226話_気付かされた罪
カリンの腕を掴む自分の手を見つめながら思う。
(……何で引き止めたんだ、俺?)
その気は微塵も無かったどころか、その発想にさえ至っていなかった。
だったとしても、だ。俺が彼女の腕を掴んだのは事実。
真実を伝えたところでアルステッド達が納得してくれるはずが無い。却って余計怪しまれてしまう。
「あ……悪い」
未だに自分でも何故このようなことをしたのか分からないが、とりあえず手を離す。
アルステッドは何かを探るように俺を見てはいたものの特に何も言及はせず、何事も無かったかのように〝行くぞ〟と背中を見せた。
彼の後をビィザァーナ達が追う。そして、カリンも。
御伽領域を去る直後、カリンは俺の方を見た彼女は薄っすらと笑みを浮かべて声なき言葉を発していたのを俺は見逃さなかった。
────ありがとう。
それが、彼女が俺に残した言葉。
彼女が何故、最後に感謝を零して去って行ったのか。その理由は分からない。
分からないけれど……あの時、手を離すべきでは無かったのではと曖昧な後悔が芽生える。
彼女は御礼を言っていたが、本当は手を離してほしく無かったのではないかと先ほどの彼女の笑みを見て直感的に、そう思ったのだ。
混乱と焦りで熱を帯びている手が、行き場の見つからない感情と共に取り残されてしまっていた。
「何ということじゃ……恐れていたことが、こうも早く起こってしまうとは……」
「え、どういう事ですか?」
カグヤの言葉に真っ先に反応したハヤトが疑問を投げかける。
俺も、その答えが知りたくてカグヤがいる〝箱〟を見る。
「ライ、前に儂が御主にした質問を憶えておるか?」
突然、そんなこと言われてもと不満を零したが、案外すんなりと思い出せた。
確か彼女は以前、こんな質問をしてきた。
「四竜柱の贄を知っているか?」と。その質問に当時の俺は「知らない」と答えた。
今、同じ質問をされたら俺は、あの時とは違う答えを言える。
今日までに、それだけの知識を得てしまったのだから。
「憶えています。確か、四竜柱の贄の関することでしたよね」
「そうじゃ。あれから結構な時間が経っておるから忘れられていたのではないかと心配しておったが、不要だったようじゃな」
カグヤの反応に、安堵の息が漏れる。
これで違うだのそれじゃないだの言われてしまっていたら、俺は二度と顔を上げられなかっただろう。
「ファイルさんから大まかなことは聞きました」
「ファイルから? 珍しいのぉ。彼奴は、普段はあのような態度をしておるが意外と警戒心が強くてな。もしや奴自身のことも……」
途中で切れた言葉に頷いたことで、全て伝わったらしい。
カグヤは何処か感慨深そうな声で〝そうか、そうか〟と言葉を繰り返していた。
「人を信じられん、信じたくないと言っておった奴が随分とまあ成長したもんじゃ。デルタ達と出会ってからマシにはなったものの、限られた者にしか心を開かなかったファイルがのぉ」
しみじみと語るカグヤに対し、ハヤトが何かを思い出したように声を漏らす。
「あ、そういえば最近ファイルさんから君の名前をよく聞くようになったかも。その時のファイルさん、まるで友達の話をしてるみたいに楽しそうな顔してるんだよ。でもファイルさんは君のことを友達じゃなくて〝恩人〟だって言ってた。いつか必ず、この恩は返さなきゃいけないって」
「そう、なんですか」
俺は、ハヤトの言葉に上手く返すことが出来なかった。
ハヤトは俺の反応を気にする様子もなく頷いている。
「ま、ファイルの件は今は置いておくとして……本題じゃ。ファイルから書いておるというなら今更、儂が話すことも無いじゃろ。じゃが御主の反応を見る限り、四竜柱の贄の役割までは聞いてなさそうじゃな」
「役割? 竜を封じることでは無いんですか?」
「勿論、それもあるが、他にもあるのじゃよ。竜を封じ込めることと同じくらい大事な役割がな」
ハヤトも心当たりが無いようで顔に疑問符を浮かべている。
「知らんのも当然じゃ。これは儂を含め各機関や国の上層部でも極小数の者にしか知らされてないからのぉ。今回、魔王が現れたことで、カリン達にその役割を果たさせるつもりなのじゃ」
これは、国としても出来るだけ隠しておきたい機密事項に匹敵するような話だ。
本来ならば俺達のような者が気安く聞いて良いものでは無いだろう。
だが、それでもカグヤがファイルが関わっていることなら知りたい。
知って、少しでも力になれるようなことがあれば……
「ライ、基本的に〝贄〟が辿る結末は何じゃ?」
「……は?」
唐突な上に意味の分からない質問に思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
「答えよ」
それ以外の返答は認めないとばかりに彼女は、はっきりと言い放つ。
こうなったら質問の意味は全く分からないが、分からないなりに考えて答えを出すしか無さそうだ。
(贄が迎える最後、それは…………)
その先は、例え思考の中であっても言葉にしない。してはいけないと思った。
これが彼女の求める答えなのかは分からないが、もしそうだとしたら、あの時のカリンの反応も、表情も、声も、全てに納得がいく。
そして同時に俺は、とんでもない失態を演じてしまったことになる。
箱の中のカグヤは、どのような表情で自分を見つめているのか。
考えただけで、言葉に出来ない恐怖や罪悪感が身体中を駆け巡った。




