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227話_奇跡に縋る

 言葉に出さなかっただけで、妙な引っ掛かりは感じていた。

 何故、(ドラゴン)を封じ込めるための存在に〝贄〟という不穏な言葉を使うのか?


(そもそも(ドラゴン)を人間の体内に封じ込める魔法など、今まで聞いたことが無い)


 元々は竜の腰掛け(ドラゴンズ・レスト)という宝玉の中に封じ込められていた(ドラゴン)を、どうやって人間の身体に移し替えたのだろう?


(複数の対象物を入れ替える魔法は、あるにはあるが……)


 その魔法を使うためには(ドラゴン)と入れ替える為のものが必要だ。

 つまり(ドラゴン)を体内に入れると同時に、宝玉の中には(ドラゴン)と入れ替えた何かを入れなければならない。

 しかも、入れ替えるもの同士の器の中に存在するものでないといけないため必然的に(ドラゴン)と入れ替わるのは人間の体内にあるものとなる。

 そうなると入れ替われるものは、かなり限られてくる。

 ……俺は、その答えを既に知っているような気がする。

 我ながら何とも曖昧な物言いだが、それが確実だと言えるほどの根拠が何も無いため、はっきりと断言できないのだ。

 だが、今まで聞いてきたもの触れてきたもの全てを組み合わせたことで自分の中で一つの結論が見えた。

 先ずは、初めて竜の腰掛け(ドラゴンズ・レスト)に触れた時の感触。

 あの宝玉に触れた時に感じた、まるで心臓でも握っているかのような鼓動。

 あの中に封じ込まれているものが本当に心臓だったとしたら?

 次に、自分が四竜柱(しりゅうばしら)(にえ)だと明かした時のファイルの言葉。


 ──前までは、ちゃんと聞こえてたし動いてたんすよ? でも、いつからっすかね……気付いたら、オレっちの心臓は止まってたっす。不思議な話っすよね。オレっちは、こうして普通に動いてるのに心臓は止まってるんすよ?


 彼の心音が、いつから聞こえなくなったのか具体的には聞いていない。

 聞いていないが、もし(ドラゴン)を体内に取り込んだ時から聞こえなくなっていたとしたら?


「ライ、まだ答えは出ぬか?」


 カグヤからの問いかけで、今自分が置かれている状況を思い出した。

 自分の中で結論を出すよりも先ほどの彼女の問いに答えるのが先だ。


「一般的に贄と呼ばれる者が辿るとされる結末は、端的に言えば〝死〟……そう、教わりました」


 過去に自分が見てきたものを伏せて、あくまでも授業の一環で習ったという(てい)で答える。

 実際、俺が魔王だったにも()()()()()()はあった。

 若い男や女を神に捧げれば平和になるだの、神が魔王に天罰を与えて下さるだの。

 この話を広めた奴の正気を疑うほどに理解できない話ばかり。

 何故、若い者達でなければならないのか?

 何故、生贄を捧げることで世界が平和になるのか?

 そもそも、どのくらいの生贄が必要なのか?

 尽きない疑問は未だに解消されていない。何故なら、これらの疑問に答えられる者が居なかったから。

 彼らは誰から伝わったかも分からない迷信を信じて実行し、多くの尊い命を犠牲にしてきたのだ。

 その中でも何人かは助け出せたが、恐らく把握できなかった分も含めて救えなかった命の数の方が多い。

 何人か救ったからと言って、(魔王)の罪が軽くわけでは無い。あのような風習が変に誇張されてしまったのは魔王の存在があったからだ。

 魔王の存在により世界が混沌化したことで力を持たず、神に縋ることしか出来なかった弱き者達が心身ともに追い詰められ、最終的に人身御供という方法に手を出してしまった。

 とはいえ、俺に彼らを責める資格はない。

 彼らを追い詰めたのは……俺なのだから。


「そうじゃ。贄の末路は昔から〝死〟と言われておる。それは今も昔も変わらん。四竜柱(しりゅうばしら)(にえ)という名前も悪戯に贄という言葉を用いたわけでは無い。それ相当の意味を持つからこそ、この言葉が使われておる。儂の言っておる意味が分かるかの?」


 分かる。分かってしまっている。

 ハヤトも俺達の今までの遣り取りで何かを察したのだろう。

 今の彼からは、誰かに対する同情の念が伝わってくる。


「カリン達は(ドラゴン)を封じ込めておく為だけの存在ではない、ということですね」


「あぁ、その通り。察しが良くて何よりじゃ。あまり自分の口からは言いたくないからの」


 出来るだけ遠回しな表現を使った返答だったため伝わるか不安だったが、問題なく彼女には伝わったらしい。


「カリン達は自身の()()()()と引き換えに(ドラゴン)を体内に取り込んでおる。それは彼奴等の生命そのものと言っても過言ではない代物で……」


「もしかして、その〝あるもの〟というのは心臓のことですか?」


 気付いたら、声に出ていた。

 ハヤトの強張ったような驚きの顔が視界に入り込む。

 当然の反応だ。これまでの遣り取りの中では、そうであると明確に導き出される情報は何一つ提示されていないのだから。

 この短時間で頭のネジが一、二本ほど弾け飛んでしまったのではと思われているかも知れない。


「御主、何処でそれを……」


 動揺の震えを見せた彼女の声と言葉により、俺の予想が当たっていたことが証明された。

 ……出来れば、この予想は外れてほしかったというのが本音ではあったのだが。


「以前、ある鬼人(オーガ)の村に行った時に竜の腰掛け(ドラゴンズ・レスト)に触れる機会があったんです。竜の腰掛け《ドラゴンズ・レスト》を手に持った時、生々しい感触といいますか心音が伝わってきたんです。まるで心臓そのものを掴んでいるかのような、そんな感覚が」


「まさか、それだけで分かったというのか?!」


「いいえ。この時は、そんなこと思いもしていませんでした。俺が、この結論に至れたのは先ほどまでの貴女の遣り取りとファイルさんから前もって得ていた情報があったからです」


「ファイルからじゃと?」


「はい。彼は自分の心音が聞こえなくなっていたことに気付いている様子でした。ただ、その理由を彼は〝中に封印した(ドラゴン)が少しずつ自分の身体を乗っ取ろうとしてるから〟だと言っていました。これが事実だとしたら、この状況を把握しながらも放置している上の方針に矛盾が生じます。脅威である(ドラゴン)を封印する器の代理となった人間を乗っ取ろうとしていると知れば、上は(ドラゴン)が完全に乗っ取る前に何かしらの対策をしなければと動いている筈ですから」


 しかも彼の言い方から察するに、自分の身体が(ドラゴン)に乗っ取られようとしているという話は誰かによって伝えられたものだろう。


(意図的に違う情報を与えられていた? それに恐らく、彼だけではなくアザミも……)


 ──……よく憶えておくんだよ。今、アンタ達が感じたのは、アタシ達がこうやって平和に暮らしている間、ずっと誰かの〝中〟で眠っている(ドラゴン)生命(いのち)の鼓動さ。


 あの時の彼女は、竜の腰掛け(ドラゴンズ・レスト)から聞こえる鼓動は(ドラゴン)のものだと言っていた。

 つまりは宝玉を守る立ち位置である彼女にも偽りの情報が流されていることになる。


「奴め、そこまで白状しておったか。ならば仕方がない。儂も白状するとしよう。……御主の言う通り。四竜柱(しりゅうばしら)(にえ)は己の心臓を捧げることで(ドラゴン)を封じ込める器として成立しておるのじゃ」


「し、心臓って。でも、その人達は今も生きてるんですよね?」


「あぁ、勿論。心臓を捧げるとは言っても、あくまで彼らに役割を全うさせる為の人質のようなものじゃ」


「し、心臓が無いのに生きてる……?」


 ハヤトが混乱しているのが見て取れる。

 カグヤにとっては予想通りの反応だったらしく、暢気そうに笑っている。


「ほっほっほ。やはり、そういう反応になるよなぁ。儂等が元いた世界からは考えられん話じゃろ? じゃが、これが現実じゃ。此処は、()()()()()()なのじゃよ、隼人」


 これはカグヤとハヤトだけが理解できる感情の領域であると間接的に線引きをされたような気がした。


「それより突然すまなかったな、ライ。先ほど、儂が贄の結末を問うた時、この後自分は責められると思っておったじゃろ?」


「え、どうして……」


「そのくらい分かるわ。動揺が顔に出ておったからの。案外、御主も分かり易いよのぉ」


 実際、当たっているので何も言えない。

 というか表情に出てしまっていたのか。それはそれで複雑なものがある。


「良い良い。子どもは素直が一番じゃ。それにお蔭で、はっきりした! 御主は()()()()()という事がな」


「敵?」


「そうじゃ。もし御主が態とカリンの手を離しておったのじゃとしたら儂は今後、御主を敵として見ようと決めておった。じゃが、これまでの御主の言葉や反応を見た限り、御主の行動から悪意は感じられんかった。これでも多くの者を見てきたからな。其奴が嘘を吐いておるか否か程度なら声色一つで分かる」


 色々な意味で敵に回すと厄介な人だと思った。

 隣で呆気に取られているハヤトも似たようなことを思っているに違いない。


「御主が無害であることは分かったが、どうしても一つ分からないことがあるのじゃ。聞かせてくれ。あの時、何故カリンの手を取った?」


「それが自分でも、よく分からないんです。気持ちより身体が先に反応したと言いますか……恐らく彼女をこのまま行かせてはいけないと本能的に悟っていたのかも知れません」


「ふむ、じゃとしたら御主の本能とやらの判断は正しかったな。じゃが、もうカリンはアルステッド達が連れて行ってしまった。そしてファイルも」


 このままではカリンとファイルが……そう思ったら居ても立っても居られなくなった。

 しかし今更、俺に何が出来るというのだろう?

 彼女達の行き先も知らず、例え知ったとしても行ったところで俺に何が出来る?


「ライ、無理を承知で御主に頼みがある。とても重要な頼みじゃ。強制ではないが、出来れば聞いてほしい」


 彼女が何を頼むつもりか、大凡の見当はついていた。


「どうか、カリン達を助けてやってほしいのじゃ! 瀕死の儂を救ってくれたように……もう一度、御主の奇跡の力を見せておくれ!」


 箱の中で彼女が頭を下げたのが分かったが、俺は彼女への返事を出せずにいた。

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