態は避けたいと思っているのだよ。彼らの為にも」
ここまで聞いて、さすがにハヤトも察してしまったのだろう。
自分の言動が、目の前の彼らの命運を握っていることを。
下手に抵抗すれば自分は助かっても彼らが犠牲となり、仮に失敗したとしても彼らがその責務から逃れられるわけでも無い。
それを知ったハヤトの中に残る選択肢など、あって無いようなものだ。
何としても自分の手で魔王を倒さなければならない。
相手を気遣える心優しい彼ならば自然と、その答えに行き着いてしまうだろう。
最早、脅しと言っても良い。当然、この場にそれを咎める者はいない。
俺が此処に来た目的は、あくまでもカリン達の救出。
今、ここで姿を表してしまえば計画は破綻してしまう。
そうは分かっていても、このまま彼らの身勝手な言い分を聞き流すことなんて出来なかった。
──貴方のような方は、この世界で目立ってはいけない。貴方に特別な力があると周囲に認知されてしまったら、良いように利用されてしまうだけです。
(悪いな、グレイ)
お前からの忠告が無意味なものとなってしまった。
届くはずのない謝罪を零して、俺は自分にかけた魔法を解く。
音もなく現れた俺にアルステッドを含めた周囲の者達は、死んだと思っていた者が目の前に現れたかのような驚愕の目を向けていた。




