218話_残された思い出
正常になった視界が最初に捉えたのは、目の周りに不自然な紅色を帯びたリュウだった。
「目、赤くなってるぞ」
「お前もな」
あれから無心に涙を流し続けたせいか、強張っていた心が少しだけ解れたような気がする。
この場にいるのが俺だけではなかったから、そう思えるのかも知れない。
(お二人とも、同じくらい赤いですよ)
「他人事みたいに言ってるところ悪いが、そう言うグレイだって……」
そう言いながらグレイを見た瞬間、その先に続いて出るはずだった言葉が喉の奥まで引っ込んだ。
グレイの顔を見るまで俺は、彼の両目は常に前髪で隠されていたことを忘れていた。
あの長ったらしい前髪のお蔭で、彼は泣き腫らした目を他人に晒さずに済んでいる。
羨ましいとは思わないが、狡いとは思った。
後は単純に、グレイが優位に立っているように思えて何となく気に食わない。
そんなの理不尽だ何だと言われても、気に食わないものは気に食わないのだ。
「なぁ、ライ。爪の厚さ程度の変化でも良いからさ、日が経つにつれて前髪が短くなってく魔法とか知らない?」
「そんな魔法があるなら、既に使ってる」
(冗談でも、そんな恐ろしいこと言わないで下さいよ……)
半分くらいは本気だったぞ?
半分も本気だったんですか?!
そんな遣り取りをしているとリュウが突然、吹き出したように笑いだした。
「本当、お前ら仲良いよな!」
その言葉に何と反応したら良いか分からず、俺もグレイも空笑いするしかなかった。
(あの、魔王様)
俺が反応する前に、グレイは手に持っていた何かを差し出してきた。
(貴方と関係のある物かは分かりませんが、貴方が見つめていた場所付近に落ちていましたので一応、ご報告を……)
いつ拾ったんだという疑問は飲み込んで、グレイから差し出された物を受け取る。
土で汚れ、何か凄い力で無理やり捻じ曲げられたかのように歪な形をしたそれには見覚えがあった。
「これは、マリ……母さんが大事にしてた兎の置物の一つだ」
「母さんって、もしかして王都に来てるって言ってた〝離れて暮らしてる家族〟?」
「あぁ。母さんは小さい頃から兎が好きだったらしくて部屋にも、こんな置物や人形が沢山あったんだ」
沢山あるではなく、沢山あったと反射的に言ってしまった自分に、自ら発した言葉とはいえ何とも釈然としない気持ちが芽生える。
「そんな置物とか人形とか集めるほどか? 兎なんて、そこまで珍しい奴でもないだろ」
(さすがに俺も関連する物を集めようとまでは思いませんが、普通に可愛いとは思いますよ。それに色々と便利ですからね)
……どういう意味で便利なのかは、きっと聞かない方が良い。というか、聞きたくない。
「多分、そこまで大した理由は無いと思う。前に兎を好きになった理由を聞いた時、〝自分でもよく分からないけど、いつの間にか好きになってた〟って言ってたくらいだしな」
大方、見た目が可愛いからとか、そんな理由だろう。
「えー、そんな理由で態々、物まで集めるかぁ?」
いまいち納得していないリュウの心情は正直、理解できなくもないが他でもない本人がそう言っているのだから、これ以上の言及は無意味だ。
(それで……この後は、どうします? このままツードラゴ村も確認しに行きますか?)
「……いや。一度、寮に戻ろう。さっき食堂で話してた奴等が調査がどうとか言っていただろ。その調査しに来た奴等と鉢合わせでもしたら面倒だ」
偶然、調査対象である村に居たから。
そんな理由で、あらぬ疑いをかけられるのは御免だ。
正直なところ、ミーナが暮らしていた今にも崩れそうなほどにボロい家のことやキーマさん達の安否は気になるが、ここは大人しく戻っておくのが賢明だろう。
(そうですね)
「オレも賛成。それじゃ、早く戻ろうぜ!」
二人の同意が得られたのを確認した俺は、再び瞬間移動を使って村を去った。
最初は何も無かった手の中で兎の置物を、しっかりと握り締めて。




