225話_無意識の抵抗
ここは一度、情報を整理した方が良い気はするが、その間に話を進められても困る。
目眩に加えて頭痛までしてきたが、それらと何とか上手く付き合いながら状況を把握していくしかない。
「星が降ってきたことで村が二つも消滅したというのは分かった。……理屈としては未だに納得いっとらん部分が多いが、とりあえず今は分かったものとする」
〝とりあえず今は〟を強調した辺り、本当に納得してなさそうだ。
俺が彼女の立場でも同じ反応になるだろうが、何にせよ無理やりにでも納得しなければ、いつまで経っても話が前に進まない。
だからこそ彼女は、とりあえず今は何も触れないでおくことを選択したのだ。
「じゃが、そこで何故、魔王が出てくる? 直接、魔王を名乗る奴から宣戦布告でもされたか?」
「いえ、そういうわけでは無いのですが……実は貴女が眠っている間に、ちょっとした事件がありましてね。その事件とほぼ同時期に各地のモンスター達の行動が不自然な活発化を見せ始めたのです」
(ちょっとした、ねぇ……)
詳細を濁してはいたが、彼の言う〝事件〟が生きる厄災のことを指していることは、すぐに察しが付いた。
言うだけなら簡単だと嫌味を零してしまうのは所謂、ご愛嬌という奴である。
「事件は無事に終息し、各地のギルドの協力もあって一度は鎮静化されたのですが……この短時間でモンスター被害に関する報告が既に何十件も上がってきているようで王都のギルドも対応に追われている状況です」
初めて得た情報に自分の耳を疑う。
前回は活発化したタイミングから生きる厄災の影響によるものだと判断することが出来たが、今回に関しては想像もつかない。
その現象がナチャーロ村やツードラゴ村付近に生息しているモンスターのみに該当するのであれば、まだ話は分かる。
未知の衝撃で我を忘れたモンスターが一時的に凶暴化してしまったのだろうと大まかながらも理由が想像できるからだ。
しかし、今の彼の話の内容から察するに、どうやら影響の範囲は一部的なものでは無い。
それは言い換えれば、原因が別のところにある可能性が高いということだ。
「村の消滅。星々の大移動。モンスターの活発化。明らかに、この世界で何か良くないことが起ころうとしておることは分かった。じゃが結局、魔王に関することは何一つ分からん。まさか、これらの前代未聞とも言える出来事が一度に起こったからという根拠のない憶測で魔王という架空の悪を作り上げたのでは無かろうな?」
「勿論でありますぞ、カグヤ殿。実は目に見える変化は他にもありましてな。弱肉強食の森という森の奥に広がる毒の霧のことはご存知ですかな?」
ここで、ほとんどアルステッドの隣で立っているだけだったヴォルフが自ら口を開いた。
「勿論、知っておる。実物は見たことが無いが、何でも毒が効かない者しか住めぬ地獄のような場所なのだろう?」
「その通りで御座います。毒の霧は世にも珍しい自然界で発生した純粋な毒で、その成分等の詳細は未だに分かっておりませぬ。何しろ生身の人間が、その霧がかかっている範囲の空気を僅かでも吸い込んでしまえば助からないと言われているほどの猛毒ですからな。いつから発生したものなのかも、何処から発生されているのかも分からない謎の多い存在ではありますが、その霧が薄まったことや晴れたことは今まで一度も御座いませんでした」
弱肉強食の森に毒の霧。
懐かしい名前に、昔の記憶の情景が脳裏に浮かぶ。
このまま懐かしい思い出に浸っていきたいところだが、今は我慢だ。
「御座いませんでしたということは、今は違うということじゃな?」
「……はい。今は、その霧が全く確認されないのです。これまで強風の日でも大雨の続く日でも薄まることすら無かった霧が、まるで其処には初めから無かったかのように。そして無くなった霧の代わりに現れたのが、底知れない不気味さを感じる城でした」
「城? では霧に包まれていた場所には、かつて国があったということか?」
「それを調査するべく調査員を送ったのですが、目的地に辿り着く前に森のモンスターに襲われて止むなく調査を断念。ただ現地に行っていた調査員曰く、その襲ってきたモンスター達が可笑しなことを言っていたようなのです」
──下等生物如きが魔王様の城に近付くな、と。
「……それは、確かか?」
「モンスターに襲われたという調査員全員から同じ報告を受け取っております故、間違いないかと」
「幻覚といった類の可能性は?」
「その可能性も考慮して負傷した調査員と同様に診察を行いましたが皆、魔法をかけられた状態では無かったとのことでしたからな。その可能性も低いかと」
ヴォルフの言葉を、カグヤはどう捉えたのだろう?
彼女の表情も見えず、唯一の判断材料である声も聞こえないため何も分からない。
「ここで頭を悩ませても国が出した結論は変わらない。我々は国の判断に従い、行動を起こすのみです」
「何、国じゃと? まさか、あの男も全てを知って……」
「勿論。今回、我々に緊急招集をかけたのも彼──ブラン・ディ・フリードマン王本人です。それだけ国も事態を重く受け止めているということですよ」
「カリンやファイルにまで招集がかけられておったのは、やはりそういう目的じゃったか……見損なったぞ、アルステッド。御主は大事な生徒を、こうも簡単に手渡してしまうのか」
「私とて本意では無いのですよ。それでも国の意向に逆らうことは出来ない。王妃が亡くなられてから、あの方は変わってしまった。国民に愛されていた、かつての王は、もう何処にも居ないのです。もし逆らえば……今の彼は何をするか分からない」
アルステッドは王の命令に背いた後の自分の身を心配しているというよりも、その際にカリン達に向けられるであろう威迫を憂慮している。
今の言葉を受けて何となく、そう思えたのだ。
「何とかならんのか?」
「……残念ながら」
カグヤの最後の望みの糸を断ち切るように告げたアルステッドの横では、ヴォルフも緩く首を振っている。
彼らやカグヤは俺やカリン達に比べれば、この世界では上の立場にある。そんな彼らも、流石に王が相手となれば下手に動けない。
王を敵に回すということは、国そのものが敵となるということだから。
「名残惜しいですが、時間切れです。……カリン君、我々と共に来てくれるね?」
自分に手を差し伸べられた手を見つめるカリンの瞳は、先の見えない恐怖に揺れていた。
彼女のなりの抵抗なのか皺が出来るほどに強く掴んだ服の裾から中々、手を離さない。
普段、俺が見てきた彼女からは想像もつかない姿に、彼女が抱えているものの深刻さが初めて分かった気がした。
「あ、の……私……」
「ん?」
何かを言いかけたカリンだったがアルステッドの声にビクリと肩を上下させ、その口を閉じてしまった。
カグヤの居る〝箱〟の中に入っていたビィザァーナ達も神妙な面持ちで出てくる。
もう彼女に、逃げ場なんて無かった。
「わ、かり、ました……私、理事長達と、一緒に……」
裾を掴んでいた手を離し、差し出されたアルステッドの手を取ろうと彼女が手を伸ばしたが……
「……え?」
何故か、彼女は戸惑ったような声を漏らして俺を見た。
その理由が分からなくて、俺も戸惑う。
何故、彼女は俺を見ているのだろう?
その疑問の答えは意外と早く分かった。
「ライ君、その手は何のつもりかね?」
……手?
アルステッドからの指摘で、俺は自分の手を見る。
(…………は?)
俺の右手が彼女の左腕を掴んでいることに今、気が付いた。
しかも、どうして今まで気付かなかったのかと不思議に思うほどに、しっかりと。
これはカリンが困惑の視線を向けるのも当然だ。アルステッドの指摘だって。
周囲からの視線に居た堪れない気持ちになりながらも俺は彼らが納得するような言い訳を必死に考える。
……この状況で、そんな都合の良い言い訳等あるはずも無いのに。
カリンの腕を掴んでいる自分の手から嫌な汗が滲み出たのを感じた。




