217話_気付いた時には、もう遅かった
(……まさか、こんな形で帰省することになるとは思いもしなかったな)
あの後、あれよあれよと言う間に言い負かされてしまった俺は瞬間移動で彼らと共に故郷であるナチャーロ村を訪れた。
いや、この場合は故郷だったと言った方が正しいだろう。
踝辺り程度の背丈しかない草と簡易ながらも人工味のある道。
他にも老朽化か進んでいた集会場や店に、目で数えられる程度の家々などといった記憶の中にある村の姿は何処にも見当たらないのだから。
その場所は、元は村があったと言っても信じてもらえないであろうほどに荒れ果てていた。
まるで巨人が通った後のように深く歪に窪んでしまった地面。
建物があったであろう箇所には、家の支柱らしきものが辛うじて立っている。
長閑な時間が流れていた空間は見る影もなく、焦げたように真っ暗な謎の物体や硝子らしき破片などが地面に転がる何とも奇怪な空間へと変貌していた。
「…………」
この光景を目の当たりにしている今、自分の中で蠢いている感情の正体が分からない。
何も感じないわけでは無い。かと言って、悲しいわけでもない。
分からない。自分のことなのに何も分からない。
「嘘だろ……ここが本当に、ライの……」
(リュウさん)
「え? あ、いや、違っ……今のは、」
「良い、気にしてない。お前が、そう言いたくなる気持ちは分かるよ。ここまで酷い有様だったとは、俺も思ってなかったしな」
だから俺に気を遣わなくて良いと念を押す。
彼を安心される為に言ったのに、何故か今にも泣き出しそうな顔をされてしまった。
考えてみれば村と呼ぶには、あまりにも不似合いな風景を前にして明るい気分になれるわけがない。
此処は、彼らにとっても長居して良い場所ではない。
「……少し、歩いても良いか?」
そう思っていたはずなのに、気付いたら問いかけていた自分の声が小さな虫の羽音のように頼りなく聞こえて驚いた。
何故、あんな言葉が口から出てしまったのか?
何故、声に悲しみを帯びてしまったのか?
この場所に来てから、身体が意思にそぐわない行動ばかりしている。
俺自身が驚いたのだから、声を聞いた彼らだって同じはずだ。
せめて弁解しなければと口を開こうとしたが何をどう弁解すれば良いのか分からず、結局は何も言えないまま彼らの返事を待つことしか出来なかった。
今ので彼らが何を思ったのかは知らない。知らないが、また何か誤解を与えてしまったであろうことは察しがつく。
特にリュウは、俺が変わり果てた村の姿を見て故郷を失ったことへの悲しみや喪失感を自覚してしまったと勘違いしてしまったかも知れない。
心を読むまでもない。頷く彼らの表情が、その心情を俺に教えてくれているのだから。
少し乾いた土を踏むような音が聞こえる。
時折、パキッと何かが割れたような音も混じっているのが気になったが、その正体を突き止めようとまでは思わなかった。
土が柔らかいのか足が沈んで、中々思うように前に進まない。グレイとリュウも慣れない足場に苦戦しているようだ。
そんな彼らを視線で気にかけながら、前へ進む。あの場所まで、一直線に。
どのくらい歩いただろう?
数分程度だった気もするし、30分以上経ったような気もする。
歩くのに適した場所では無かったから、そう思うのだろう。
だが、今は時間なんて、どうでも良い。目的の場所には辿り着けたのだから。
「……ライ? 何かあったのか?」
立ち止まった俺に、リュウが不思議そうに問いかける。
(間違ってたら、すみません。もしかして此処に……貴方の家があったんですか?)
突然立ち止まり、ある地点の地面を見下し始めたことで勘付いたのだろう。相変わらず、鋭い奴だ。
「あぁ」
……多分。
地形が変わり過ぎていて自信は無かったが……位置的には確か、この辺りだったと思う。
今度は意識的に、淡々と言葉を発した。また彼らに変な誤解をされないように。
「……何も無いな」
(リュウさん)
「え……はっ! い、いや、今のは、えっと……」
「さっきも言っただろ。気を遣わなくて良いって……本当に、無くなっちまったんだな」
こんな状態だ。もし事前に遠い場所まで避難していたなら話は変わってくるが、その可能性を期待するだけ無駄だろう。
自分で言うのも何だが、国から認知されているのかすら疑わしいほどに辺鄙な村だ。
村自体にそれなりの価値があるならまだしも最悪、見捨てられたとしても不思議ではない。
……不思議ではないと思うだけで、仮に意図的に村を見捨てたというのが事実であったとして納得できるというわけでは無い。
この村に特別な思い入れはない。アラン以外に特別親しい友人がいたわけでもない。
今でも、その認識は変わらないはずなのに何故……こんなにも胸が痛むのだろう?
何故、少し前まで朧げだった村での記憶が、村で暮らしていた者達の顔が、鮮明に思い浮かぶのだろう?
何故、……
「……っ、」
拭っても拭っても、涙が止まらないのだろう?
グレイとリュウの視線を感じる。これ以上、醜態を晒してしまう前に、この涙を早く止めなければ。
そう思えば思うほど、意地悪な涙は止まってくれない。
「やっぱり……お前にとって、ナチャーロ村は特別な場所だったんだな」
そう言ったリュウの声は、涙に濡れているようだった。
肩に置かれた手が微かに震えているのを感じ、曖昧な憶測は確信へと変わる。
グレイの方からも時々、洟を啜るような音が聞こえているから、きっと泣いているのだろう。
何も、お前まで泣くことないだろうに。
そう思ったが、誰に似たのか彼もまた充分過ぎるほどのお人好しであったことを思い出した。
(……全部、お前のせいだ)
俺は、心の中でリュウを責める。
あの時、彼が村に行こうなどと提案しなければ自覚することは無かったのに。
自分が思っていた以上に、この村に愛着があったのだと……気付かずに済んだのに。
それから暫く俺達は、各々の想いが消化されるまで泣き続けた。




