232話_尽きない疑問と混乱
率直に言うと、この未来は決して予想できないものでは無かった。
アルステッドの言う〝緊急会議〟とやらにハヤトも呼ばれていると聞いた時点で察しは付いていたのだから。
それでも彼に何も言わなかったのは、言ったところで彼の運命は変わらないと分かっていたからだ。
あくまでも皆が求めているのはハヤトではなく魔王殺剣という魔剣。
彼は、その魔剣が扱える唯一の存在だから呼ばれているだけに過ぎない。
(……こんなこと本人に言えるはずが無い)
言ったところで何も変わらない。そう思ったのは本当だ。
だが、それ以上に、この事実を自分の口から伝えるのが嫌だった。
彼の存在を軽んじているようで、言い出せなかったのだ。
……今は、その選択を取ったことを後悔している。
「言うなら早く言え。我々も暇では無い」
「は、はい!」
立ち上がったハヤトの背中が震えているのを見て、後悔の念が更に募る。
彼の傍にいながら力になってあげられない、もどかしさも。
(ライ、イタイ)
両手で抱えていたスカーレットの身体に思い切り爪を立てていたらしい。慌てて手に込めていた力を緩めた。
銃弾を弾くほどの弾力性があるスライムの身体でも痛みは感じるのだと新たな発見に小さな驚きを覚えながら、周囲と同じようにハヤトの話に耳を傾ける。
「皆さんの期待を裏切るようで申し訳ありませんが……僕は弱いです。魔王なんて、とてもじゃないけど倒せる自信がありません。だけど、そんな僕でもこの世界を守りたいって気持ちはあるんです。剣の使い方もまだまだ初心者だし、いざ戦うって思ったら足が震えちゃうほど怖いけど、それでも……っ、僕は皆と一緒に戦いたい!」
その言葉一つ一つに、計り知れない彼の想いが込められているように感じた。
だから、どの言葉も軽く聞き流すことが出来ない。
「どこまで出来るから分からないけど、僕に出来ることは全てやります。ただ、こんな僕を大事な部隊の中心にしてしまうのは恐れ多いというか……上手くいくものも上手くいかなくなると思うんです。先ほども言った通り、僕は自分に与えられた武器すら満足に使えません。そんな僕が中心になってやるよりも戦い慣れした人が中心になった方が良いと思うんです。だから、」
「アルステッド、これは一体どういうことだ? 聞いていた話と違うではないか」
これ以上は聞いていられないとばかりにハヤトの言葉に割って入ったのは、ブランだった。
「と、仰いますと?」
「惚けるな。この男は伝説の魔剣の力を我が物としている。だから魔王の討伐も彼に任せておけば問題ないと、そう言っていたではないか」
誰が、と問いかけるまでも無かっただろう。
ハヤトも分かっている。誰が、王であるブランに、そう報告したのかを。
その報告があったからこそ、自分がこの場に呼ばれたのだということも。
「彼は謙虚なのですよ。自分の手柄を、はっきりと主張できない性格なのです。現に、彼は我々では対処できなかった魔物を倒している。魔剣の効果も、その際に確認済みです」
「え、いや、ちが……っ、?!」
突然、ハヤトが自分の喉を気にするような素振りを見せ、パクパクと空気を求める魚のように口の開閉を繰り返している。
(口封じの魔法……これ以上、余計なことは喋るなってことか)
アルステッドがハヤトに魔王討伐部隊のことを伏せていた本当の理由は此処にあった。
表向きでは本人へのサプライズだと誤魔化しておいて、その真実はハヤトを英雄にする為に彼が仕組んだものだったのだ。
勇者でも魔法使いでもない彼が魔王を倒せば、両者による立場の均衡は再び保たれる。
幸いにも彼は、魔王を倒したとされている伝説の勇者の剣──魔王殺剣を所持している。
生きる厄災の時と同様、彼の魔剣の力を借りようというのだ。
それはつまり、彼がまた前線へと送り出されることになることを意味している。
「まぁ、何て健気なお方」
「あぁ、全くだ。家の息子に彼の爪の垢を煎じて飲ませたてやりたいくらいだよ」
前もって用意されていたかのような称賛の言葉に不快感しか持てない。
貴族とは、人の上に立つ者とはこういう奴等の集まりだったなと何の役にも立たない記憶を思い出してしまった。
自分の身に起こった異変に気付いたハヤトは、ならばと表情で訴え続けている。
それは誤解だ。本当に、自分はそのように大層な評価をされるような人間では無いのだと。
「なら良い。仮に拒否したとしても、まだ此方には手が残っているからな」
ならば何故、そちらの手段を使わないのだろう?
色々と手間がかかると言っていたが、この城の中に何か最終兵器のような物でもあるのだろうか?
「陛下。その件に関してなのですが、彼にはまだ何も伝えておりません。彼の偉大なる決心を揺るがせない為にも、この機会にお伝えしておいた方がよろしいかと」
「……連れて来い」
ブランが一人の召使いに命令する。
持って来いではなく連れて来いと言ったところを見ると、頼りの当ては物ではなく生物ということだろうか?
数分後、召使いと共に入室したのは4名の人間。
手錠や首輪で繋がれた彼らの姿を見た時、俺は言葉を失った。
俺は、彼らを知っている。名前も、顔も、全部知っている。
故に、理解が出来なかった。
今、目の前で顔を深く俯かせながら部屋の中心に向かって一歩一歩前へと進んでいるのはファイル、カリン、そして……
(何で……何で、そこにいるんだよ)
身体の所々に包帯が巻かれた痛々しい姿のヒューマと、マリアの親友でありアランの母親でもあるサラだった。




