231.5話_閑話:生簀から飛び出した鯉
隼人は自分の耳を疑った。
今のは単なる聞き間違いか? もしくは、この目の前に広がる世界そのものが夢か?
この異世界自体が少し前の隼人にとっては空想的な存在だ。この世界に来てそれなりに経つが、今からでも〝実は、今までのことは全て夢でした〟と言われても驚かない。
だいぶ混乱している隼人だったが、自分がやるべきことは分かっていた。
兎に角、これ以上話が進んでしまう前に止めなければ。
そう思ってからの彼の行動は早かった。
「あ、あの!」
隼人が声を上げると、全ての視線が一斉に彼の方へと向けられる。
前いた世界でも、こんなにも沢山の視線を一度に浴びたことは無い。
慣れない視線の数に怯み、早まったかと少し自分の行動に後悔した。
だが、こうなってしまった以上、腹を括るしかない。
隼人は喉を鳴らして、再び口を開く。
「今、僕が魔王討伐部隊の中心だと仰いましたが……本当なんですか?」
「あぁ、本当だとも。今回も君の活躍に期待しているよ、ハヤト君」
どうかドッキリであってくれ。
そう願いながら隼人は問いかけるも、呆気なく打ち砕かれる。
「アルステッド様も人が悪いわねぇ。こんなにも名誉なことを今日までハヤト様にお伝えしていなかっただなんて」
「どうせ伝えるなら、彼が最も驚く方法で伝えようと思いましてね。麗しきヴェルモデット婦人、こういうサプライズはお嫌いかな?」
アルステッドがヴェルモデットと呼ばれた女性に目配せをすると、彼女は頬を紅潮させて恍惚とした表情を浮かべる。
周囲からも緊急会議に不似合いな笑い声が上がるが、隼人だけはどうしてもこの空気に馴染めないでいた。
(こんなサプライズ、誰も求めてない……っ!)
直接言う度胸は無いから心の中で訴える。
折角、この世界が少しだけ好きだと思えていたのに。
大事だと思える人達が増えたばかりなのに。
何故、この世界は自分に試練しか与えないのだろう?
本当なら存在する筈のない〝紅林 隼人〟という存在に、この世界が拒絶反応を起こしているが故の現象なのかも知れないが、それを調べる術はない。
それでも隼人は既に根拠のない確信を得ている。
修正力だか何だか知らないが、この世界は確実に自 分を殺しにきている。
自分という不純物を取り除くことで、本来定められていた運命を取り戻そうとしているのだろう。
以前の隼人なら、それを受け入れていたかも知れない。
自分は所詮その程度の存在なのだと後ろ向きになって、どうせこの世界に未練も無いから丁度良いと言い訳をして、何もかもを捨てていた。
だが、今の彼は違う。今の彼には抗う意志がある。
この理不尽な運命に抗ってやろうという強い意志が。
だから彼は逃げない。目を逸らさない。
自分の意志を伝えることは自分の存在を受け入れてもらう為にも必要なことなのだと彼らに教えてもらったから。
それに今は目には見えないが、近くには〝彼〟もいる。
あの時は恐怖に支配されて何も言えなかったが、今回はちゃんと自分の意志を伝えられそうだ。
深く息を吸って、吐いて、また吸って。
数回ほど繰り返し、膝の上に置いた拳を握り締めた。
「あの!」
「ん? どうしたのかね、ハヤト君。まだ何か気になることでも?」
「会議を始める前に、僕の……僕の話を聞いて頂けませんか?」
アルステッドは訝しげな表情を浮かべながら視線を隼人から、この会議の主催者であるブランへと向ける。
「と、申されておりますが……陛下、如何致しましょう?」
「彼は、今回の作戦において重要な存在だ。その程度の望みは叶えてやっても良いだろう。但し、その話とやらが我々にとって聞く価値の無いものと判断した場合は今後の発言権は無いものと思え」
「お言葉ですが陛下、いくら何でもそれは……」
「我に意見するつもりか、アルステッド」
「……いいえ、失礼致しました」
ブランの威圧的な言葉に、隼人は違和感を覚えていた。
(あの人が、さっきの肖像画の人……?)
姿は瓜二つだが、表情は全くの正反対。
それが本人を目の前にした隼人の印象だった。
底冷えするような真冬の夜の海のように感情の見えないブランの目が隼人を捉える。
しかし隼人には、自分に向けられているはずの瞳が別の何かに向けられているような気がしてならなかった。




