230.5話_閑話:阻害結界
一瞬、肝を冷やす場面はあったものの城内への潜入に成功したライ。
城の入り口である扉には彼の予想通り魔力感知の魔法が施されていた。
通常ならば透化の魔法を使用中であった彼は、この魔力感知によって正体を暴かれていた筈なのだが、結果として彼の魔法が感知されることは無かった。
その理由は言わずもがな、隼人の存在にある。
では、具体的に彼が何をしたのか……それを説明するには昨日まで時間を巻き戻す必要がある。
ライを強制退出させた後、月姫による隼人の強化特訓が行われていた。
「隼人、今から御主には〝阻害結界〟を完璧に使えるようになってもらう!」
「阻害結界? 普通の結界とは違うんですか?」
「全然違う。本来、結界とは対象物を守るためのに張られるものじゃが、この阻害結界にそのような効果は無い。阻害結界は、その者の存在や魔力といったものを他者からの認識を一時的に阻害する為のものなのじゃ。ちなみに、この世界の者達からは阻害結界と呼ばれておる立派な結界魔法の一つじゃ」
「つまり、その阻害結界を張ったからと言って攻撃から身を守ってくれるわけでは無いんですね?」
「その通り! 防御としての機能は無いが、その分、忍や隠密などといった人目を避ける仕事には持ってこいな結界なのじゃ」
(忍……それに隠密って……)
時代劇でしか聞いたことの無い……とまでは言わないが少なくとも日常会話には今まで出てきたことの無い単語に、隼人は自分と月姫の間にある超えられない世代の壁を見てしまった気がした。
「それで、その阻害結界っていうのは、どうしたら使えるようになるんですか?」
「うむ。それはじゃな……」
一体、どんな風に発動させるものなのだろう?
やっぱり小難しくて無駄に長い呪文を唱えたりするのだろうか?
……出来れば、あまり恥ずかしくないものが良いのだが。
そんなことを考えていた隼人だったが、その心配は無用だった。
「心の中で、その結界にどのような効果を持たせたいのかを何度も呟くのじゃ!」
「…………はい?」
「む? 聞こえんかったか? 心の中で、その結界にどのような効果を持たせたいのかを……」
「あ、いえ。今のは聞こえなかったって意味で言ったんじゃなくて、あの……それだけで良いんですか?」
小難しくて無駄に長い呪文も要らない?
そんなお手軽な方法で、本当に阻害結界が張れるようになるのか?
普通の結界を張ることすら、まだ完璧では無いのに。
(それなら特訓なんて必要ないんじゃ……)
何だか、騙されたような気分になった。
「それだけとは何じゃ! それが一番、大事なのじゃぞ?! 心の中で呟くと言っても、ただ単に呟けば良いというものでは無い。御主の魔法で何をしたいのか誰を助けたいのかが想像できていなければ、いくら呟いたところで望みの結界は生み出せん」
「望みのって……もしかして〝結界〟って結構、種類があったりするんですか?」
「あぁ、あるとも。正確な数までは分からぬが、そうじゃな……御主が望む分だけあるとでも言っておこうかの?」
「僕が、望む分だけ……」
「良いか、結界魔法とは自分の大切なものを守るための力。物や人に限らず、御主の守りたいと思う気持ちが結界という形で現れるのじゃ。
大切なもの。
その言葉から連想されるのは、自分を最初に受け入れてくれた異世界転生課の皆。
ギルド職員の人達も自分に良くしてくれるし、それに最近は……
(ライ君達も……僕の恩人で、大切な人達だ)
前に学生だと聞いたから結構歳も離れているだろう。
そんな彼らを友人という枠で見るのは流石に厳しいだろうが、こう思うくらいは許されるだろう。
隼人はライのことを〝この世界の主人公〟だと思っている。
これといった根拠はない。
ただ、あの時。主人公を心から望んだ時に現れたのが彼だったから、そう思っているだけ。
切っ掛けは単純でも今の彼にとってライは大袈裟な表現ではなく、この世界に無くてはならない存在だと思い込んでいる。
主人公が死んだらその先は何も無いゲームオーバーとなってしまうゲーム世界のように、主人公が居ない世界に希望なんて無いのだから。
「さぁ! 早速、特訓開始じゃ! ほれ、隼人。試しに一度やってみるのじゃ」
「えぇ?! 今からですか?!」
「当たり前じゃろ。方法は教えた。後は実践あるのみじゃ」
(結界を張るのって細かいというか繊細というか、そういう感じのものを求められるのかと思ってたけど……もしかして意外と根性論とかで何とかなったりするのかな?)
何だか釈然とはしないが、難しい理論や数字の羅列をあれこれと並べられるよりは全然良い。
それから隼人は阻害結界の練習に励んだ。
時に褒められ、時に厳しい言葉を受けながら、何度も何度も試し続けた。
「そう、それじゃ! 今の調子で、もう一度やってみよ」
「違う! 御主の想いは、その程度のものか?! 練習だからといって手を抜くな!」
飴と鞭を交互に与えられながら、隼人は改めて考える。
自分は今、何の為に、誰の為に特訓をしているのかを。
(僕も二度も救ってくれたライ君に、少しでも恩返しがしたい。今の僕に出来る精一杯の力を使って……彼を全力でサポートしたい!)
主人公なんて柄では無い。
かといって異世界転生まで果たしておいて、このまま名前も憶えてもらえないようなモブで終わりたくない。
ならば、せめて少しでも皆の役に立てるような存在になりたい。
「……っ、阻害結界!」
不要である詠唱に、隼人は想いの全てを詰め込んだ。
────キィィン……!
頭の中で何かが何かを弾いたような音がした。
あれから何度も阻害結界を張ろうとしてきたが、こんな音を聞いたのは初めてだ。
「月姫さん! い、今のって、もしかして……っ!」
「出来した、隼人! 今の感覚を忘れるでないぞ」
これで彼の役に立てる。
我ながら気が早いが、喜びを噛み締めずにはいられなかった。
「よし。では特訓を再開させるぞ、隼人よ」
「え? 今ので特訓は終わりじゃあ……」
「何を言っておる。一度成功したくらいで我が物にでもなると思ったか? 世の中、それほど甘くは無いわ。それに今のは完成形には、まだまだ程遠い」
「か、完成形?」
「何じゃ。もしや、先ほどのは無意識か? 御主、思いきり〝阻害結界〟と言っておったではないか。此処では良しとしても、この結界が本当に必要となった場でも御主は先ほどのように声を荒げるつもりか? 今のままでは御主の居場所を知らせると共に、先の行動まで相手に伝えているのと同義じゃぞ」
「そ、それは……」
月姫の指摘は、確かに理に適っていた。
今のは、今回のように声を出せない状況での発動には適さない。
直接声には出さず、あくまでも心の中だけで唱える。
これは月姫からの最初の教えでもあったが、そもそもゲーム脳の隼人に、そのような発想など皆無だった。
無駄に長ったらしい詠唱はゲームやアニメにおいても当たり前のようにあったし、何なら戦隊ヒーローの名乗りのように途中で攻撃を仕掛けるのは御法度という知る人ぞ知る暗黙の了解のようなものだという認識までしていたほどだ。
「ほれ、もう一度じゃ」
「は、はい!」
隼人達の特訓は、それから数時間ほど続いた。
この時の隼人は予想すらしていなかった。
この後、再び絶望的な試練が待ち受けていることを。




