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219話_変わり果てた〝結界師〟

 寮の部屋に辿り着いたのと同じタイミングで、勢いよく扉が開かれた。

 もう少し帰るのが遅くなっていたら、相手によっては質問攻めにあっていたかも知れない。正に、間一髪だった。


「ライ君! いきなりで申し訳ないんだけど、今から私とー……って、あら。グレイ君も居たのね」


 ノックも無しに入ってきたのは、ビィザアーヌだった。

 少し前に会ったばかりなのに、何故か久しく会ってなかったように感じる。


(授業が無くなってしまったようなので、ライさんから色々と教わっていたんです)


「まぁ、相変わらず勉強熱心ね! 感心感心」


 よくもまぁ咄嗟に、そんな嘘が吐けるものだ。

 リュウは、そんなグレイに尊敬と呼んでも差し支えないほどに輝かしい眼差しを向けている。……理由は粗方、察しがつくから何も言わない。


「先生、何か用事があったのでは?」


「あっ、そうだった! ライ君、急で悪いんだけど私と一緒に来てほしいの!」


「え、あの、来てほしいって何処に……」


「じゃあ、グレイ君。悪いけど、ライ君借りるわね」


(あ、はい)


 〝あ、はい〟じゃない。そこは、せめて説明を求める素振りくらいは見せてくれ。

 なんて不満を言うだけの時間があるはずもなく、俺はビィザァーヌによって強制的に部屋の外へと出されてしまった。

 部屋を出た瞬間、廊下であったはずの景色がギルドの館内に変わったのを見て、彼女が瞬間移動(テレポーテーション)を使ったのだと理解した。

 彼女の慌ただしい様子を見る限り、何やら急を要する案件のようだ。


「あ、ビィザァーヌさん! お待ちしておりました」


 ギルドに来た俺達を迎えたのは、ガチャールだった。


「遅くなって、ごめんなさい。カグヤ様の容態は?」


「今のところ安定しています。ハヤトさんやカリンさんと話をされていましたが、少しお疲れになったようで今は休んでいます」


「あら、そうなの……それじゃあ、体力が回復するのを待った方が良いかしら?」


「お休みになられてから結構な時間が経っているので今から行けば、もしかしたら……」


「分かったわ。どちらにせよ行くことに変わりはないし、行ってみるわね」


「はい」


「あ、あの……」


 漸く彼女達の会話に割って入ることが出来た。

 色々と言いたいことはあるが、とりあえず今は俺を此処まで連れて来た目的だけでも教えてもらわなければ。


「そろそろ俺を此処まで連れて来た目的を教えて頂ければな、と」


「え、ビィザァーヌさん、まだライさんに話されていなかったんですか?」


「い、いやー、その、とりあえずはライ君を連れて来なきゃって思ってたから、ほら……ね?」


 不自然に言葉を詰まらせるビィザァーヌに、ガチャールは少し呆れたような表情を浮かべている。

 

「急を要するのは確かですが、何の説明も無しに連れて来たらライ君だって困惑してしまいますよ。せめて最低限の説明はしないと」


「はい……以後、気を付けます」


 頭を下げて謝るビィザァーヌに、ガチャールは〝次からは気を付けて下さいね〟と微笑んでいる。


「すみませんね、ライさん。突然のことで驚かせてしまいましたね。本当に、すみません」


「あ、いえ」


 思わず、先ほどのグレイと似たような反応で返してしまった。


「実はビィザァーヌさんに貴方を此処に連れて来るようにお願いしたのは、私なんです」


「ガチャールさんが?」


「はい。カグヤ様の体調が思わしくないのはご存知ですよね? ずっと寝たきりで暫くは昏睡に近い状態にまで悪化していたのですが……昨日、奇跡的にカグヤ様が目を覚まされたんです」


 結界師である彼女が結界魔法を維持できないほどに身体が弱っていたことは、アルステッドを通じて把握だけはしていた。

 あれから結界が再び張られる様子も無かったため嫌な胸騒ぎを感じていたが、それは杞憂に終わったということか?

 ……いや、さっきのビィザァーヌ達の話からして、快方に向かっているというわけでも無さそうだ。

 あくまでも一時的に回復したというだけで、カグヤが不調であることに変わりはないのだろう。

 一気に情報が入ってきたかのように思えるが、肝心なところは何一つ見えてこない。

 結局、俺が呼ばれた理由は何だ?


「カグヤ様が目覚められた時、その場にいた私達に言ったんです。〝もう自分に残された時間は多くはない。だから今のうちに、会いたい人達と会って出来れば話もしたい〟って」


「その会って話したい人達の中に、貴方も入っているのよ」


「……俺が?」


 俺とカグヤが会話をしたのは、俺が初めて御伽領域(フェアリー・ランド)に来た時の一度きりだった筈だ。

 あれ以来、顔を合わせることも無かった相手と話がしたいと本気で思っているのか?

 自分に残された時間が少ないと分かっているならば家族や恋人等といった所謂、大事な人と一緒に過ごしたいと思うものではないのか?


「比較的に今は人が少ないとはいえ此処じゃ目立つわね。詳しいことは案内しながら話すわ。それで良いわよね、ガチャール?」


「はい、勿論」


 一応、俺が連れて来られた理由は分かった。分かったものとしよう。

 ただ、まだ納得はしていない。

 限られた貴重な時間で、一度だけ話をした程度の相手と会って今更、何を話そうというのか?

 ビィザァーヌもガチャールも、その問いに答えてはくれなかった。正確には、答えられなかったの方が正しいだろうが。

 しかし、彼女達は言った。

 仮に知っていたとしても、自分達が伝えることではないから教えない。それは貴方が本人に直接、聞いて答えを得るべきだと。


 あの時と同様、ギルド内にある階段に仕掛けられた転送魔法を使って御伽領域(フェアリーランド)へとやって来た俺が目にしたのは、以前カグヤと出会った部屋の隅で顔を俯かせて座り込んだカリンと気力ない瞳で虚空を見つめながら壁に凭れかかっているハヤトだった。


「……カグヤ様と話をされてから、ずっとあの調子なんです。彼らがカグヤ様と何を話されたのかは私も知りません」


 あの様子を見る限り、彼らにとって楽しい話が出来なかったことは想像に容易い。


「やっと来たわね」


 俺達の方へと近付いて来たのは、ビィザァーナだった。


「ビィザァーナ、休んでてって言ったのに」


「状況が状況だもの。暢気(のんき)に休んでなんかいられないわ。アルステッド先生は?」


「……今もカグヤ様を助ける為に色々と文献を読み漁っているわ。カグヤ様を救う手立ては必ずどこかにある筈だから最後まで諦めないって」


「そう……っと、久し振りね、ライ君。あと遅くなったけど試験合格おめでとう」


「あ、ありがとうございます」


「あら? でもライ君が飛び級試験を受けるって決まった日も会ってるんだから、久し振りってほどでも無かったかしら? ……まぁ、良いわ。貴方が此処に呼ばれた理由はビィザァーヌ達から聞いた?」


「はい」


 反射的に返事はしたものの、実際は大まかな部分しか聞かされていない。

 ギルドから此処に辿り着くまでの間なのだから、距離的にも詳細まで根掘り葉掘り聞く時間など無いに等しかったわけだが。


「なら、話は早いわね。丁度、カグヤ様の体力が少し戻ったところだったの。もうすぐ貴方が来るって報告を受けてから、ずっと貴方のことを待ってる」


 少し先の未来を見るような遠い目を向けるビィザァーナの瞳が少しだけ潤んでいるように見えるのは、きっと気のせいではない。

 カグヤの意識が、もう長くは持たないであろうことを彼女は確信しているのだろう。

 その言葉を最後に、ビィザァーナの視線は俺から四角い大きな箱のような物へと向けられた。

 以前、此処に来た時にも見た箱。

 中の構造等は知らないが、あの中にカグヤが居ることだけは知っている。

 あの箱のような物の中に入れということだろう。

 彼女の視線の意図を理解した俺は、箱のある方に向かって歩き出した。

 視界の端に入るカリンやハヤトが気になったが、彼らに声をかけることはしなかった。


(今は、そっとしておいた方が良いだろうな)


 可能な限り彼らを視界に捉えたまま進み、とうとう箱の前まで辿り着いた。


「……カグヤ様、ライ・サナタスです。入ってもよろしいですか?」


 数秒ほど待ったが、返事はない。

 返事が来ないであろうことは予想していたが、女性の部屋に入るのだから最低限の礼儀は守りたかったのだ。

 ビィザァーナ達の方を振り返り彼女達が頷いたのを確認すると、俺はカーテン(確か、彼女はカーテンという呼び方をしていなかったと思うが、正しい名称を思い出せないのでカーテンと呼ぶことにする)を少し持ち上げて奥へと入った。


 カーテンの奥にある仄かに草の香りがする床へと踏み出す。

 床と共に俺を迎え入れてくれたのは、ほとんど何もない小部屋。

 見覚えはあるが見慣れはしない壁や床で作られた空間に、この空間だけが別の世界にあるように感じられた。

 その空間の中心に敷かれた布団の中に〝彼女〟はいた。


「……ライ、か?」


 その声からは前に聞いた若々しい女性らしさなど微塵も感じられない。

 身体が弱っているからとか、そんな次元の話ではない。声だけ聞くと、まるで老婆だ。

 恐る恐る、横たわる彼女へ歩み寄る。

 皺だらけの腕や手が鮮明に見え始めた時点で察してはいた。それでも、そんなまさかと否定する自分もいた。

 どちらの自分が正しかったのかは、初めて彼女の顔を見たことで、はっきりと白黒をつけられてしまった。


「折角、また来てくれたのにすまないのぅ……()()()姿()で」


 その瞬間、弱々しくも俺に微笑みかける目の前の老婆こそが〝カグヤ・アマクサ〟なのだと認めざるを得なかった。

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