231話_地獄の一丁目
城は、相も変わらずの荘厳さと煌びやかさで俺達を迎え入れた。
ハヤトは初めて見る城内に圧倒されているのか、声もなく辺りを見渡している。
本来ならば、入り口に置かれるべきではないであろう芸術品の数々。
芸術に特別詳しいわけでは無いが、一つ一つの作品が俺達が一生働いても購入できない高価な物であることは素人目でも分かる。
しかし先を歩いていく中で、それらの芸術品よりも一際目立つ存在を見つけてしまった。
それは薔薇庭園が見える渡り廊下を過ぎ、更に真っ直ぐ進んだ先にある廊下の壁に掛けられた国王の肖像画である。
絵の大きさは少なく見積もっても俺とリュウが住む寮部屋の床面積の20倍以上はあるだろう。
絵を納めた額縁には様々な野生の獣を象った細かな装飾と歴史を感じさせるような鈍い輝きを放つ宝石が埋め込まれている。
これでもかというくらいに主張された肖像画の中の国王は穏やかな笑みを浮かべている。目の前に愛しい誰かが居るような、そんな慈愛に満ちた笑みを。
(……前に来た時、あの絵は見なかったな)
もし前回来た時点で見ていたならば、憶えているはず。
何度見ても、欠片も記憶が見つからないということは今、俺は初めての道を通っているということだ。
「気になるか、その絵?」
自分に言っているのかと一瞬、心臓が跳ねた。
「あ、いえ、気になるというか、その……優しそうな方だなと」
「優しそう、か。確かに優しかったよ。昔のブラン王は」
「え、それってどういう……?」
「さ、目的の場所はこの先だ。最初は君に対する好奇の視線で居心地悪く感じるだろうが、時間が経てば次第に慣れてくる。何、悪いようにはしないさ。何たって君は選ばれし者なのだからな」
不自然に会話を切ったフォルクスは、先を急ごうと言って歩き出した。
(昔の王は優しかった、か)
確か、アルステッドも似たようなことを言っていた。
──王妃が亡くなられてから、あの方は変わってしまった。国民に愛されていた、かつての王は、もう何処にも居ないのです。
それから〝選ばれし者〟とは、どういう意味なのだろう?
異世界から来たという特殊な立場の意を遠回しに示しているのか、それとも……
(ま、今は分からなくても何れ答えは出るだろ)
その答えを教えてくれるのは案外、そう遠くない未来かも知れない。
此方に向かって微笑む王を暫し見つめた後、先を行くハヤト達を追って歩き出した。
◇
フォルクスの案内により辿り着いたのは、謁見の間と呼ばれる場所だった。
謁見の間に入った瞬間、ハヤトに向けられる数多の目。
その中にはアルステッドやヴォルフ。ビィザァーナにビィザァーヌ。それからレオンのものも含まれている。
玉座と言っても差し支えない立派な椅子に座る王の近くに立っているレオンを見て、彼が聖騎士であり騎士団長であったことを思い出した。
きっとアランのことは彼にも伝わっているはずだが、こうしてこの場に留まっているのはアランの父親としての彼は今は存在していないからだ。
……いや、今回の場合は存在してはいけないと言った方が正しいだろうか?
魔王が本格的に活動を始めたとなれば彼ら聖騎士は率先して戦地に赴くことになるだろう。
昔は直々に対峙したことは無かったが、聖騎士の評判は部下達から色々と聞いていた。
彼らは真っ白な服を赤い血で染めることを厭うどころか誰が最も真っ赤に染められるかを競い合うような気が狂った連中だとか、敵の血を際立たせる為に本来なら黒の予定だった服をあえて白への変更を希望したとか本当に色々。
お蔭で、俺の中での聖騎士の印象は決して良いものでは無い。薔薇庭園でのこともあって尚更。
レオンと同じ格好をした男女が複数人ほど見える。
これまで聖騎士はレオンしか見たことが無かったから、この光景は何だか新鮮だ。
(あ、アンドレアスもいる。流石に、この空気でも通常通りにとはいかないよな)
寧ろ、いつも通りだったら空気が読めないとか最早、そういう次元の話では無い。王子としての、そして次期国王としての自覚が無いにも程があると幻滅していたことだろう。
(こうも大人しいと何だか別人みたいだな)
彼がアンドレアスであることは間違いないが、人によっては彼をアレクシスと見間違えてしまうかも知れない。
「フォルクス・モルガナ様、ハヤト・クレバヤシ様。お待ちしておりました。それぞれの席までご案内致します」
彼らの元へと駆けつけた二人の召使いが一人はフォルクスを、もう一人はハヤトを誘導していく。
俺は誘導されるハヤトを追いながら、既に着席している者達の顔を見る。
ほとんどが見覚えのない顔だ。
ギルドで一度だけ会ったアンドリューとジェイドもいる。
此処に呼ばれているということは、彼らもそれ相応の地位を持っているのだろう。
(……ん?)
ある一人の女性が視界に入った時、何故か初めて会った気がしないような不思議な感覚に襲われた。
何処かで会ったような会ってないような。
その女性は他の者達と同様で座っているだけなのに、彼女にだけ妙な色香を感じる。
瞳を隠すように伏せられな長いまつ毛も、艶の入った唇も、整えられた長い爪も全てが魅力的に見えてしまう。
魅力的に見えるというだけで心から惹かれるという訳ではないが、それでも男の理想とは彼女のような者のことを指すのだろうと思うほどには彼女の存在は俺の目から見ても際立っていた。
よく見ると、彼女の近くにいる者達は男女問わず、さり気なく彼女に視線を送っている。
彼らも、彼女の存在が気になって気になって仕方がないのだろう。
「クレバヤシ様の席は此方になります」
召使いが空席の椅子を引いて、ハヤトに座るよう促す。
「あ、ありがとうございます」
お辞儀と共に感謝を述べたハヤトは、周囲と目を合わせないようにか下を向いたまま着席した。
「これで全員揃いましたので、早速始めましょうか」
そう言って、着席したハヤトと入れ替わるように立ち上がったのはアルステッドだった。
「これより緊急会議を執り行う。議題は、異世界人ハヤト・クレバヤシを中心とした魔王討伐部隊の結成について。また本日はブラン王直々の命により進行は私、魔法学校理事長──アルステッド・リヴァインが務めさせて頂く」
異論なしの意が込もった拍手が鳴り響く中。
「…………え?」
唯一、一人だけ。
状況を飲み込めていないハヤトだけが拍手をしておらず、ただ呆然とアルステッドの方を見つめていた。




