29話_少女の過去
※少し残酷な描写と、遠回しですが死ネタも含んでいます。
────ポヨン、ポヨン。
気の抜けるような音を立てながら、スカーレットは跳ね続ける。
「「……………」」
────ポヨン、ポヨン、ポヨン。
ミーナは、スカーレット興味深そうに見つめている。
「「……………」」
そんなミーナの視線に気分を良くしたのか、先ほどよりも力強く、そして軽快に飛び跳ねる。
「スカーレット、頼むから今は大人しくしていてくれ」
これ以上、その音を聞き続けると頭がおかしくなりそうだったので、さすがに止めた。
スカーレットは素直に、跳ねるのを止めてくれた。
アランとグレイが村へ行ってから数分が経った。
会話も何もない空間でスライムが跳ねる音を延々と聞かされる身にもなってみろ。
そんな俺の気持ちが通じたのか、スカーレットは飛び跳ねるのを止めて隣で大人しくなった。スカーレットをジッと見続けていたミーナが、今度は俺を見つめた。
「仲良し、なんだね」
「ミーナにも、いるんじゃないのか? 仲の良い友達が」
そう言って、俺は目の前に広がる湖へと顔を向けるとミーナは少し悲しげな表情を見せた。
「そうだけど……2人は起こしちゃダメだから」
「さっきも湖で眠っているとか言っていたな。ソフィアとルイーズって一体……、っ」
誰かの話し声が、少し離れた場所から聞こえる。
その声が少しずつ俺達のいる小屋に向かって来ているのが分かった。
「ミーナ、少しの間だけ声を出すのを我慢してくれ」
「え?」
ミーナを抱きしめると彼女は驚いたように目を丸くした後、何かを察したかのように俺の胸に顔を埋めた。
察してくれたのはスカーレットも同じだったようで、俺の背中にへばり付いた。
「透化」
そう唱えて俺はその場から動かず、周囲の様子を伺った。
「ライお兄ちゃん、何かあったの?」
「しっ、静かに」
いくら小声とはいえ気付かれたら面倒だ。
一言だけ返すと、ミーナは口元を両手で覆いながら頷いた。
暫くの間、その状態を続けていると数名ほどの男の声が鮮明に聞こえ始めた。
「な、なぁ、本当にあのガキを連れ出すのか?」
「今がチャンスだと、あの方も言っていただろう」
「で、でも、もし竜が襲ってきたら」
「大丈夫だ。俺達には、ガウス様が付いている。あの方がいれば竜なんて脅威でも何でも無いさ」
(……ガウス?)
そんな話をしながら、男達はズカズカと家の中へ入った来た。
男達は辺りを見渡し、何かを探している。
〝何か〟と言いつつ、彼らがミーナを探しに来たことは既に察しているのだが。
「いない……?」
「何処に行ったんだ?」
辺りをキョロキョロと見渡し続ける男達を、俺は息を殺しながら見つめていた。
(どうせ、お前らが探してるものは出てこないんだから早く出て行けよ)
すぐに出て行くと思っていただけに、予想以上に粘って家の中を探し続ける男達に痺れを切らし始めていた。
「此処には、いないみたいだな」
「もしかして森の奥の方に行ったのか?」
「仕方ない。とりあえず出るか」
バタバタと忙しない足音を立てながら、ようやく男達は外へと飛び出していく。
足音と声が少しずつ小さくなっていく。
「……行ったか」
完全に人の気配が無くなると、俺は魔法を解除し、スカーレットは俺の背中を滑り台のようにしてスルンと滑り落ちた。
「ごめん、ミーナ。苦し……」
かっただろう、と繋がるつもりだった言葉を思わず飲み込む。
俺の腕の中にいる少女は、あろう事か穏やかな寝息を立てていた。
「いくら魔法で見つからないようにしていたとは言え……よく、あんな状況で寝てられるな」
どうやら彼女は意外と図太い性格らしい。
安心したように眠りにつく彼女を見て、思わず笑みが零れた。
スカーレットに頼んで適当に布を取ってきてもらい、その布を広げて彼女を横にした。
ちなみに、その間も彼女は一切、起きる気配を見せない。
「……暇になったな」
〝暇〟という俺の言葉に反応したのか、俺の隣に来たスカーレットが恒例の擬態ショーを始めた。
レパートリーはあれから変わらないが、それでも見飽きないから不思議だ。
スカーレットの擬態ショーを横目に、俺はある事を思い付いた。
(ミーナが眠っている今なら、彼女の記憶を覗いても問題無いんじゃないか?)
グレイとアランが村で情報集めに行っているというのに、俺だけ収穫が無いのは何となく面目ない。
(少しだけ……見たい記憶さえ見られれば良い)
勝手に記憶を見る事の罪悪感を押し殺し、俺はミーナの額に触れた。
「記憶追跡」
そして俺は、ミーナの記憶の中へと入った。
◇
俺が住んでいた村と似たような景色が広がっている。
風を浴び、太陽の祝福を全身で受け止める、この懐かしい感覚。
しかし、俺の住んでいた村とは大きく違う部分があった。
────グォォォォォォォォオ!!
ミーナの身体の何十……いや、何百倍の大きさもあるであろう竜。
長い首を降ろした竜の頭を撫でているのは、なんと人間だ。
人間と相容れる事はほとんど無いと言われている彼らが、こんなにも人間に心を許している。
そう言えば昔、聞いた事がある。
この世界の何処かに竜と意思疎通を図り、彼らと支え合い、時に助け合いながら暮らす〝竜使い〟と呼ばれる者達がいると。
初めて聞いた時は絵空事だろうと軽く流していたが、まさか彼女の記憶を通じて、お目にかかる事になろうとは。
(これが、ミーナが見ていた日常なのか)
長閑な風景に癒されていると、突然、場面が切り替わる。
あんなにも長閑だった村が、一瞬で炎と竜の咆哮に包まれていた。
(何だ、これは?!)
竜と仲良く暮らしていたのでは無いのか? 何故、こんな事になっている?!
呆然と見つめていると、何かに引っ張られるように景色が走り出した。
焦った表情の男女が、ミーナの手を引きながら走っていた。
彼らは、ミーナの父親と母親だろうか?
火が比較的に少ない野原に出ると、彼らを待っていたかのように大きな2頭の竜と……ミーナと同い年くらいの子どもが2人いた。
────ギャァァァァァァアアア!!!!!
突然、聞こえた叫び。
それは正に、断末魔の叫びだった。
思わず空を見上げると、竜の大きな身体を槍のような物が貫通していた。
それを容赦なく抜き取ると、竜は力尽きたように重力に従って落ちていく。
槍を持っている者は黒いフードと黒いマントで身を包んでいて、遠目からその正体を見破る事は出来ない。
「どうして、あれが、ここに……?!」
あれって、何だ?
女性は、あの槍の正体を知っているかのような反応を見せた。
「メリッサ。まさか今のは……」
「えぇ、間違い無いわ」
メリッサと呼ばれた女性は、薄緑色の髪を耳にかけながら、同じ緑ではあるものの彼女よりは濃い髪色の男の言葉に頷くと、ミーナの視線の高さに合わせるように跪いた。
「ミーナ。パパとママは、これから竜達を助けに行かないといけないの。だからミーナ、貴女は1人で逃げなさい」
「……え?」
このまま一緒に逃げると思っていたのだろう。
今の俺はミーナ自身のようなものだから、彼女の戸惑いが手に取るように分かる。
しかし彼女が戸惑っている間も竜達は槍に貫かれ、炎の中へと姿を消していく。
落ちていく竜達の中には、人を背中に乗せているものもいた。
「大丈夫。あの子達が貴女をツードラゴ村まで導いてくれる。ツードラゴ村まで行けば、必ず貴女を助けてくれる人がいるから」
メリッサが竜の隣に立っている2人の子どもを見ながら言うと2人の身体が光に包まれ、人間の子どもだったその姿を竜へと変わる。
隣に立つ竜に比べると明らかに小さいが、子どもを乗せる分には問題無い大きさだ。
まさか、此奴等がミーナの言っていたソフィアとルイーズなのか?
「ママとパパは? 来るんだよね?」
ミーナの問いに彼女の両親は何も答えず、ただ悲しげに微笑むだけだった。
ミーナを安心させるようにメリッサは彼女を抱き寄せ、更にその上から男が彼女達を包み込んだ。
「ミーナ、愛してるわ」
「ママ……?」
どうして、今そんな事を言うの?
心底不思議そうな、ミーナの心の声が聞こえる。
「俺もだ。ミーナ、愛してる」
「……パパ?」
パパまで、急にどうしちゃったの?
不思議そうに父親を見つめながらミーナは、そう心の中で口にした。
今の一言に、どれほどの想いが込められていた事か。
それを理解するには彼女は、まだ幼かった。
「ミーナ、沢山の友達を作りなさい。その友達は、いつか貴女の心の支えになる」
普段からメリッサがミーナに言っていた言葉なのだろう。
何度も聞いたから知ってるよ、分かってるよ。でも、どうして今、言うの?
泉のように涌き出るミーナの疑問に答える者はおらず、彼女が理解の域に入る前にメリッサが彼女を抱き上げて竜の背中に乗せた。
「さぁ、ソフィアにしっかり捕まって!」
「ソフィア、ルイーズ。ミーナの事を頼んだぞ」
ミーナが背中に乗った事を確認すると、ソフィアとルイーズが一声鳴いて空高く飛び上がった。
彼女はずっと両親を気にかけていたのだろう。彼女の視界は未だに両親を捉えている。
彼らは互いの存在を確かめ合うように強く抱きしめ合った後、それぞれ違う竜の背中に乗った。
「待ちやがれぇぇえ゛!!!!」
両親に気を取られていたミーナは思わず身体を震わせた。
憎しみ一色のみが込められた男の声に顔を向けると、槍を片手に持った何者かがこちらに何かが近付いて来ていた。
その槍には、竜のものであろう血や肉塊の欠片が付いていた。
竜の背中を掴むミーナの手に、思わず力が込もる。
(はやく……っ、はやく逃げないと!!)
幼いながらも、こちらに迫って来る存在が危険であると本能が告げている。
直視出来ない恐怖に目を瞑ると、何かが衝突するような鈍い音がした。
恐る恐る目を開けると、ミーナの父親を背に乗せた竜が、槍を持った者に突撃していた。
「パパ!!」
ミーナも、突撃した竜の背中に乗っている存在に気付いたのだろう。
声を大にして父親を呼ぶが、当然ながら父親の耳にミーナの叫びは届かなかった。
そんな父親に続くように、メリッサを乗せた竜も槍を持った者へと向かって行った。
「ソフィア……っ、お願い、戻って!」
段々と離れていく両親の姿を見て何か嫌な予感を覚えたのか、ソフィアに戻るように命令したが、ソフィアもルイーズもミーナの言葉には耳を貸さず、ただ前だけを見て進んでいく。
「ソフィア!!」
何度呼びかけても彼女の呼びかけにソフィア達が応える事は無かった。
あれから何度呼びかけただろう。
大声を出し続けたせいか喉が枯れ、話す事も充分に出来そうにない。
呼びかける事を諦め、村の方へ振り返った時には、もう……村の上空を飛び回る竜の姿は1頭も確認できなかった。
◇
もう、これ以上は見る必要は無い。
記憶追跡を解除した。
叶うなら数十分前、軽い気持ちで彼女の記憶を覗こうとした自分を殴りたい。
彼女の中にある記憶は軽い気持ちで見て良いものでは無かった。
隣で擬態ショーをしていたはずのスカーレットが、俺の目元に触手を伸ばす。
スカーレットが触れたものを見て、俺は初めて涙を流している事に気付いた。
未だに寝息を立てて眠る彼女に、俺はこれからどんな顔をして接すれば良いのだろう。
「思ってたより遅くなっちゃったね」
外から聞こえてきたアランの声と足音に、慌てて目元を拭う。
スカーレットは、そんな俺を見て何を思ったのか触手が行き場を失ったように左右に動いている。
「……今の、アラン達には内緒だからな」
念のためにスカーレットに釘を打つと、アランとグレイを迎えるために外へ出た。
投稿時間、いつもより遅くなって申し訳ありませんでした…!